日が落ちた。 オレはその少し前から、こうしてリナの部屋の窓の下で番をしている。これなら、リナが部屋を抜け出したらすぐわかるだろう。ダイレクトに部屋をドアから出て、宿屋の入り口を使い外出するという方法もあるが、幸いここから宿屋の入り口は目の届く位置にあった。
(それにしても――) (どうして、気づいてやれなかったんだ――) リナの様子、リナの仕草。思い返せば、おかしな点はいくらでもあった。しかもそれらが隠し事をしている時や体調が悪い時のそれとは明らかに違っていることに、今さらながら気づく。 (何をやってるんだ、オレは)
異常に気づいてやれないなんて、保護者としては十分失格。みすみすあいつを倒れさせるなんて、相棒としてはもっと失格。 「…クッ…」 知らず自嘲の笑みが落ちる。変わったつもりでも、結局同じだ。一番大切な事をいつも見逃す。
今日だってそうだ。リナの身体が弱っていたのは承知していたはずなのに、あんな人混みの中へ連れ出して。 リナはいつも、ここ一番という時でない限りムチャをするような事はなかった。体調の悪い時、魔法の使えない時ザコを相手にしたら、さり気なくオレに多く敵を回してきていた。 だからオレも、勘違いしてしまったんだ。『こいつら相手なら大丈夫だ』と。 しかし、今のリナには体力が落ちているという自覚はないに違いない。単なる寝不足にしては妙に疲れているようだから、おそらく夜の間に何か起こっているのだろうが。 それも、リナが夜間外出していると知っているから予想がつくのだ。夜の記憶がないリナにとって、ここ数日はいつも通り過ごしてきたことになる。「おかしいな」とは思っても、率先して用心するはずがない。 「…とんだお笑いぐさだな…」
何が保護者だ。誰が相棒だ。こんな大事なこともわからなかったくせに。 リナは大嫌いだったオレを変えてくれた。だが自分は、リナに何をしてやれたんだ? 『お前さんと旅するのに、理由なんかいらないだろ』
しばらく前、光の剣の代わりが見つかった時、オレがリナに言った言葉。あの時リナが安堵したのがわかったが、本当はあれは自分に言い聞かせるための言葉。 旅をする理由は、この一言でいらなくなった。でも――…それと同時に、オレ達はいつでも別れられる仲になってしまった。 何の約束をしているわけでもない。あいつにもし、他に好きな男ができたら、オレがどんなに見苦しく追いすがっても、あいつを止める理由は何もないんだ。 リナ――。お前一人守ってやれないこの男を、お前はいつまで見捨てないでいてくれる……? そう思い、頭上のリナの部屋を見上げた時だった。 ――カタッ 「!!」 窓が揺れる音だ。まさかリナが…? パタン、という音と共に、窓が開く。幽霊のようにひそやかに、けれど確かにリナが窓から外へ飛んだ。そのまま少し離れたところへ着地し、またもフラフラ歩いていこうとする。 「リナ!」 オレは彼女に追いつき、その腕を掴んだ。リナはなおも歩こうとしていたが、自分が捕まっているとわかるとゆるゆるオレの方を振り向いた。その瞳には、昨晩と同じく虚ろな光が漂っている。 「リナ、しっかりしろ! 目をさますんだ!」
リナの両肩を強く掴み、オレは大声で呼びかけた。だが、昨晩はこれで気づいたのに、今日はなかなか正気をとり戻さない。 「リ…!」
その時起こった異変に、オレは思わず息を飲んだ。 ジュヅッ! 「うわっ!?」
突然リナの腕が熱くなり、オレは反射的に手を離した。焦げたオレの手の臭いが鼻をつく。 「リナァ!!」 あいつに、もうオレの声は届かない。振り向きもせずに飛んでゆくその姿は、見る間に森の梢へと消えた。
続いてオレも走り出す。 |