手持ちぶさただったので、ガウリイは薪をもう1本、火の中に放り込んだ。 新しく糧を得た炎は、元気をとり戻したかのように勢いを増す。 物の焦げる薄いにおいと共に、パチパチと薪のはぜる音が聞こえると、炎の反対側にあった毛布の塊が息を吹き返した。
「……あー?……」
そう言って、毛布の中からもぞりと這いだしてきた男は、がしがしと頭をかいた。
「悪かったな」
黒髪はひとつ伸びをすると、枕元の釣り竿へ手をのばした。やはり元とはいえ傭兵だ。野宿中は、自分の獲物に触れていないと不安なのだろう。 「…仲間なんてうっとうしい、って顔してるな」 突然黒髪の言った言葉に、ガウリイは顔をあげた。 「少しのつき合いだから仲間づきあいは楽しい。相手のクセが嫌になるほど長くは関わりたくない、って考えてないか? おまえ」 なぜか嬉しそうにニヤニヤしている黒髪の視線から逃れるように、ガウリイはそっぽを向く。 「長くつき合ってると、互いの嫌な面ばかりが見えてくるからな。…当たり前だろ?」
脳裏に浮かんだのは、生まれてからずっとつきあってきた人たちばかり。
だから逃げたのだ。
何ができるかもわからない彼には、原因を消すこと以外何もできなかった。 「――光の剣に、ガブリエフ、か」
含みのある言い方に、ガウリイの眉がピクリと動く。 「いくらか前、光の剣を探してる、ってヤツに会ったが――そいつの名前も確か、そんなんだったかな?」
表情から真意を読み取ることはできないが、言いたいだろうことは十中八九想像がつく。 「…偶然だろう、そんなの」 「自分(てめえ)の杓子定規で、物事決めちまわない方がいいぜ」 まるでこれまでの軽口のようにあっさりと、しかし確かな重みを持った口調に、ガウリイは再び黒髪へと目を向けた。
いつの間にか黒髪は宙(そら)を見上げている。ガウリイも思わず上を見た。 「あの梢の上の星な、隣の木にかかってる星より大きいだろう。だが近くで見ると、あっちの梢の方の星が必ず大きいというもんでもないらしい。隣の木の星がもっとずっと遠くにあると、そういうこともありえるんだと」
黒髪が視線を戻し、ガウリイもつられて戻す。 「目に見える事が真実とは限らない。たとえ真実でも、それが全てとは限らない。人間の目の届く範囲なんてちっぽけなもんだから、頼っちゃいけないモンまで頼るな。―――下の娘が知恵ついてきた頃、生意気ぶって言った言葉だけどな」
ニヤッ、といたずらっぽく笑う顔は、まるで本当の父親のように親しげで。
「そんなに、娘はあんたの人生で重要な役割にいるのか? しょっちゅうその話を聞くんだけどな」
口では嘆きつつも、顔はとても楽しそうだ。
「さっきも言ったろ。昔は1人でも平気だったのに、今じゃそれが耐え難い。娘たちが『家族』だったからなのか、娘たちの性格なのか、とにかくうちのカミさんと娘たちのおかげには違えねえ。 内心の感情を隠して相づちを打ったガウリイだったが、黒髪はその胸の中を見抜いたかのように笑った。
「おまえが何か捨てたくても捨てられないモンを持ってるなら、こうやって誰か知らないやつにおせっかい焼いてみるのも手だぞ。道具捨てるよかよっぽど前向きだ」 「誰かに『何か』すりゃ、それだけでどこかが変わる。それが巡り巡って、やがておまえ自身が変わってゆくんだ。何もしないより変わるのは早いし、少なくとも、『自分にもなにかできる』と実感することができる。それだけでおまえの何かが変わる」
「…………」
『家族』の話をする時、自分にもこんな笑顔ができるだろうか。 男の横顔を見て、ガウリイはそう思った。
「あ、そうだ、ただしもし会っても、うちの娘たちにはホレるなよ。手強い娘たちだし、そう簡単には嫁に出す気はないからな」
「随分昔の夢見たな――」
あれはもう、何年も前の話。
「ガウリイー? 朝ごはん食べに行こーよお」
彼の人生観をすっかり変えてしまった少女の声に答えを返すと、ガウリイはベッドから降りた。
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