二週間後。 ガウリイは再びアメリアと、ドラマの収録で一緒になった。 今日は、リナは来ていない。収録に関係のない以上あくまでも彼女は部外者であり、部外者がそう毎回出入りするわけにはいかないのだ。それに、そんなに出入りする理由も彼女にはない。
「ガウリイさん、おはよーございますっ!」
元気にあいさつするアメリアへいつもより少し覇気のない返事をするガウリイ。
アメリアもそれが予想できていたから、ニコニコしながら黙ってその場に立っている。
「リナって―――歌手だったんだな」 アメリアはいたずらっぽく笑ってうなずいた。
その次の時間。そう、オープニングと主題歌の番だ。 『それ』を聞いて、ガウリイの口から言葉がもれた。 「リナの声だ…」
やがてスタッフロールが画面に出てきた。ガウリイやアメリアや他の役者たちの名前が出た後、今度は主題歌の曲名とアーティストの名前が出る。 「そっか…」 ――あたしはドラマに出てないんだけど……―― 昨日のリナのセリフが思い返される。たしかに彼女がこのドラマの主題歌を歌っているのなら、撮影現場の見学もいくらか勝手がきくのかもしれない。よくよく考えてみると、一般人がそれほど軽々しく入れる場所ではないはずなのだ。
ここ2週間疑問に思っていたことを、ガウリイはアメリアに聞いてみた。例のドラマを見たその日から、ガウリイは音楽番組を片っぱしからチェックし、時間の許す限りCD店を回ったのだ。しかし、CDは1枚も見つからないし、番組もたったひとつ、それも”ドラマ主題歌”としての扱いだった。プロモーションビデオがわずかに流れただけである。
ガウリイに、歌はよくわからない。それでも、リナの歌はとても魅力があると思う。
ガウリイ自身は気づいていないが、いつの間にか彼は相当リナに入れ込んでしまっている。
「ガウリイさん、リナが歌ってるとこ、見たいんじゃないですか?」 しばし時間を使って考える。そうかもしれない。
「んーー………」 ガウリイがうなっている間に、アメリアは小さな紙片にスラスラと文字を書きこんだ。それを半ばおしつけるような形でガウリイへと渡す。
「アメリア?」 ガウリイは渡された紙片に目を落とした。そこにはここから電車で15分ほどいった辺りの住所が書かれている。しかし、場所の名前は聞いたことのないものだった。
「”リアランサー”……」
しゅたっ!と右手をあげると、アメリアは準備中のスタッフの方へ駆けだしてしまった。
「…ここかあ?」 ガウリイは頭上に書かれた看板の文字を見上げる。 ”リアランサー”。 それは小さなライブハウスだった。
「ガウリイさん!」 後ろから聞きなれた声が呼び止める。振り向くと、そこには見覚えのある人が立っていた。
「よー、アメリア。言われた通り来たぜ」
この間、「リナを知りたければドラマを見ろ」と言ったのとはわけが違う。 アメリアも、どちらかといえば来ない確率の方が高かろうと思いつつ、ここを教えたのだ。 「ああ、この時間はスケジュールあいてたからな」 軽く答えるガウリイだが、本当は『あいていた』のではなく『あけた』のである。 アメリアに教えてもらったその足で、ガウリイはマネージャーになんとかスケジュール調整して、仕事をあちこちずらし、この時間をあけてくれるよう頼んだ。当然マネージャーは拒否したが、やってくんなきゃこの時間の仕事すっぽかす、と単なる脅しかそれとも本気かわからないのほほん口調で言われるとなすすべがない。泣く泣く電話口で頭を下げたおしていた。 そのため昨日、今日とかなりキツいスケジュールになってしまったが、そんなことを微塵も感じさせないあたり、恐るべき体力といえよう。 「それじゃ入ろうぜ」
ガウリイがうながすと、アメリアもその後へ続いた。地下へのびる階段を降りると、ひんやりした冷気が身体を包みこむ。
「――あんた、見ない顔だな。チケットは?」 男はガウリイの答えにニヤリと薄気味悪い笑みを浮かべ、 「それがないんじゃ、入れてやるわけにはいかねーなあ。どうしても入りたいって言うなら、この当日チケットを5万円で…」 「レンツォさん! なにやってるんですか!」 凛としたアメリアの声が、暗くて狭い廊下に響きわたる。レンツォと呼ばれた男は、そこで初めてアメリアの存在に気づいたようだった。それまでガウリイの背の陰になっていて、見えなかったらしい。
「ア…アメリアちゃん。あ、この男、アメリアちゃんの知りあい?」 2人に―――どちらかというとアメリアの方に、先程よりいくぶん親しげな笑みを見せ、レンツォは彼らを通してくれた。 「…なんだったんだ? あれ」 まだよく状況のわかっていないガウリイが、アメリアにたずねる。 「リナのライブは人気があるので、広報を極力おさえてもこの小さなライブハウスには入りきらないんです。そうするともちろん、聴きたくても入れない人が出てきます。それでもここまで来る人や、軽い興味程度で立ち寄った人を、あーやって追い返してると聞きました」
チケットもなしに飛びこみで立ち寄ったガウリイには何とも言えない。 人と熱気が密集した部屋の、小さなステージで、ライブは今まさに始まろうとしていた。 |