「まっ…また一部屋しかないのぉ?」 宿の受付で、あたしはトコトン脱力しながらぼやいた。
今夜の宿を探してたどり着いた村に、一軒しかない宿屋。そう、つまり、ここで宿泊を断られると、あとは野宿することになる。 ただ、こんな風に不意打ちで一部屋にされると、なぜか面白くない。 ムッ、誰だ、『単なるワガママ』なんて言ってるヤツは!
「おーいリナぁ、鍵もらってきたぞー。早く部屋に入ろーぜー」
「あんたねぇぇ。勝手に一部屋にされて、どーしてそう呑気にしてられるわけ?」
うっ……。
「ほらほら、早く部屋に行かないと、寝るのが遅くなっちまうぞ」 「わ、わかったわよ…」 そしてあたしはガウリイの持ってきた鍵で、部屋のドアを開けた。が。 どえええぇぇぇっっ!!? まっさきに目に入ったのは、どでーんと部屋の中央に置かれた大きな大きなダブルベッド。 こっ……、ここ、新婚さん用の部屋だから、最後まで残ったんじゃあ……? 天啓のような予感がふと頭をよぎる。 「リナ? どーした?」 見るとガウリイは、すでに鎧を脱いで軽装になっている。あたしも慌ててショルダーガードを外しにかかった。 「……あれ」
ふとその時、あたしはベッドの上に置かれた枕に興味を覚えた。 「ねーガウリイ。これ、何だと思う?」 呼ぶとガウリイは、あたしが持ちあげた枕をしげしげと見て、 「もしかしてこれ、『YesNo枕』とか言うやつじゃないか?」 なんだそりゃ。
「何なの? この枕」 言いながら、ガウリイが肩を抱いてくる。…いやな予感。 「今夜……いいか?」
「ダメ」
「ええーっ、なんでだよぉ!」 その、何と言うか……ガウリイと、その、肌を合わせる……ようになってから、ひとつ決まりを作ったのだ。 夜、どちらかが嫌がったら、無理じいはしない、と。 もっとも今まで、あたしが嫌がった事はあるが、ガウリイが嫌がった事はない。何せ、あたしが言いだしたことはないからである。
「リナぁ………」
「あたし、お風呂入ってくるから。あんまし遅いと、先に寝ちゃうからね!」
「ガウリイ?」
大浴場から部屋に戻ったあたしは、ガウリイの名を呼んでみた。が、返事はない。
別に、ガウリイとそーゆー事するのが、キライなんじゃない。ガウリイの身体ってあったかいし……って、何考えてんだ、あたしはっ! ガウリイには……ちょっと悪かったかも、とは思ってるけど。
そんな事を考えてたら、さすがに昼間歩き通した疲れが出たのか、次第に眠くなってきた。
ばちぃっ!! あたしの意識は、ねぼけモードから一気に覚醒した。 「ガウリイ!! 人が寝てるのに、何やってんのよあんたはぁぁ!?」
夜の暗さに目が慣れてくると、予想通りあたしのパジャマの上着をめくって、胸に手をかけてるガウリイが見える。 「はぁ?」 ガウリイの表情が見えるほど、あたしの目は良くないが……この口調からすると、この上なく楽しそうな顔で笑っているのだろう、たぶん。 ガウリイは、あたしが使っていたYesNo枕をぼふぼふと叩き、 「知らなかったか? この枕のYesとNoって、今晩するかどうかのYesとNoなんだぞ」 なっ、なにいぃぃぃ!?
た、確かにあたしはYesを上にして寝てたけど……。
「ちょっとガウリイ! あたしはそんなこと、全然知らな……あぁん!」 してないいぃぃぃ!!! あたしの心の叫びは、声にされることなく消えていった。
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