すぺしうむその3 〜イモの香りはひそやかにの巻・後編〜 |
やがて森の片隅で、あたしは準備を始めた。 ザンネンながら近くに、人が着替えられそうな物陰や小屋はない。カーテン代わりにマントを張って、簡易更衣室のできあがり。
もちろんそれだけでは心もとないので、一応見張りはたてておく。女性がいれば一番良かったのだが、あいにくこの場で女の子はあたし1人。
「…………人の着替え、のぞかないでよ。ガウリイ」
めずりっっ。。
……ったく、人の服食べられたシーンまで想像しときながらの子供、いや幼児体型扱い。 「ま、そんなことより、っと……」 とりとめのないことを考えながらも手を動かしているうちに、わずかな時間で着替えは終わった。
「じゃっじゃーん! これでどう!」 簡易更衣室から出てきたあたしを、不思議そうに見つめる隊長以下兵士たち。
彼らが疑問に思うのも無理はない。今のあたしは冬用の大きめセーターに、膝までも丈のない毛織物のズボン。バンダナはそのままだが、ショルダーガードははずしている。 言うまでもなく、オシャレのつもりでこんなふうにシャツを巻いているのではなかった。れっきとした作戦のうちだ。
「いい? あいつは死んだ植物をエサにするのよ。つまりは麻とか綿製の服をね」 顎に手をあて、隊長はうなずく。
「つまり、毛糸のセーターやズボンは、ヤツに食われる心配はない。おそらく、反応もしないはずよ。
ホントはショルダーガードもあった方が心強かったのだが、これは材質がわからない。結構強度も高くてお気に入りなので、大事をとってはずすことにした。 「素晴らしい……よくぞこんな素晴らしい作戦を思いついてくれた!」 なぜか喜色を満面に浮かべ、あたしを褒めちぎる隊長。
「この作戦ならば、イモ退治に効果的なだけでなく、我々が切望した『触手っぽいものに襲われる女の子』をある意味で表現でき――」 あたしの放った、インバース・ロイヤル・キックが、隊長の腹に命中した。
――たぷんっ。
「はい、ガウリイ」
ばしゃっっ! 「浄結水! 浄結水! 浄結水ー!」 端から瓶だの桶だのの中に、水が生まれ出る。それをガウリイや兵士たちが撒き散らし、次第にあたりには水の匂いが立ちこめ始めた。 「それにしても、これは何のまじないなのだ?」 隊長が、水をまきながら問いかけてくる。そういえば、説明してなかったかも。
「これは、スイートポテトをおびきよせるまじないよ」 もちろん正確には、魔法でも呪術でもなければ宗教的儀式でもない。単に、スイートポテトの習性を考えてみた結果である。
スイートポテトは、いわずと知れた植物。そして植物に限ったことではないが、生物は水がなければ生きてはゆけない。
「……でも、ここんとこ晴れの日が多かったし。たぶん水を欲しがってるんじゃないかと思うのよ。
ひとまずあたしの説明にうなずいて、隊長は黙々と作業に没頭する。 がさささッッ! 「き……来たっ!」
兵士の誰かが声をあげる。
一斉にみんなが、音の方へ振り向く。 「まかせといて!」
あたしはひとつ叫ぶと、まっすぐ蔓の方へ向かっていった。 「よぉし、食べたいだけ食べなさい!」
あたしは、蔓の巻き付いた一番上のシャツの結び目をほどいて、身体から離す。
次の蔓が襲ってくる。今度は2枚目のシャツ。 「――やった!」
兵士のだれかが叫ぶ声がする。そのときにはもう、あたしは呪文詠唱に入っていた。 「火炎(ファイアー)…………」
そのとき。
緑色の蔓は、うねうねと波打ちながら、残った全てを寄り合わせ、1本の太い蔓――いや、まさに触手状の、不気味な物体と化す。 (――え!?)
まったく予想外の行動に、思わず声を上げそうになる。手足を拘束しようとする動きではない。まるでエモノを一撃でしとめるためのような、大きく懐に飛び込むときの動き。 (――しまった! 下着…………!?)
だが、正直ギャラリーの反応なんて、後回しだった。 「ちょっと! さっさと離れなさい! 離れなさいってのに!!」
必死で引っ張ったというのに、蔓はまったく動じない。 「ひあああぁぁっっ!!」
「うおぉぉ、我が人生に一片の悔いなし!! これぞ、これぞ男のロマン!
たまらず再び悲鳴をあげると、興奮した兵士たちの声が響いた。 ――――ギギンッッ!!!
視線に込められるだけの殺意を込めて、あたしは男たちを睨み付ける。 真っ先にガウリイがこっちへ駆け寄ってくる。
「リナ! だいじょうぶか!」
しかし、ガウリイがあたしの元へたどり着く、ほんの数瞬前。
「? どうしたんだ?」
言いかけたその途中で、あたしは二の句が継げなくなった。
引いてゆく蔓のうちひとつには、白い布きれが引っかかっていた。
「なっっっ、ななななな、ななななななな………………!!!!!」
隣で、困りきったような、ごまかすようなガウリイの声がする。
「ま、まま、待ったあああぁぁぁぁ!!! 全員あっち向いて!! 見るんぢゃなぁぁい!!」
言い訳がましい声で、取り繕うようにガウリイが言う。 「と、とにかく……! …………??!」
そのときだった。 「リ…………………………………………」
こちらを向き、なにか言いかけて、ガウリイが絶句する。
ガウリイの目線が、なぜかすごく強くなっている気がする。これまで一度も見せたことのない、ひどく力を帯び、ただ一心にひとつのものを見つめる、混じりっけのない純粋な、一条の視線。
「……………………」
ガウリイの見ているもの。それはきっと、あたしの悪寒の正体だ。 『………………………………』
そこには。 いくらズボンを構成する布が動物製でも、それを縫い止める糸が植物製ではイミがないのだということに気づいたのは、もっとずっと後のことだった。 「――――※¶♯Ωψ凵゙%Å〃ёя!!!!!!!」 あまりの辱めに言語神経が完全にマヒしてしまったあたしの口から、混沌の言語(カオス・ワーズ)でも古代文字でもない、まったく意味不明の言葉が漏れ出す。
反射的に地面へしゃがみ込み、唯一無傷だったセーターを思い切り伸ばし、ひざまで覆い隠す。幸い、セーターが大きめだったのでサイアクの事態はまぬがれたようだが、際どいなんて言葉でもまだ足りない、めちゃめちゃギリギリのところだった。
これ以上ないぐらい、全身ものすごい勢いで、血が駆けめぐる。 「……いやぁ。いい仕事してるなぁ……」 ぶちぶぶぶちちぶちぃぶちちちぃぃぃぃっっっ!!!
頭全体から、やたら大きな音が響く。
頭の中を占めるのは、たったひとつの感情だけ。 世界を滅ぼそうとしたある男の怒りを、あたしはこのとき初めて、少し実感できたような気になっていた。
花は一瞬で消えてゆく。とても儚いその命。 その花の名は――重破斬(ギガ・スレイブ)。
きれいに山ひとつ消えてしまったその跡を見て、ガウリイがうんざりといった感じで呻く。 「ふんっっ! このあたしにあんなことしたんだから、自業自得ってモンよ!」
銀色に染まった髪の一房を、指でピンとはね上げる。
「結果よければすべて良し! ってね」
目つきを鋭くして睨んでやると、まだあたしの機嫌が悪いことを察したのか、ガウリイは黙りこんだ。 あたしたちと目があったのをきっかけに、隊長が声をかけてくる。
「……なあ……いったい……なにがどうなった……?」
端的で事実のみの説明だが、思考回路の働いていない彼らは、それで一応納得してくれたようだ。
実を言うと、竜破斬(ドラグ・スレイブ)でも、ここまで跡形もなく山を消すことはできない。どうしたって岩とか木とかの影に入って、竜破斬の威力をまぬがれた木とか岩とかが残ってしまう。 魔法とは縁遠い兵士たちに、そのことがわかるとは思えないが、やはり尋常では考えられない力ということはわかるのだろう。 「あ〜あ、とんだ労力使っちゃったわ……っと!」
緊張がとけたとたん、ふらり、と突然足から力が抜けて、あたしの膝がくだける。
「あー……あんがと、ガウリイ」
重破斬(もちろん不完全版)を撃つと、魔力の使い過ぎで髪の色が抜けるだけでなく、体力までかなり削りとられる。これまで何度か唱えたが、必ず起こる現象だ。 「いつものことだって、だ。今つらいのは変わらんじゃないか。ほら、早く町へ戻って休むぞ」
少し怒った口調でガウリイは言うと、あたしのひざの裏に手を差し伸べてくる。
「やっ、やだやだやだ! 抱っこなんてしないでってば!!」 身をよじってまでする抵抗に、ガウリイはあたしの本気を感じたか、しぶしぶというように手を離す。あたしは多少おぼつかない足取りながらも、そっと立ち上がった。 「なんだってそんなに嫌がるんだか……」
そうこぼしたガウリイの横顔を、あたしはこっそり盗み見る。 「リナ? やっぱり疲れてるのか?」
いつのまにか立ち止まってしまったあたしを心配して、ガウリイが声をかけてくる。 「ううん、だいじょうぶ。なんでもないわ」
あたしは、つとめて明るく答えて、ゆっくりガウリイの方へ歩きだす。 「ガウリイも……男の人、なんだよ、ね」
特に聞かせようと思ったわけではなかったが、ケダモン並の感知能力を持つ男には、聞こえてしまったらしい。
「お前さん、オレが女に見えてたのか? 男に決まってるじゃないか」
なぜか無性に気恥ずかしい。頬が火照る。なにを意識してるんだろう、あたしは。
|
誰かやるだろう、と思いつつ、結局己がやってしまったときほど、ムナしいものは
ないかもしれません。 触手ネタ。やはりこれをいじくるのは基本でしょう。……いえ、このシリーズだと、ぜってえ裏には いかないですって。 でも、できるだけシリーズの雰囲気から外れず、それでいてエロティックになるよう、工夫はした つもりなんですが。 てゆーか、これ『さりげないガウリナ』か? バリバリ表だってる。ダメじゃんジブン。(切腹) 名もなき隊長ブラボー。世の中の男がみんなそんなマニアックな嗜好を持っているとは考えたく ないですが、 18歳以上の同人ヤロウなら一度は、お気に入りキャラが触手に絡まれるのを想像するかもです。 男の欲望よ燃え上がれ。うちのガウリイさんは、結局純白ホワイトにはなりきれないみたいで、 お母さん悲しい(ひそかに爆笑) オレ様的最凶疑問。 スレイヤーズ世界に、下着はありマスか? たぶんないデス。 中世ヨーロッパ世界が舞台だしなあ……。まあ、大目に見てやってください。 |
前編に戻る 小説置き場に戻る |