| すぺしうむその4 〜愛のコトバは細やかにの巻・前編〜  | 
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 ――殺気が向けられた。 夜中、宿屋のベッドの中で。あたしに向けられたのは――まぎれもなく殺気。 
 なぜか眠れない日、というのが、あたしには存在する。昼寝しすぎてしまったとか、悩み事があるとか、そんな理由ではもちろんない。 口の中で、小さく呪文を唱え―― 
 「火炎球(ファイアー・ボール)」 
 あたしの放った防御呪文は、どこからか飛来した攻撃呪文を、寸分の狂いもなく撃退した。 
 空気がふるえ、音を運ぶ。暗殺者の声を。 
 「……さすがだな。『赤い糸切りのリナ』」 あたしは愕然と、声をもらしていた。 
 
 もちろん全員の顔が揃うわけではないが、人数の制限されるトイレや風呂と違って、広い食堂は数多くの宿泊客が同時に使用することができる。 
 そして喧噪の中、ぐるりと食堂内を見回し、あたしの姿を見つけたガウリイは、一瞬驚いた表情を見せた。 
 「リナ、どうしたんだ? その人たち」 
 ガウリイの問いに反応する、あたしではない他2名。 
 まず間違いなくガウリイの知らない顔である。というか、あたしですら声はかろうじて覚えているけれど、顔などほとんど忘れ去っていた。 意外に礼儀正しく、立ち上がったその2人は、ガウリイに向かって自己紹介をした。 
 「俺は『絆を嘲笑う(わらう)者』ギルメジア」 眉をよせるガウリイ。あたしはそちらを見ようともせず、 
 「『ギルメジア』と『ルロウグ』のとこだけが名前」 
 ぽん、と一転明るい顔で手を打つガウリイに、頭の痛みが増したのは無理からぬことであろう。 夜中あたしの部屋に、攻撃呪文をぶちこんでくれた二人組。彼らはなぜか、朝食の相席を申し入れてきたのだ。もちろん断ることもできたのだが―― 
 「……で? ゆうべ、あたしの部屋を襲ってきた理由(わけ)。 じろり、と2人を睨め付けると、ギルメジアの方が大きくうなずき、口を開いた。 
 「うむ。それでは説明しよう。 
 まず最初の大前提のところで、あたしは力いっぱいツッコんだ。 
 「何を言う。ここ数年、ますます仕事の腕に磨きがかかってきたと、業界では評判なのだぞ」 肩で息つき大絶叫。ここ数年といえば、もっぱら魔王を倒したり冥王にちょっかい出されたりと、魔族がらみの事件が多かったはず。そんなことをした覚えは、誓ってない。 ふと正面を見ると、ガウリイがあたしを見ていた。初めてあたしが『盗賊殺し(ロバーズ・キラー)』と呼ばれているのを聞いたときのような、かなり引きぎみの目で。 
 「……お前……オレにだまって、いつどこでそんな依頼を……」 
 かつて。あたしは一度だけ、このギルメジアとルロウグに、関わりを持ったことがあった。 どうやら郷里にいた頃、あたしがとりもったカップルがことごとく、通常の3倍近いスピードで別れていった、という不運な巡り合わせが、噂の種となってしまったようなのだが……。 「とにかく、だ」 ズレにズレまくった話のスジを、ギルメジアが修正する。 
 「俺たちは人と人との縁を切ることが仕事。 ギルメジアの後をついで、言うルロウグ。 
 ……って、縁結びの仕事って、全然正反対の仕事だと思うんですけど……。 「だが、それゆえに困ったことも起こってしまった」 ルロウグが香茶を一口飲みながら、続ける。 
 「同じ2人について、『縁を結んでほしい』という依頼と、『縁を切ってほしい』という依頼が、同時に来てしまったのだ」 …………………… 「なっっっにいいいぃぃぃぃぃ!!!??」 
 がだだんっ!とイスが激しく音をたてるが、そんなものを気にしている場合ではない。 
 「ちょっと!! どこのどいつよ!! ンなヒマな依頼したのは!!??」 
 おにょれ、人の関係に口出しするとは言語道断!! それも金まで払って他人にやらせよう、なんてのがまず気に入らないっっ! 
 「そこで、俺たちは考えた。どちらの依頼を遂行すべきか、と」 なるほど。元からない縁は切れないし、すでに恋人同士の縁結びもできない、というわけか。 
 「それで?」 
 げほほがほぐごほごほほほっっっ!!! 
 「リ、リナ!? だいじょうぶか!?」 
 2人がそろって、こちらを指さす。後ろに視線をやると、むせたあたしの背中を、席まで立ってかけつけたガウリイが心配そうにさすっていた。 
 「っっって!! こんなの、親子でもやることでしょ!? 
 「失礼な。俺たちはバカップルなどではない」 
 ……………………あのね…………………… 
 なんでもこいつら、縁切り業界にいながら職場結婚とやらをしてしまったらしい。まあシゴトでもないのに、わざわざできた縁を切る必要もないということなのだろうか。 「そんなわけで。私たちはこれから、お前たちの縁を切らせてもらう。昨晩の攻撃呪文は、宣戦布告と受け取ってもらってかまわない」 
 愛(?)をはぐくむ時間は終わったのか、こちらを向いて言うルロウグ。 
 「へえ……。やる気なの? あたしの実力は知ってるわよね」 言われて、思わずきょとんとした。たしかこいつらの――少なくともルロウグのやりかたは、対象の2人をいっしょくたに吹っ飛ばし、縁どころか命さえも切るという、荒っぽいやりかただったはずだが。 
 「たしかに、私の以前のやりかたは、確実ではあったかもしれない。 
 「わかってくれて嬉しいぞ、ルーちゃん」 
 あああああああああああああ。 
 「それに、リナ=インバース。いくらお前とて、攻撃もしかけてこない相手を無造作に吹っ飛ばせるほど、見境がないわけではあるまい」 
 痛いところを突いてくれる。 
 とはいえ、向こうが攻撃をしてくれば正当防衛と言えるものの、ちょこっとちょっかいをかけてくるだけの相手を完膚なきまで吹っ飛ばしたとしたら。あたしが悪人扱いされるのは、言うまでもない。 
 「そうか? こいつ、わりと相手も場所も見境なく――」 
 すっぱぁぁん! 
 「ああもお、第一、なんでガウリイはそんなに他人事みたいな顔してられんのよ!」 ガウリイは、なんでもないような表情で頬をかき、 「お前さんが、そう簡単にやられたり、出し抜かれたりしないと思うから」 
 そう言うと、全開の笑顔を向けてきた。 
 「なるほど。さすがだな」 突然わりこんだ声に隣を見ると、なぜかうんうんと頷きあっている、ギルメジアとルロウグ。 
 「なによ、『さすが』とか、『侮れないウワサ』って」 声をハモらせて驚きの声をあげたのは、当然あたしとガウリイである。 
 「縁切り業界にあって、二流の技術と言われてきた、『恋人たちの片方を色仕掛けでたぶらかす』手法で最近の成功率はうなぎのぼりという話だ」 『……………………』 
 かわるがわる紡がれる、ルロウグとギルメジアの説明に、思わず言葉を奪われるあたしとガウリイ。 
 「しかし、まさか『赤い糸切りのリナ』と『美女殺しのガウリイ』が、夫婦であったとはな」 あたしとガウリイは、渾身の力をこめて、その言葉を否定したのだった。 
 
 モーニングセットBと、モーニングセットCを、それぞれ食べ終えて。 
 「ふっ…………ふっふっふっふっふっふっふっ…………」 
 含み笑いをもらすあたしに、恐る恐る声をかけるガウリイ。 
 「行くわよガウリイ! 戦闘の準備をしに!」 
 こうなったら、目にもの見せてくれる。  | 
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