すぺしうむその4
 〜愛のコトバは細やかにの巻・後編〜


 翌朝食堂に行ってみると、ルロウグとギルメジアの姿は見当たらなかった。
 朝食を終え、出発の準備をし、町を発っても何のアクションもない。

 こうまで静かだと逆に不気味になってきさえする。
 昨日最初にガウリイに『告白』した銀髪の少女が、屋台から「そこのお二人さん、オレンジジュースいかがー?」とか声をかけてきた時は身構えたけど、ただの商魂たくましい果物売りのねーちゃんだった。

「なあ、リナ。あいつら諦めたのかな」
「うーん……」

 舗装されていない裏街道。両側を森に挟まれた道の上を、鳥がのどかに飛んでゆく。
 いたって平和な、なんの異常もない風景。
 これでホントに彼らが諦めたと思えるなら、ちょっとは気を抜けるってもんなんだけど。

「……あれが最後の攻撃だったとは、どうしても思えないのよね」
「それにしても、なんであいつら、オレ達にこんないやがらせしてくるんだ?」

 あたしは呆れたため息をひとつつき、

「あのねえ。あいつらが言ってたでしょーが。あたしたちの『縁結び』と『縁切り』の依頼を同時に受けて、そのうち縁切りの方を実行することにしたって」
「それってつまり、金を払ってでもオレ達の縁をどうこうしたいってヤツがいるって事か?」

 ――ガウリイにしては鋭い。実はあたしもそれが気になっていた。
 彼らは所詮手を下す者、つまり依頼人の代行者である。今回でルロウグとギルメジアを諦めさせる事ができたとしても、依頼人とやらは諦めていないだろう。そちらを何とかしない限り、また縁を切ろうと、あるいは強引にカップルに仕立てあげようと画策するやつらが出てこないとも限らない。

 とはいえ、その心当たりは皆無である。だいたい他人の縁を切ってくれなんて依頼、『身内がヘンな異性に引っかかったので目を覚まさせたい』から『自分をフッた恋人、もしくは片思い相手への腹いせに』、果ては『そのイチャイチャっぷりが許せない』というものまで多種多様。

 実際あたしが以前あの2人に会った時だって、彼らの依頼主は『街の風紀が乱れる』という理由から依頼していた。もおそうなると、誰が依頼主かの特定はほぼ不可能だ。
 …………まあ、さすがにあんなイチャイチャバカップルと同じ理由なわきゃないだろうけど。

「とはいえ、やっぱりどうにかして依頼主は特定しないとね……」
「だったら直接聞いてみればいいんじゃないか?」

 言葉と同時にガウリイは腰の剣に手をかける。一瞬遅れてあたしも身構えた。
 目の前の藪の中から、2つの敵意。

「隠れてないで出てきなさい。そこにいるのはわかってんのよ」
「――火炎球(ファイアー・ボール)」

 しかしこちらの呼びかけに返ってきたのは赤い光球!
 相手の動きを予測していたガウリイが前に出て呪文を叩き斬る。

「さすが魔族殺し(デモン・スレイヤー)リナ=インバースとその相棒ガウリイ=ガブリエフ」
「やはり一筋縄ではゆかぬ相手か……」

 こちらが火炎球の対処で一瞬動けぬ間に、茂みから飛び出して距離をとる2人組。一見して正体がわからないほど覆面で顔を覆っていても、その格好は見覚えがある。

「だがやるしかない。覚悟してもらうぞ」
「ふーん。とうとう実力行使ってわけね」

 不敵に笑うあたし。しかしその横でガウリイは声に緊張の色を出し、

「リナっ! 誰だこいつら!」
「だあああぁぁっっ! ルロウグとギルメジアよ!! こぉんなヘンなカッコウ、他の誰がやるってのよ!?」

 思わず敵の目前であることも忘れて叫ぶあたしに、ガウリイは頬をぽりぽりとかいた。

「そう言われてもなあ……。オレ、こいつらがこの格好してるの、見た覚えがないんだけど」
「――――あ。」

 そ、そういえばあたしがこの格好を見たのは、前回の一件と今回の最初だけ。
 ガウリイがこのアサッシンもどきの格好を見る機会はなかった、かも、しんない。

「と、とにかく!
 ……命を奪う、なんて物騒なやり方はやめたんじゃなかったの?」
「昨日の作戦にこうまで手応えがないと、我らとしてもなりふり構っていられなくてな」
「なに、元より我らの実力でお前達は殺せん。片方の身動きを取れなくして連れ去るなり、戦闘中に仲違いさせるなり、手はあるはずだ」

 なるほど、少しは考えているようである。
 とはいえあたしたち相手に戦いを挑んでくるなど、破れかぶれもいいとこだ。こっちとしても早く決着がつくなら願ったりだからいいんだけど。
 この場で今回の件、ケリをつけさせてもらうっ!

「そうカンタンにいくかしら。ガウリイ!」
「おうっ!」

 あたしの声に応えてガウリイが駆け出す。
 すると誘いをかけるようにギルメジアは後ろへ跳び、ルロウグはあたしの横に回り込んだ。

「あたしの相手はあなたってこと? ちょっと役者不足じゃない?」
「それはどうかな。――火炎球(ファイアー・ボール)」
「くっ!」

 バカのひとつ覚えみたいに次々とっ!
 横に跳んで身をかわす。赤い光球はさっきまであたしがいた場所のさらに後ろ――森の中で爆発した。
 いくら木立は生木といえど、人1人をステーキにするくらいの呪文を浴びれば、当然火の手があがる。
 まったく、こんな森の中で火炎系の呪文なんか使うからっ!

「ちょっと!? これどうする気よ!」
「私はどうもしない。リナ=インバース、お前がどうにかしない限りは」
「な!?」
「先に言っておくが、私はこれから炎系の呪文しか使わない。これがどういう事だかわかるだろう?」

 つまりあたしが戦闘そっちのけで消火活動しなかったら、良くて放火犯、悪くすれば黒コゲということか。
 まったくこれだからヤケになった人間ってのはああぁぁぁ!!

 しかし悩んでいるヒマはない。後ろの火の手はまだボヤだが、もう3、4発同じことをされれば、かなり大きく燃え広がってしまうだろう。
 氷結弾(フリーズ・ブリッド)ではせいぜい火炎球と相討ちにしかならない。ならばっ!

「火炎球」
「風魔咆裂弾(ボム・ディ・ウィン)!」

 ゴウッッ!
 荒れ狂う風が、放たれた火炎球と、そしてルロウグ自身に襲いかかる!

「ぐうっ……!?」

 風圧に耐えきれず、ルロウグの身体が浮いた次の瞬間。
 赤い光球は彼女の足下に着弾した。

「のわひぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 よっし成功!
 あたしの呪文と、自らの呪文の爆風で吹っ飛ぶルロウグ。
 火炎球を防ぎつつ攻撃できればいいとは思っていたが、まさかここまでうまくいくとは思わなかった。
 高く飛ばされたルロウグは、ひるひるぼてり、と藪の向こうに見える広場のような空間まで飛んでいった。

「ルロウグ!? ……くっ、やはり正面から挑むのは無謀だったか……!」

 ギルメジアの声に悔恨の色がにじむ。彼はその猫背な背中をさらに大きく丸め……って!?

「跳んだ!?」

 ガウリイの驚愕の声。
 バネのように伸び上がった身体は、その巨躯を一瞬で木の上まで運び、そして次の瞬間には遠くへ飛び降りていた。

 あっという間にルロウグと合流したギルメジアは彼女を助け起こし――
 ここに来て、あたしはようやく彼らの狙いを悟った。

「マズい! このままじゃ!」

 あたしとガウリイの目の前には、背の高いイバラの藪が幅広に連なっている。……逃げるには絶好の足止めだ。
 さすがのガウリイでも、さっきのギルメジアと同じ事はできない。イバラを切り開いて道を作っていると、どうしてもわずかに時間が必要となる。回り込むならなおさらだ。
 イバラの向こうになんとか2人の姿は見えるものの、呪文を通すには隙間が小さすぎる。

 ルロウグは早々に復活し、すでに2人は広場の先へ身を隠すべく走り始めていた。そういえばこいつら、前もやけに頑丈な上、やたらと慎重だった。逃走経路は想定済みだったのかもしれない。
 ガウリイも声に焦りをにじませる。

「リナっ! 逃げられちまうぞ!」
「わかってる! でも逃がさない! ガウリイ、フォローよろしくっ!」

 一言言いおいて呪文を唱える。

「翔封界(レイ・ウィング)!」

 風の結界があたしの周りを囲み、ブワリと身体が宙に浮く。そのまま高度をグングン上げる。イバラの高さを越えて、なお上へ。さらに上へ。
 十分な高度をとったところで、呪文を解いた。その瞬間身体は落下を始める。

「リナ!?」

 ガウリイの声。だが答えるわけにはいかない。あたしはすでに次の呪文の詠唱に入っている!
 高度をしっかり取っておいたおかげで時間は十分。イバラの頂上まで落ちる前に、呪文は完成した。

「氷結弾(フリーズ・ブリッド)!」
『な――――なにいいいいぃぃぃぃぃ!!?』

 ルロウグとギルメジアの驚愕の声が響き渡る。あたしの声の方向と内容にこちらの狙いを察したようだが、遅い。
 青い光球は過たず、振り向きざまの2人の下半身を氷づけにした。
 一方のあたしはそのまま落下。さらにもう1つの呪文を唱えるのは不可能だ。
 だが。

 ボスッッ!

 落ちてきたあたしを下でガウリイがしっかりキャッチしてくれた。

「ナーイスキャッチ、ガウリイ」
「〜〜〜〜っ、お前なあ……。相変わらずメチャクチャして」

 疲れたため息ひとつつき、それでガウリイはお説教を切り上げた。
 うん、彼もいい加減慣れてくれたようである。

 下におろしてもらい、イバラを迂回してゆっくりルロウグとギルメジアのところへ向かう。なぜか彼らは諦観したような、どこかすがすがしい表情をしていた。

「――――認めよう、リナ=インバース。悔しいが我らの負けだ」
「? やけに素直なのね」
「ああ。あれほど強い2人の愛を見せつけられては……諦めるしかあるまい」
「な!?」

 何を言っているのかこいつらは。一体今のどこにそんなのが――

「自らの身の守りを全て相棒に任せ、己は攻撃のみに徹するとは。おそれいった」
「相手を心の底から信頼していなければ、できる事ではない」
「そ、そりゃあガウリイの事は信頼してるけど――!」

 あくまでパートナーというか、仲間としてであって――!

「しかもあんなに決まるお姫様抱っこを見せつけられてはな」
「うむ。2人の愛、しかと見届けさせてもらった」

 愛情じゃ、ないんだ、けど…………

「…………………………………………。
 …………ともかく。
 降参するなら、依頼人の名前ぐらい教えてほしいんだけど」

 こいつらを誤解させたままにしておくのはすっごく気にくわない。
 気にくわないけど、叩きのめす前に原因を聞き出すのが先である。
 依頼人の名前など言えない、とまたつっぱねるかと思ったが、彼らはひとつ頷き、

「そうだな。どちらの依頼主にも、依頼遂行は不可能と伝え、お前達の愛がいかに不変か知ってもらわねば」
「縁結びの依頼をしてきたのは、お前達の仲間だったと言っていた」
「まさかセイルーンの王族から依頼が入るとは思わなかったから驚いたが」
「って、アメリア!?」

 アメリアのやつううぅぅぅぅ!! 世話好きなのは知ってたが、まさかここまでとはっ!!

「あれほど愛と正義について熱く語れる人間も珍しい」
「ああ。我らも思わず感銘を受け、愛を確かめ合ったくらいだ」
「ギルぴょん……
「ルーちゃん……

 正直また2人の世界に入ってるこいつらは放っといて、さっさとセイルーンに行きたいところではあるのだが、まだ用事は残っている。
 人を勝手にくっつけるのもシュミが悪いが、勝手に別れさせようという性根の悪い黒幕の正体を聞き出さねばっ。
 その一事のみで気力をふりしぼり、忍の一字で質問を続けた。

「で。もう一方の、別れさせろって依頼は?」
「それは簡単だ。父と姉」
「…………え?」
「だから。リナ=インバース、お前の父と姉が依頼主だと言っている。身内についた悪い虫を払ってほしいという、わりとよくある依頼だ」

 な………………………………

「なにいいいいいぃぃぃぃぃぃぃ!!?」
「恋愛ではないが、親子愛。これもまた愛の形」
「我らにも子供ができたら、やはりよい相手と巡り会って欲しい。それこそ、私にとってのギルメジアのような」
「ルーちゃん……♪」
「ギルぴょん……♪」

 く……くっ……郷里の姉ちゃん絡みの依頼となっっ!?
 事態はここに来て、一気に複雑化した。
 ……いや。複雑も何もない。少なくともねーちゃん相手に呪文ぶっ放し、などという選択肢は存在しないのである。

「そうだリナ=インバース。2人が別れた時に言え、と伝言を預かっているのだが――」
「一応伝えておこう。『これっくらいで意志を曲げるような、ヤワな娘じゃないわよね?』と」

 のひいいいいぃぃぃぃぃぃ!??

「ガっ、ガウリイ!! 次の目的地はセイルーンに変更、すぐ出発よ!!
 おせっかいアメリアをとっちめてやんなきゃ!!」
「お? おう」

 あたしはくるりと向きを変え、脇目もふらずに走り出す。
 北へ行ってはいけない。行けば生きて帰れない。
 そんな野性の獣じみた確信が強くあった。




 …………冷静に考えれば、ねーちゃんの仕掛けたちょっかいに屈したわけではないんだから、お仕置きなんてないはずなんだけど。
 あんな伝言を受け取って冷静でいられるほど、あたしはねーちゃんに対して根性が座ってなどいない。

「ところでリナ。ゼフィーリア――――」
「今その単語は言うなあああぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」



                                    fin


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 なんかオチてない……。
 愛とは様々な形があるものであり、また様々な捕らえ方があるものです。
 そんなわけで、「本人たちにその自覚はまったくないのに、端から見たらバカップル」に
挑戦してみました。ジブンの書いてる別ジャンルの言葉を使えば、天然バカップルです。
 ……その別ジャンルとほぼ同時進行で書いてたから、ちょっとリナの性格とか
ちゃんと書けてるか心配なんですけど。少なくとも文体ぐらいは変わってそーな気がする。
あ、でもルロウグとギルメジアの口調がよく見ると原作と違うのは、
前編の頃からだったから、最初からです(滝汗)
 ギルメジアは原作でほとんど戦っていないので能力がわからないから、勝手に設定いたしました。
なんか猫背のヤツって身体がバネになってるイメージありませんか。
 ちなみに「上空で攻撃して落ちてきたところを下にいるパートナーが受け止める」っていうのは、
以前ポケモンでサトシとピカチュウがやってたものです。ジブンの理想のガウリナってあんなん。




面白かったら心付けにぽちっと


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