疼(うず)き


 躯のどこかが、むずがゆくてたまらない。



 うずうず、うずうずうず



 明々とともる暖炉の火が、白い横顔をうつしだす。揺れる炎と同調しているかのように、彼女は少しずつ揺れている。

 椅子に座りながらも、せわしなくそわそわと身体を動かしているリナを、ガウリイは呆れた目で見ていた。
 これだけ長いつきあいになってくると、リナのこの動作が何を意味するかも、いい加減わかるようになってくる。もちろん「ガウリイと2人きりで恥ずかしい」とか、そんなかわいらしいもんじゃない。

 盗賊狩りだ。

 食事の時からすでに行こうと決めていたのか、リナは落ち着きがなかった。さすがに好物のエビフライをあっさりガウリイにとられた後は食事に専念していたが、それ以前、食事の後、そして彼がリナの部屋を訪ねてきた今も、ずっと心ここにあらずといった感じなのだ。

 「それでな、リナ。明日はどっちに進むんだ? この先の街道、西と東に分かれてたろ」
 「うーん…気の向いた方でいいんじゃない? それにどーせ、今決めてもガウリイは明日まで覚えてらんないでしょ」

 いつも相手の目を見て話すリナが、微妙に視線をそらしたり、チラチラ月の位置を確認したりしている。
 自分の方を向いてくれないのがなんだかさびしい。リナの心を占めているのが自分ではないという事実が、やけにくやしい。

 リナはいつもガウリイに内緒で盗賊いぢめに出かける。自称保護者殿がいい顔をしないのを知っているからだ。
 それがまるで、恋人がこっそり浮気相手に会いに行くような仕草に思え、たかが盗賊相手に嫉妬すら覚える。

 「…落ち着きがないな、リナ」
 「えっ!? そ、そう?」

 ボソリと呟いたガウリイの言葉に、過敏な反応を見せるリナ。

 「ああ。なんだかオレを早く追い返したいみたいだ」
 「やっ…や〜ねえ。そんなわけないでしょ。追い返したりなんかしないわよ♪」

 ウインクでリナはごまかそうとするが、そんなものの通じるガウリイではない。ちょっとカマをかけてみることにした。

 「さてはリナ! おまえ、オレに内緒でうまいモン食う気だな!?」

 すっぱああぁぁあん!

 「あんたの頭には食欲(それ)しかないんかああぁぁぁ!!?」

 やはり怒りの鉄拳スリッパが飛んできた。まあこれは、ある程度予想済みだったのだが。
 ガウリイは身を起こすと、今度はリナを見据えて語調を低くする。

 「じゃあ…。やっぱり盗賊狩りに行く気なんだな?」
 「う゛っ……」

 一瞬リナが言葉に詰まって身を引いた。しかし彼女はすぐさま空笑いをしながら、

 「あは、はは…。違うってば、そう、その、今日は疲れたから早く寝たいだけよ。ほら、ガウリイも用事がすんだら行った行った」

 そう言って、リナはガウリイの後ろに回りこんで背中を押す。
 彼女が動いた時、ふわりと身体からたちのぼる風呂あがりの香りが、ガウリイの鼻孔をくすぐった。

 その香りが彼の中の、雄(おとこ)を刺激する。
 やられるだけの運命とはいえ、盗賊どももこの匂いをかぐのだろうか。

 「寝たいんなら…今すぐ寝るか?」

 言うが早いか、ガウリイはずいっとリナとの距離を詰め、顔を近づけた。

 肌が触れあいそうな至近距離に驚いたリナが顔を赤くしてスリッパを取り出すと、スリッパごと両手を握って壁におしつける。
 ガウリイのそれよりはるかに小さな手は、すっぽりと手の中におさまってしまった。
 柔らかい手はまるで、彼女の気性のように熱く感じる。

 「なっ……」

 何か言おうとしたリナに構わず、ガウリイはリナを抱きあげた。
 大股でベッドまで歩き、そこに彼女を降ろすと、リナは目を固く閉じて身体をこわばらせている。
 彼はそのままの歩みで部屋を出てゆく。それに気づいたリナが、パッと起きあがって叫んだ。

 「あ、あんたねえ……!?」
 「―――言ったんだから、ちゃんと寝ろよ。
  盗賊狩りなら、明日の晩オレがつきあってやるから」

 肩ごしに振り返ってそう言うと、ガウリイは部屋のドアを閉めた。
 後には、なにがなにやらわからず呆然とするリナが取り残された。









 うずうずうず、うずうずうず。

 「っきしょー……」

 自分の部屋に戻って、ガウリイは大きく溜め息をついた。
 リナに対する想いが、行き場を失って全身を駆け巡る。
 さっき握ったリナの手の熱が、そのまま躯を焼き尽くすようだ。

 この疼きに身をまかせて、想いを吐き出してしまえば、楽になれるのだろうか?
 何もかもを告白すれば。
 罪人のような胸の痛みは。

 ガウリイは、グッと爪が食い込むほどに手を握りしめた。
 彼の手に罪人の証である痕を残し、罪の痛みはくすぶり続ける。

 …いつかは言わねばならないだろう。
 しかし、それにはきっと、まだ早い。

 「もうちょっとガマンしろよな……オレ……」

 あまりにも小さい呟きは、隣の部屋には届かなかった。












 うずうずうずうずうずうずうず。

 「ああっ、耐えろ、耐えるんだオレーーー!!!」

 ガウリイが、激しく疼く下半身を、翌朝までにどうやって沈めたかはヒ・ミ・ツ☆




 小説置き場に戻る