春の動物園教室 〜アイデアいっぱいのおとな向け参加型プログラム〜    
 
埼玉県こども動物自然公園
内海起司
 
●手づくり教材で動物園を楽しく
 埼玉県こども動物自然公園は1980年5月5日「こどもの日」に開園しました。従来の動物園内にある動物園をそのまま大きくしたような形式で、小動物とのふれあい、乳牛の手しぼり、ポニー乗馬などを毎日楽しめるのが特色です。動物園の種類数も、頭数も多くはありませんが、動物たちとのふれあいを第一に考えた動物園なのです。 平常業務も軌道にのった開園の翌年頃から、動物への理解をよりいっそう深めてもらおうと、職員の手づくりによる種々の教育普及活動が始まりました。
それらは大きく分けると3種類になります。
 @不特定多数の一般来園者を対象としたもの
 A一般公募で参加者を募る教室形式のもの
 Bその他の催し物
 @は、毎日曜日の「動物教室」(一味違うスポットガイド)や「ズーオリエンテーリング」(マップを手に,垂桝勿を観察しながらポイントを巡るセルフガイド)、Aには、夏休みの「サマースクール」、秋の「夜の動物園教室」、「春の動物園教室」があります。サマースクールは小学校低・中・高学年、中学生の4クラスに分かれ、学年が上がるにつれて、
動物に親しむ→ふれあうルールを知る→自分で扱う→飼育管理して生産物をつくって食べる、という具合に目的が変化します。サマースクールの対象にならない高校生以上の社会人向けに、1989年から実施しているのが「春の動物園教室」で、例年、社会人も参加しやすい3月の日曜日、祭日の2日間(1日のプログラムを2回)おこないます。テーマは毎年違いますが、午前中は講義が主、午後は実際に作業するワークショップ中心という構成は変わりません。
これまでのテーマは表のとおりです。
 
●今までのテーマと活動内容から
 
動物の色(第1回)
保護色や警戒色について、寸劇やフェイスペインティングなども交えながら説明した後、ステゴサウルスの塗り絵をしてもらいました。討論をして、このうち1点を選び,園内にある大きなレプリカを下絵通りにペンキで塗り上げました。よく見る復元図は緑色ですが、参加者の考えたカラフルなステゴサウルスには、それなりの「色の意味」があるのです。1日日と2日日では復元予想が異なり、色違いとなった2頭は今でも健在です。

家畜ってなに(第3回)
ウサギの観察から始まり、ヒツジの毛刈りから毛紡ぎまで、ウシの乳しぼりからバターづくりまで、そして乗馬も体験する、園内の家畜総動員のもりだくさんの一日でした。昼食も毎回テーマにちなんだメニューを用意します。このときは、ロースやバラ肉など豚肉・牛肉の名称当てジグソーパズルをしながらの焼き肉大会になりました。
 
動物の食生活(第5回)
寅さんが登場してのスルメの噛みかた講座の後、ウシの反すう胃の内容物を顕微鏡でのぞきました。午後は、各班ごとに園内の動物を選び、食物に関する解説ラベルをつくりました。本で調べることから始まり、文章を考え、絵も描いて、ラミネート加工をして完成です。最後に、各動物舎前にこのラベルを設置しました。これらはワンポイント情報として、現在も活用されています。
 
オーストラリアの動物(第6回) 
午前中はオーストラリア大陸の成り立ちの講義、有袋類命名遊、袋体験、インコの色づけと続き、昼食にはエミューの肉(市販品)の試食をしました。午後は、園内のユーカリ畑で、各自ユーカリを選んで切り出し、コアラ合で、各自が採った枝を手に持って実際に給餌。最初は緊張していたコアラも採りたてのユーカリをおいしそうに食べてくれました。
 
小動物の科学(第7回) 
仰々しいテーマですが、「かわいらしさ」を考えるということです。ウサギをスケッチした後は、ネオテニー、小動物の扱い方について講義。午後は、園内の屋外ステージに「動物屋台村」を開設しました。参加者が自分の担当動物を決めて、一般の来園者にコンタクトのしかたを指導する活動で、参加動物はテンジクネズミ(モルモット),ウサギ,フェレツト,リスザル,ヒョウモンガメなどです。参加者が講義をよく理解したうえで、熱心に働きかけてくれたので(初日の参加者が、2日目のコンタクト指導にも飛び入り参加するほどでした)、一般の人たちにも大変好評でした。
 
●今年は「展示を考える」
 今年は3月17・20日の2日間実施しました。実行委員6名は、昨年11月から打ち合わせを始めました。まず考えることはワークショップの内容です。テーマをしぼり、大筋のカリキュラムを組んだら、具体的な役割分担、台本づくり、副教材づくりへ進み、前日までリハーサルをおこないました。当日の流れは次のようになりました。

@講義「動物か見えない?」
 今回のテーマは「展示を考える」。そこでまず登場するのは,ベルツノガエルの入った3つのプラケースです。1つ目には浅い水だけ、2つ目は砂も薄く敷かれています。3つ目は植物や木片も入っていて、カエルの姿はやや見えづらくなっています。動物、来園者、管理者、それぞれの要求のせめぎあいで決まる展示の形態を、3つの水槽を目の前にして考えてもらいます。
 次に、展示を中心にして動物園の歴史をたどります。途中で登場するのが、無柵放養式と混合飼育によりアフリカのパノラマ展示を実現した、カール・ハーゲンベックです。彼に扮した職員は放飼場の模型を手に、この画期的発明をアピールします。歴史は現代へと流れ、ハビタット展示へと続きます。ここで登場するのは旅行バックにカメラをぶらさげた日本人旅行者(これも職員)。海外旅行で撮りためたというスライドの中から、ヨーロッパのメナジユリーやハーグンベック動物園、ニューヨーク国際野生生物保存公園(ブロンクス動物園)、サンディエゴ動物園などを得意気に紹介していきます。最新の展示に参加者も感嘆のまなざしを送っていました。
 最後に展示の基本アイテムであるラベルに目を向けます。まず自己紹介ラベルをつくってもらいました。どんな情報をどの程度入れるかを考えて、B5の用紙に表現し、ポラロイドカメラで撮った顔写真を貼りつけて完成です。その後で、私たちの動物園では、入口広場のオリエンテーションラベル、各コーナーごとの紹介や利用法を示したコーナーラベル、動物の種名中心の種別ラベルなどを使い分けていることを紹介して、動物園のラベルづくりの流れの一例を理解してもらいました。

A展示を採点
 レクチャールームから園内に出て、キリン合、リスザリル舎、なかよし広場、昼夜逆転したアフリカヤマネやスナネズミの手づくりトンネルの展示を、来園者の立場から採点してもらいました。予想以上に厳しい評価、思惑通りのうれしい評価といろいろで、得点は春休みの間、各動物舎に掲示しておきました。

B訴えてやるー!
 「動物園桜吹雪」と銘打った裁判劇で、テレビのバラエティー番組をまねたものです。コアラ(職員がぬいぐるみを着て扮装)が飼育係を訴えたという想定で、スーツ姿のっ原告代理人と被告弁護人のやりとりの後、参加者が陪審員になって評決を下します。台本もありリハーサルもしておきながら、いざとなるとアドリブの連続で議論は白熟しました。1日目の訴えは棄却されましたが、2日日は小差で認容され、飼育係はコアラの鳴きまね10連発という刑に服しました。参加者は、コアラの立場になっての要求や、飼育係の苦心などを理解してくれたようですが、何よりも裁判劇を楽しんでくれた様子でした。
昼食は動物の餌にちなんだ、オカラ、カボチャの種、ミールワーム入りクッキー、大型インコ用の餌と同じ材料でつくったフルーツポンチが並びました。

Cどんな展示ができるかな?
 午後はお待ちかね、ワークショップの時間です。3〜4人が班になって小動物の展示をつくります。スナネズミ、ハツカネズミ、アオダイショウなどのテラリウム(乾いた環境のケージ)、クサガメ、モツゴ、イモリなどの入ったアクアテラリウム(水場と陸地を設けたケージ)、フェレツト、ワライカワセミのケージのディスプレイを担当してもらいました。本で生態を調べ、材料を選び、実際の設置、ラベル作成まで、2時間はアッという間です。全体的に見ると、野生状態を再現する方式と、遊び道具を取り入れて動きを見せる方式に分かれたようです。透明ホースでネズミ用トンネルをつくったり、アクリル板を使った断面の見える巣箱など、随所に工夫の跡がうかがえます。カンガルー放飼場の一角にあるワライカワセミ舎では、来園者がのぞきこむ中で、穴を掘って植物を植えたり、止まり木や巣箱を取り付けたりする作業に汗を流していました。他の班も園内で、来園者をまきこみながら作業を進めています。作品が完成したら、マイクを片手にどんな点を考えて展示をつくったのかを解説してもらいます。心配したような混乱もなく、協力して作品をつくりあげた参加者の誇らしげな姿があちこちで見られました。完成した展示物を維持するのはなかなか難しく、いくつかはやむをえず撤去しましたが、数か月たった今でも立派に機能しているものもあります。
 最後はまとめです。私たちがインコ類やツル類の繁殖に力を入れ、増えた個体を他の動物園に送り出している例などをあげて、「今、動物園は何をなすべきか」のメッセージを参加者に送ります。そして、今日一日の活動を通じて、動物と動物園のよき理解者がまた一人誕生したことを確信して、参加者には原告コアラから「サポーターズカード」が授与されました。私たちのこうした活動は、世界中の動物園が目指す「種の保存」と「環境教育」の理解者をふやす、草の根運動ではないかと思っています。うれしいことに、今年の参加者の一人はサマースクールの卒業生でした。社会人になってからも動物園のよき理解者でいてくれたようです。
 
 「春の動物園教室」は若い女性の多いのが特色ですが、ご夫婦、お父さん、母親と娘さん、高校生の仲良しグループ、雑誌編集者、先生と生徒など、いろいろな方々が参加しています。家族を連れて来園したある若夫婦は「これは私たちのつくったラベルなんだよ」と説明していましたし、今年参加されたあるお父さんは「自分のつくったテラリウムが無事に残っていました」と一言声をかけていってくれました。こんな一言一言が、動物園のエネルギーの源なのです。
 一般市民が参加し、体験し、その製作物が動物園の中で息づく、「手づくりの普及活動」は、これからも末長く続けていきたいと思います。秋が深まる頃には、来年3月へ向かって打ち合わせが始まります。今度は何で遊んでもらおうか、と頭をひねる季節の始まりです。



東京動物園協会発行「どうぶつと動物園」1996年9月号より