ドルファンは秋を迎えていた。
それまでの華やかさが徐々に消えていき、静謐さを伴った季節がだんだんと近づいてきていることをそこに住む人々に教えてくれる季節である。
実際、美しく映える紅葉と散る枯葉は、儚げであるがとても心に残る美しさをさらしていた。
マリーゴールド地区の並木道ほどではないが、ビーチ沿いの道もまた秋の風情を醸し出していた。
散歩道としては最適の環境のために、今もそれなりの人がビーチ通りを歩いている。
その人通りの中にモリヤスはいた。
普段と違い腰に刀を下げている他は、いつもと変わらないしっかりとした足取りで歩いてはいた。だが、よく見ると視線はややうつむき加減で、周りの風景は余り目に入っていないようだった。
─―ヤング=マジョラムここに眠る。勇敢なる英雄に永久(とわ)の安らぎを――
墓石に刻まれた文字は、それ相応の意味をその墓に与えていた。だが、実際には遺体が墓の下にないことを知っている者にとっては、いささか空疎に感じるのも否めなかった。
イリハ会戦よりふた月余りたったある日曜日。この日、共同墓地に新しい墓が加えられたのだった。
本来なら、もっと早い時期に用意されてしかるべき物ではあったのだろうが、彼の墓を用意すべき人物がそれを行わなかったのがこの日に至った理由だった。
無理もない……。
正装に身を包んだモリヤスは、その人物を見つめながら思った。
ヤングの墓を見つめている人物。死んだヤングの妻であった女性――クレア=マジョラムは、ヤングの墓の前にひざまずきじっと墓石に視線をおいていた。
ようやくのことで、夫であった男の死を現実として理解できたのであろう。
ここ2ヶ月の間は、ただ何もせず過ごし、時に意識が戻ると涙に暮れる。彼女は、そういう時間を経ていた。
モリヤスは時間に余裕があれば、今にも儚くなってしまいそうな彼女の様子を伺いに行っていた。しかしそのたびに、この悲劇に見舞われた女性に対し、自分が何もできないことを痛感させられたのだった。
そして今もまた、やっと大切な人間の死と向き合い始めた女性にかける言葉の無い自分を、疎ましく感じていた。
「……トザワさん、お聞きしてもよろしいですか?」
どれぐらい経ったであろうか。クレアが挨拶以外の言葉を、口に出した。
朝、この墓地に来たときには低い位置にあった太陽も、今は中天にほど近いところにある。
「なんでしょうか?」
「夫の…ヤングの死んだときのことを、教えてください」
「……はい、わかりました」
突然のことではあったが、墓の前で姿勢は同じまま尋ねてきたクレアに、モリヤスは見てきたことをそのまま話した。
戦死したこと以外、この日のいままでクレアは聞こうとはしなかった。そのため今の今まで語ることの無かったことを、モリヤスは淡々としゃべった。
「――最後に、『クレア、すまない』そうつぶやかれて、息を引き取られました……」
「………」
モリヤスの話す間、じっとひざまずいたまま聞いていたクレアは、またしばらく何もしないまま墓石を見つめていた。
そうしていると、ようやくのこと立ち上がり、彼女はモリヤスの方を振り返った。
うつむいたままモリヤスの方に近づいてくる。
「『すまない』じゃあ、ないわよ……」
「?」
「ねぇ、そう思いません?トザワさん」
「クレア、さん?」
「必ずかえって来るって、あれほど言っていたのに…。『すまない』じゃあ、それこそすまないわよ、ヤング」
そういって、顔を上げたクレアの顔は涙に濡れていた。
ハッと息をのみ、モリヤスはクレアを見つめた。
そのモリヤスの目を見ながら、クレアはさらに続ける。
「おかしいわよ。なんで、こんな…。帰ってきてくれるって行ったのに……。それにセイルだって…」
「クレアさん…」
「なぜ?神様がおられるのでしたら、なぜ、わたしから何もかもを奪うの?わたしがそれほどの罪を犯したっていうの?ねぇ、トザワさん、教えてください。わたしは……」
クレアは、そこまで言って声を詰まらせた。
すると、そのクレアの姿に、モリヤスはなにかを決めたかのように語りかけた。
「神がどうかは、私にはわかりません。しかし、セイル=ネクセラリアについては私が殺しました」
静かに言うモリヤスの言葉を聞いて、クレアはとまどった表情をした。
「トザワさん、それは――」
「そして!……ヤング殿が死んだのにも、私は関係があります。ヤング殿の前に私がネクセラリアと一騎打ちをしていれば、少なくともヤング殿は死ぬことはなかったでしょう」
クレアの言葉を遮るように、強い調子で話し続けるモリヤスは、最後にとまどうクレアにささやいた。
「……ですから、私がすべての元凶なのです。クレアさん…貴女は、私を恨むべきなのです」
言い終わったモリヤスは、クレアに小さく頷いた。
ただ、モリヤスの言葉にとまどうばかりだったクレアは、その顔を見て初めて表情をくずした。そして、崩れ落ちるにモリヤスにすがりつく。
それまで涙は流していたが決して人前で泣くことのなかった彼女が、嗚咽を漏らしていた。
「う、ううっ、ヤング…ヤング……」
モリヤスは、抱きしめるでもなく、ただクレアに胸を貸していたのだった。
ビーチ通りを抜け、交差点に出た。兵舎に戻るならばそのまま道をまっすぐに進めばよいのだが、帰る気がしないモリヤスは道を右折した。
――レッドゲートにでも行ってみるか……
そう思い、ファンネル地区に向けて歩き出す。
腰から下げた刀が太股に当たり、うるさくなる。
刀の鞘をまるで敵のごとく、力を込めて握ってその動きを止めた。
そうやって歩いていると、曲がり角にさしかかった。
そして、その曲がり角を曲がろうとしたとき、それがおこった。
「うっ!」
「きゃっ!?」
突然の衝撃に、モリヤスは我に返った。
墓地でのこと、刀のことに気を取られ過ぎて、不覚にも周囲に対する注意が散漫になっていたのだ。
どうやら、角の向こう側からやってきた人と出会い頭にぶつかってしまったらしかった。
目の前には、体重差のために大きく跳ね返された少女が、尻餅をついていた。
「これは…。申し訳ありませんでした。お怪我はありませんか?」
そういってモリヤスが手をさしのべると、その手はとらず、少女はサッと立ち上がって服をはらう。
彼女もいささか動転していたのだろう、少し慌てたように言った。
「あっ…ごめんなさい……。つい周囲に気を取られてて…」
「いえ、私こそ不注意でした」
少女に怪我がなさそうなのを確認して、モリヤスは安堵する。
しかし、少女はそのとき改めて見たモリヤスに、表情を堅くした。
「あっ…」
「…どうかなさいましたか?」
些細な変化ではあったが、突然のことにモリヤスはとまどう。
その問いには答えず、少女はモリヤスに聞いてきた。
「…少しいいかしら?あなた、傭兵?」
「ええ、そうですが」
「なるほどね……。名前を聞いてもいいかしら?」
冷たい感触。
少女のその雰囲気になにか感じる物があったが、モリヤスはとりあえず名乗った。
「はい。モリヤス=トザワともうします。後で、なにか問題が起きましたら兵舎の方へいらしてください」
そう言うモリヤスに、少女は冷たい視線を据えていた。
「それは…大丈夫よ。…モリヤスね、覚えておくわ」
そして、モリヤスの目を見ながら名乗る。
「私の名前はライズ=ハイマー――」
絡まり始める運命の糸。
それに気付いている者は、まだ誰もいなかった――。
<あとがき>
読んでくださった皆様、ありがとうございます。サキモリです。
『こころのちから』の第6話です。いかがでしたでしょうか?
さて、最重要人物の一人の登場です。
私も好きなキャラなので、できるだけ力を入れて書きたいと思っています。
そんなこんなですが、次の第7話までの間、失礼いたします。