「………死ぬーー…」
彼は今、ベットで苦しんでいた。
それは昨夜、ヤングに強引に飲み屋に連れて行かれた事にあった。
ベットの上の男は黒髪から東洋出身を思わせる。そんな彼、カイエンは今、生死の境をさまよっていた。
酒はハンクが飲まなかったため、彼も飲んだ事はなかった。昨夜は初めてにも関わらず、強い酒を水の如く飲まされた。シベリア、ロシアのほうから伝わってきたウォッカという酒をストレートで……。結果は目に見えていた……。
「……ああああ、家に何もないという事を忘れていた…。ピコの奴はどこへ行った……」
思考は混乱していた。彼は何を考えているのだろう?
そして薬を飲むにも薬自体ないし、買いに行こうにも動けなかった。
そう、絶体絶命であった。
こんこん
そんな折に、玄関をノックする音が聞こえた。
しかし、幻聴だろうと思い彼はまったく気にしなかった。
こんこん!!
すると今度はちょっと強めにノックの音が聞こえてきた。幻聴ではなかった様だ。
「………出る、今出る…」
ぼそぼそといいながらベットを出ようとする。すると起きあがった彼に凄まじい頭痛が襲う。
ドカッという大きな音を立てて彼はベットから落ちてしまった。
這う様に進み玄関のドアノブでなんとか立ちあがる。そして彼は扉を開けた。
「……えっ?」
彼は思わず間抜けな声を出した。玄関に立っていたのはなんと一昨日助けた少女であった。
「……………」
カイエンは玄関立つ少女に何か言いたかったのだが頭が回らなかった。
(……この子なんて名前だったっけ……?)
「あ、あの…す、すみません。突然来てしまって。一昨夜この紙を……」
しかしカイエンはその話を聞き取る事はできずその場に倒れてしまった。
「!!!わ、わ、わ…カ、カイエンさん、カイエンさん……」
少女の声がだんだん遠のいていった…。そして彼は意識を失った。
彼は夢を見ていた。
彼も小さいのだが、彼女はさらに小さかった。
「ねえ…、お兄様聞いてますか?」
「え、うん、聞いてるよ」
少女は彼に話の続きを始めた。それは少年と少女が少し成長した小麦畑の横で話をしている場面であった。安らぎ…という言葉が良く似合う場面だった。
「それで……お兄様が……」
「おい!!…!!今日やっと師匠から…流刀技の全てを学んだ。もうお前に負けないつもりだ!!みてろ、今にお前を抜かしてやる!!」
「……僕は君に勝ってるとは思わないが、負けるつもりはないよ!!」
「ああ!!それでこそ俺のライバルだ!!」
「…まったく!!いっつもお兄様たちは……」
ぷんと怒る少女を二人で必死になだめる。
……いつもこんな感じの平和な、楽しい時が続くと思っていた……。
「…お兄様!!……お兄様を止めてよ!!」
「……!!なんでなんだ!!」
そこはさっきと違い冬の風が辛い頃であった。
「……貴様!!師匠は、お前の父さんは…俺の父さんを…したんだぞ」
「!!!………!何かの間違いだ!!……」
「……………」
「………」
「…」
しかし彼の夢はそのまま途切れ、現実へと戻っていった…。
「……さん、カイエンさん…」
「ん…?」
「よかった、気がついて…」
カイエンが目を覚ますと一昨日の少女がベットの横で自分を看病していた。
(……そうか。さっき俺、倒れてしまったのか…)
「…すまない。迷惑をかけてしまって…」
「いいえ、構いません。でもカイエンさん、飲みすぎはいけませんよ!!」
「ん、ああ、やっぱそうか……。いや、飲むつもりはなかったんだが…」
カイエンはその日初めてそれが二日酔いという物なんだと知った。
「ええっと…ソフィアさんだったっけ?ありがとう…大分楽になった気がする」
「いえ、家でも良くお父さんが…あ!!それと……」
「どうした??」
ソフィアはうつむきながら申し訳なさそうにいった。
「今更ながら済みません、勝手に押しかけるようなことをしてしまって」
「ん?」
「………」
ソフィアは何かを気にしてる様であったが、カイエンにはわからなかった。だから彼は、ただ彼女を真っ直ぐに見てこう言った。
「本当に助かったよ。君がいなければ俺は今ごろどうなっていたか…。本当にありがとう……」
真っ直ぐに見つめる彼。彼女はその時彼の顔をはっきりと見た。
彼女はおもわずその顔にしばし見とれていた。
彼の顔立ちは整っており、また鋭い中に凛々しさ、気高しさを感じさせる。そんな彼に真っ直ぐ見つめられ、彼女は少し目をそらし頬をほんのり赤く染めていた。
「…そろそろ帰ったほうがいいだろう。年頃の娘がこんなところにいるものでもないしね…。今日はありがとう……」
「えっ!!あ、そ、そうですね。ではこの辺で…また…」
彼女は慌てて出ていった。
「???」
この辺はピコから言わせれば、カイエンの到底理解できない乙女心という物なのであろう…。再び彼は眠りについた…。
───翌日───
2日酔いの恐怖を乗りきり、カイエンは午前の軽い訓練を終了させ、心地よい日差しの中、春の香りが漂うカミツレ地区のほうに足を伸ばした。尚、ピコは相変わらずドルファンを飛びまわっていた。
馬車に乗りカミツレ地区に向かっても良かったのだが、フェンネル地区を通り、街並みを眺める事にしていた。
フェンネル地区の活気を通り超え、高原の見えるカミツレ地区に差し掛かった。カミツレ高原駅に向かう道を歩いていると脇の森林区より声が聞こえた。
「ハンナ、危ないって、やっぱ止めとけよ…。また、描いてやるって…」
見ればロングへアーの女の子が木に登るショートカットの女の子に制止を求めていた。
「だってあの絵、すごい気に入ったんだもん。大丈夫だってあとちょっとだから。よっと!!」
カイエンはなんとなくその場を見て通りすぎようと思ったのだが、急に木に登る少女を見て記憶がデジャヴの如くよみがえった。
それは止めさせようと呼びかける男の子と、制止を振りっきって木に登っていく少女の記憶であった
「おい!!危ないぞ!!」
「大丈夫ですよ。お兄様は心配し過ぎです…あっ!!」
木に登っていた少女は、枝から足を踏み外し木から落下してしまう。
それを下で待っていた男の子が尻餅を突きながら受けとめた。
「…いててて……大丈夫か?怪我はないか?」
「はい…済みません……」
一瞬カイエンは時が止まったかの如くその場に立ち止まる。そして彼女達を見るとまたデジャヴが襲ってきた。
「…様!!危ないですよ!!」
それは青年が木に登る身なりの良い少女に制止を求める記憶であった。
「大丈夫よ。……は心配性なんだから…あっ!!」
木に登っていた少女は、枝から足を踏み外し木から落下してしまう。
それを下で待っていた青年がガシッと受けとめる。
「だから言ったでしょう…。……様戻りますよ」
「ブーー。じゃあ、このお姫様抱っこのままならいいよ…」
「……これっきりですからね…」
白昼夢から首を振り、現実へと戻る。カイエンの見たそのデジャヴの男、少年も青年も自分のような気がする。確かな証拠はない。だが、かつて味わったことがある気がする、その暖かい、今の春の日差しのような暖かさを…。
もう一度彼女等を振りかえる。するとピンと何かが閃いた。
“落ちる!!”
その時すでにカイエンは駆け出していた。
「ハンナ、その枝古いぞ、もう止めとけって…あっ!!」
バキッ!!と枝が折れる。少女のバランスは崩れ、悪いことに頭のほうから落ちていく。
「うあっ!!」
悲鳴を上げるも、激突は時間の問題だった。
ばさっ!!
ロングへアーの少女は思わず目をつぶってしまった。恐る恐る目を開けると想像のしない結果になっていた。
カイエンは慌てて駆け出した。しかし少女の登っていた枝は折れ少女がバランスを崩した。
その時、自分でもわからないくらい無我になって駆けた。
ばさっ!!
気がついた時カイエンは少女を抱きとめていた。後ろで見ていた子もこちらに気がついた。
しかし、世の中はそんなに甘くなかった。
カイエンは少女を最悪の形で抱きとめていた。頭から落ちる少女の腰を強引に抱きとめる、すると不可抗力でもスカートがめくれ顔の前に中身が現れる。
それに気付き慌てておろした時にはもう遅かった。
バチン!!
「この、変態め!!どうせ影から、ずっとハンナのスカートの中を覗いてたんだろう!!」
ロングへアーの少女はいきなりカイエンにビンタをかます。
「ち、違う!!違うぞ!!」
「………」
一方、もう一人の少女は恥ずかしそうにずっとうつむいていた。
「管理局に突き出してやる。変態ってな!!」
もうこうなったら弁解しての無駄のようだった。彼は慌ててその場から逃げ去っていった。
───カミツレ高原───
「……情けない……」
彼は高原で寝っ転がり、落ちこんでいた。
周りには馬に乗る者やデートしてる若者がちらほら見える。春の高原は昼寝にはもってこいの心地よさだった。
そんなおり、彼に近づいてくる足音が聞こえた。
「よお!!」
目線を声のするほうに向ける。そこには威勢のよさそうな御者服の女性がいた。
「???」
「さっき見てたぜ。なかなか格好良い事するじゃねーか!!」
「???」
さっきから女性の言っている事が解からなかった。
「おっと、俺はジーンって言うんだ。さっきフェンネルからカミツレに向かって馬を走らせている時、偶然あの子達と助けに入るあんたを見てな…」
「………」
「誤解…解いておいたぜ。折角助けたのに変態じゃ、たまんねーよな。なんか久しぶりに骨のある奴見たぜ……と、あんたの名は?もし良かったら教えてくれ」
カイエンはすっくと起きあがりジーンに自己紹介をする。
「…ああ、俺はカイエン。カイエン・アラキって名だ。ありがとう、誤解を解いてくれて」
「よせよせ…礼なんて。…おっ!!こんな時間か、仕事に戻んねーとな。また今度でも飲みに行こうぜ!!じゃあな!!」
「あ…ああ……」
飲みはともかくとしてジーンのおかげでなんとか今日一日気分良く過ごせそうであった。
夕暮れに差し掛かる前、帰り道にフェンネル地区の商店街で雑貨の買出しをする事にした。
いろいろと買いたいものはあるのだが、予算が追いつかなかった。いろいろな商品と睨めっこをしていると後から声をかけられた。
「あ、あのう……」
無言で振りかえると、そこには木から落ちた少女がいた。
「………」
気まずさからカイエンは無言になってしまう。二人して終始無言だったが、少女が先にきりだした。
「さっきはごめん。御者の人から聞いたよ。僕を助けてくれたって…。レズリーの事も本当にごめん……あ、レズリーって僕と一緒にいたロングへアーの子で…」
「いや…こっちも…済まない事を……」
カイエンは少しその時の事を思いだし俯き赤くなる。
「……えっと…僕ハンナって言うんだ、君の名前まだ聞いてないや」
「…俺は、カイエン。よろしくハンナ」
本日二度目の自己紹介をする。カイエンはぺコリと頭を下げると、ハンナも同じようにぺコリと頭を下げる。するとゴツンと頭がぶつかる。
そして、お互いにみつめあい、そして笑い出した。
「はははは、ゴメン!!さっきから謝りっぱなしだな」
「ははっ、気にしなくて良いさ」
「カイエン…かっこいい名前だね、お世辞じゃないよ」
ハンナはカイエンに屈託なく笑みを向けた。
それに答えてか、少しハンナと話しこんでいた。
「ねえ、カイエンのこともっと聞きたいな。もし良かったらちょっとベンチで話でもしない?」
「ああ、構わない」
二人はそのままフェンネル地区の小さな公園に向かった。
「僕って人見知りしないほうだけど、初対面の人とこんなに話すのは初めてだよ」
公園のベンチに座るとハンナは話し始めた。夕暮れの公園には子供の姿はなく、小さな噴水が音を立てているだけであった。
「カイエンって傭兵なんだ、やっぱ東洋人なの?」
ハンナが浴びせる質問に答え様にも記憶がはっきりしてないため、正確には答えられなかった。
「この国で外国人傭兵っていろいろ問題起こしてるんだ、“俺様が国を守ってやってんだぞ”って感じで。だから外人にはあまり近づくなってお母さんから言われてたんだけど、カイエンを見ればわかるよ。良い人もいれば悪い人もいるって…」
「……俺って良い人なのか?」
「うーーーん??少なくとも悪人には見えないかな」
少女の言う言葉は軽い物であったのだろうが、今のカイエンには自分を知る言葉であった。
彼はいまだに性格が一致しないという事があった。熱血であったりもすれば冷静であったりもする。内面で生きるもう一人の自分。過去の自分に今が侵されそうで怖くなる時がある。
そんな不安定な自分にこの子どう移っている気になって聞いてみたくなった。
「なあ。変な事聞くけど、俺ってどう思う?」
「ん?うーん?かっこいいと思うよ」
「いや、そうじゃなくて……。なんか…こんな感じがするとか?」
少し真剣に詰め寄ると彼女はうーーん唸りながら考える。
「…いまは海賊のキャプテンなんだけど、実はある滅ぼされた国の王子……ってのは?」
「????」
「うーーーん、なんかうまく言えないけど、なんか凛々しさがあるって言うか…なんというか……」
「……俺って凛々しいか?」
「うーーーん…わかんないや」
「そうか、悪いな変な質問して…」
するとカイエンはすくっと立ちあがり、うんと伸びをする。ハンナもまねるように伸びをする。
「そろそろ、解散するか…」
「そうだね…カイエン、これからもよろしくね!!」
「ああ、こちらこそ」
ハンナは元気に駆けていった。それを見送るとカイエンは兵舎の向かって歩き出す。既に辺りは既に暗くなっていた。
ハンナは走りながら家に向かっていた。途中、丁度良い高さの木の枝を見つける。そして跳ね上がり軽くはたいた。彼女にとって今日は充実した良い一日だった。
「しまった……。結局、何も買えなかった……」
カイエンは重要な事を忘れていた。あたりは既に暗くなり開いている店は見当たらなかった……。
続く…
<あとがき>
どうもブッシュベイビーです。第4話終了。この量なら早くかけるもんだと思い第3、4と一気に書きました。
ハンナナ…妙に馴れ馴れしい…と思った人もいるでしょうが、本編でも城の幽霊騒ぎの時、“僕もつれてって…”と言える子です、かわいいです。良い子です。だからこんな感じで許して下さい。
キャラもドンドン出てきました。登場はともかく軽く撫でるだけになりそうなキャラもいるので御了承下さい。
第5話頑張ります。
ブッシュベイビー