シュウジは病院に来ていた。右腕の怪我は未だ完治していなかったため、彼はドルファンの病院に一ヶ月に何回かの割合で来ていたのだった。この病院も先の戦いなどで、兵士や傭兵の入院がここ最近増えていたようだった。だがそんな事はシュウジには余り関係のない事だった。診察室で医者に右腕を診てもらう。医者が両腕でシュウジの右腕を手で揉み下しながら、まじまじとシュウジの右腕を見つめる。数秒して医者がそれを止め、机へと向き直る。机の上には診察ノートが置かれていた。
「ふむ…、多少の無茶はしたかもしれんが、特に問題は無い様だな。だが、まだしばらくは直らんぞ」
「…そうか」
医者がノートに手を加えながらシュウジに言った。自分を診察している医者は30代くらいの黒縁眼鏡の男だった。特にえらぶっている様子も無く、良い医者と言える部類に入る人間だろう。診察ノートを書き終えて、再び医者がこちらを見て言った。
「…もういいよ。じゃ、また今度な」
「ああ」
シュウジは医者の言葉に相槌をうって診察室を出た。廊下を歩いてちょうど入口のナースステーションの辺りに差し掛かったとき、ちょうど向こうから見知った顔の看護婦が歩いてきた事に気づいた。どうやらその看護婦もシュウジに気づいたらしく、こちらへと近寄ってくる。ピンク色の看護服を着た、茶色系の髪のその看護婦がシュウジに声をかける。
「あら、シュウジさん?今からお帰りですか?」
「テディーか」
テディー・アデレート。それがこの看護婦の名前だった。シュウジが始めてこの病院に来た時に医者と共にシュウジの診察に当たった看護婦だった。それ以来の知り合いである。テディーが思い出したようにシュウジに問い掛ける。
「あ、シュウジさん、この間の戦争大活躍だったそうですね?」
それに対し、シュウジは無表情で答える。
「…そう…なのか?」
シュウジのその答えにテディーは微笑んだ。柔らかい笑みだった。
「ふふふ、そうですよ?でも、あまり無理はなさらないで下さいね?」
そう言ってテディーは眉尻を下げ、表情を曇らせてシュウジの心配を口にした。
「わかった」
「それではシュウジさん、お大事に」
テディーは微笑んだまま、シュウジにそう言って、ナースステーションの中へと消えた。シュウジはその様子を見送ってから、よく晴れた青空の下へと行くために病院を出た。
その後、シュウジはシーエアー地区へと戻り、共同墓地へとやって来ていた。太陽の光のもとで灰色の墓石が、静かに幾つも佇んでいた。それは確かに死者の安らぎの地であった。イリハ会戦で命を落としたヤング=マジョラム大尉の墓へ訪れるためシュウジは来訪したのだった。来る途中に適当に添えるために買った花を手にしてヤングの墓へと訪れた。だが、そこには先客がいた。緑色の髪の30近くになるであろう女性だ。後ろからではわからないのだが、それでも明らかに悲しみにくれた様子だけは感じ取る事が出来た。シュウジもヤングの墓へと近づく。
ザッ、ザッ…
シュウジの足音にヤングの墓の前の女性がこちらを振り向いた。女性はしゃがみ込んでいたのでシュウジが見下ろす状態となった。
「…………」
一瞬の沈黙の後、
「…何か?」
女性がシュウジに質問した。やはり、その様子には悲しみしか感じられなかった。シュウジは彼女がヤングの墓の前にいた事で何かに気づいた。
(もしかして…)
そう思い、シュウジは自分の名を名乗った。
「私は、シュウジ=カザミ…という…名だ」
シュウジが所々に間を置きながら言った。その間はシュウジのとまどいを示していた。
それを聞いて、彼女の目が見開かれる。シュウジの名前に聞き覚えがあるようだった。
「え…それじゃあ、貴方が主人の…」
彼女の台詞を聞いて、
(やはり…)
シュウジは心の中で自分の中で考えていた事を肯定した。ヤングの死の間際の言葉を思い出しながら。
「私は、クレア・マジョラム…貴方の名は主人から聞かされていたわ。ヤング元大尉…貴方の上官であって私の主人…今は、この石の下で眠っているわ…」
彼女――クレアはただただ悲哀の表情のままそう呟くだけだった。一応、シュウジに説明しているのだろうが、その声はただの呟き程度にしか聞こえなかった。まだあの戦いが終わったばかりだ。しかも、自分の主人が戦死したとなれば…彼女の傷はつけられたばかりなのだ。シュウジはただその言葉に「そう…ですか…」と答えるしかなかった。数分手を合わせて冥福を祈った後、クレアはシュウジに軽く会釈をして静かに墓地を出ていった。シュウジは去り行くクレアの後姿を物憂げに見つめていた。そして、彼女が見えなくなった後、ヤングの墓に持ってきた花を添え、手を合わせ祈った。
その後、シュウジは真っ直ぐと宿舎へと帰ってきていた。部屋でしばらく休んでいると、アレスとシオンが尋ねてきた。そして…
「そうですか…ヤング大尉の墓参りに行っていたのですか」
シオンが物憂げな様子で、シュウジの話に反応する。アレスも同様に、
「そうか…俺もそのうち行ってくるわ。いい教官だったのにな…」
と呟いた。シュウジは無言で二人の呟きを聞いていた。
その後しばらくして、シオンが話を切り出した。
「そういえば、次の戦いのとき、死んでしまったヤング大尉に変わって、誰が傭兵部隊の指揮を取るのでしょうねえ?」
それに対し、アレスは自信満々の顔でシオンの問いに返事をする。
「お前、それは当たり前だって。やる奴なんて一人かいねえぜ?」
そう言って、横目をシュウジに向ける。
「誰だ?」
シュウジが疑問に思ってアレスに問うと、にやりと口元を釣り上げ、シュウジに向けていた目をシオンにやって、
「簡単な事だって。この前の戦いで活躍して…」
と言った。
シオンがそれについて、右手を握り左手のひらをぽんと叩き、
「しかも八騎将の一人を倒したのですから…」
「お前しかいないだろ」
アレスが最後の締めを口にする。と同時にアレスとシオンの目がシュウジに向けられる。数秒その目線を受け止めてから、シュウジが呟いた。
「…何故こちらを向く」
その呟きを聞いてアレスが顔をにっとさせて言った。
「わっかんねえの、お前?」
そしてシオンがにっこりとした笑みを浮かべて言った。
「あなたしかいないって事ですよ」
「…………」
シュウジは沈黙するだけだった。
クレアと出会った日から数日経った休日の8月12日、一枚の手紙がポストに届いていた。ピコがポストからそれを持ってきて机に置いて、一生懸命に開く。中から紙切れを引きずり出し、広げて書いてある事を見る。直後、ピコの顔に驚愕の表情が浮かび、まだ眠っていたシュウジを叩き起こす。小さな手でシュウジの顔をペシペシと叩いた。
『シュウジ、シュウジ、起きてよ、早く!!』
シュウジがうっすらと目を開け、手で目をこすりながら体を起こしてピコを見やる。
「……何だ?」
『「何だ?」、じゃないわよ!大変なんだってば!お城から非常召集がかかったよ!』
ピコが大声で手紙の内容を叫んだ。
「どうするの?」
そう言ってピコがまだ眠たそうなシュウジに問い掛ける。
「…行くに決まっているだろうが」
シュウジがピコの問いにそう返事して、気だるそうな体でベッドから身を起こして立ち上がった。掛けてあった私服を着て、目の前に飛んできたピコに
「行くぞ」
と声をかけた。それを聞いてピコが
「それじゃ、ドルファン城にレッツ・ゴー!」
声を張り上げてそう叫んだ。その声を聞いてシュウジはつまらなそうに呟いた。
「ピコ、煩いぞ」
『な…シュウジ、何よ!その言い草は!!せめて「ピコ、元気だな」くらい言えないの?もう!』
あまりのシュウジの言い草にピコはすぐに腹を立てて怒鳴った。
シュウジが城へ赴く途中の道で、ちょうどサウス・ドルファン駅付近にさしかかった時だった。
「ねえねえそこの外国人のお兄さん!」
と、不意に声をかけられた。シュウジが辺りを見回して、こちらを向いている人物を雑踏の中に探したが、見当たらない。
「こっちよこっち!」
再び声をかけられて、シュウジが後ろを向くと、そこには少女が立っていた。髪は美しい金色で、赤いリボンを幾つも使用してポニーテールを二つ作っている。オレンジ色のフリルの私服のスカートがひらひらと風にそよいでいた。
「ねえねえ、あそこのお店のアイスが食べたいの。買って下さる?」
少女がこちらに近づいて来て、サウス・ドルファン駅近くに店を開いているアイスクリーム屋を指差しながらそう言った。
「……」
シュウジは無言で声をかけてきた少女を見やる。
「ね、ね?」
「…どうして、俺がそんな事をしなきゃならないんだ。大体俺はあんたとは初対面だが…」
シュウジが冷ややかな口調でそう言ったが、少女は、
「そんなこと言われなくてもわかってるわよ。でも、男の人ならこんな可愛い女の子に声かけられたら、気にせず買ってやるかとか思わない?」
とにっこり悪戯っぽい笑みを浮かべて話し掛けてきた。だが、シュウジはそんな事にはさらさら興味のない人間だった。あっさり、
「思わん」
と言い放つ。だが、そんな事は聞いていないのか少女はシュウジの腕を掴んで無理矢理引っ張っていった。
「さ、行きましょ!行きましょ!一体どんな味なのかしら、うふふ♪」
少女は嬉しそうな顔でそんな事を呟いている。
シュウジは少女を睨みつけて、
「…人の話を聞けよ」
と呟いたが、少女の耳には入っていなかった。
結局、少女に押し切られる形となり、シュウジは有無を言わさずアイスクリームを買わされる事になった。非常収集で呼ばれていると言ったのだが、少女は「大丈夫よ♪」とどこから沸いて出てきたかわからない余裕ある声でそう言った(そんな事を言われても、シュウジには余裕などはないのだが)。アレスとシオンは城の非常召集に行ってしまった。シュウジはアイスクリームを傍らにいる少女に渡す。
「優しいのね。女の子にモテるわよ?」
と少女が言ったが、シュウジは心の中で(知るか)と呟いていた。少女がシュウジから手渡されたアイスを数秒見つめた後、思い切ったかのように舌を出してアイスを一口なめる。その様子を見て、シュウジは
(…おかしい。アイスくらい食べた事があるはずだと思うが…)
前髪で微妙に顔を隠して訝しげに眉を潜めて少女を見やった。その時、シュウジの心の呟きを遮るように少女が歓喜の声を上げた。
「あ、甘〜い!こんなに美味しいのは初めて!!この大味でチープな味付けがなんともたまらないわ!」
少女はアイスの味に満足したようだ。少女は嬉しそうに手に持ったアイスを舐めている。その姿をシュウジは横目で見やりながら、気づかれないように顔に微笑を浮かべた。何故か、シュウジの心に懐かしさが響き渡っていたのだった。
「ごちそうさま」
数分の後、少女はアイスを食べ終わって満足そうな顔をしている。シュウジに向き直り、その顔で再び話し掛けてきた。
「ねえ、貴方ヒマでしょ?どこか面白い所へ案内してくれないかしら?」
と、訳の分からない注文をしてくる。だが、この少女のお陰でシュウジが暇になってしまっているのもまた事実だった。シュウジは付き合いたくはなかったのだが、何故かその少女の頼みに、
「…いいだろう、たまには」
と答えていた。それが先に感じた懐かしさに通じているのかはシュウジにも分からなかった。少女がその返答に喜びの声で答えた。
「えっ、ホントに?貴方ポイント高いわ、紳士の中の紳士よ!」
シュウジを褒めているのだろうが、シュウジにとっては意味がなかった。だが、意図してそれをした訳でもないのか、そんな事は気にせずに少女が思案気な顔を浮かべて、何か考えているようだった。シュウジは黙って、少女が何か言い出すのを待っていた。不意に少女が閃いたように言った。
「じゃあねぇ…わたし、馬に乗りたい!」
こうして、シュウジは今日一日中彼女に振り回される事になったのだった。
「ごめんね。無理矢理付き合わせたみたいで…。もう真っ暗だねそろそろ戻らなきゃ…今日はすっごく楽しかった」
少女が時計を見やり、そう言った。シュウジと少女は、国立公園の入口にいた。
あの後馬に乗るためにカミツレ高原へ行き、次に少女の頼みで国立公園を回ることになった。審判の口と呼ばれる観光名所(虚実の狭間と言われ、嘘つきが中へ手を突っ込むと食いちぎられるという言い伝えがある。が、もちろんそんなはずはなく、少女がシュウジの手を突っ込ませたが何も起こらなかった。少女はつまんなそうだったが)へ行った後、トレンツの泉で少女が中に落ちてしまったため、乾くまで無理矢理シュウジはつき合わされたのだった。
「…そうか」
シュウジは彼女に表情を変えず、目をつむったままそう答えた。
「貴方のお陰ね…。そういえば…お互い自己紹介すらしてなかったね。わたし、プリ…」
そこで少女が言葉を止める。
「?…どうした」
シュウジが疑問に思い、少女に問う。少女は何かまずそうな事を言ったかのように青ざめた顔をして動揺していた。
「じゃなくて、え…と…プリムよ。貴方は?」
少女の問いに、
「…シュウジ=カザミだ」
と答えてやる。すると少女はハっとした顔になり、ぼそっと呟く。
「あなたが…」
シュウジが不思議そうに見ていると、
「へ、へえ…シュウジね。結構、素敵な名前かも…」
と動揺を隠すように少女が笑いながら言う。
「シュウジ!来週もここで待ってて!わたし、会いに来るから!ちなみに…貴方に拒否権はないからね、じゃあね!」
そう言って、プリムと名乗った少女は夕闇の中を走り去っていった。
後日、シュウジは一応国立公園へ行った(らしくもないが)。
だが少女は来ず、結局時間を無駄に過ごしてしまった。ただ一つ、誰かにぶつくさ文句を言っているメイドらしき少女を見た以外は。
それから、シュウジは軍を率いているメッセニ中佐に呼ばれ、正式に傭兵部隊長に任命された。もともと、シュウジが有力視されていたのだが、王女の口出しもあったと言っていた。
「お前、王女と面識があるのか?」
と中佐に言われたシュウジだったが、シュウジには王女と出会った記憶はなかった。だが、その時シュウジの頭には、何故かあの日会った少女の姿が浮かんでいた。
その理由はやがて知る事になるのだが。
後書き
ども。
第二章に入りました。マジですか!!
すげえ!!(何が)
いきなり三人も出ましたねえ。凄いです。第一章の第三話以来です。
みつめてナイトの小説のくせに、なんて女っ気のない話なんでしょうか。
次は、人気のあの娘の登場&主人公の買い物(?)編かも?
あの娘の登場はマジですが。三つ編の〜無口な〜♪(訳分からんし)
個人的には三年目の話が(ある程度は決まってる)いい感じだと思いますよ♪
まだ一年目も終わっちゃいねえがよ(爆)