第一話「the begining(and it's ending right now)」


4月1日

 

 船旅が終った。

 名前の正しい綴りを教わった。

 

「すいません」

「?」

「入国管理局の者です。ここにサイン、お願いします」

「…えーと」

「名前です。ここの線のところに…そうです。…どうも…イ、エ、ズゥ?」

「ちがう、ちがうイエゾー、イエゾー・トダ」

「ああ。だったらzooじゃなくてzohのほうが」

「!。なるほど、ありがとう」

「いえ。それでは、御武運を」

「?」

 

 やっと着いたか。船旅にもようやく慣れたところだったんだけどなあ。

 初っ端から言葉の壁にぶつかってしまったが、これからこんなこと何度もあるんだろうな。

 鬱だ…。
 

 まあ落ち込んでても仕方が無い。そろそろ降りるか。

 周りを見渡すと、同じ目的でここにやって来たとみられる輩も多い。

 …今のところ東洋人は俺とあいつだけか。

 船上で出会った唯一の同郷人(国が同じというだけだが)。

 上背があり非常にたのもしい感じだ。

 「なんだ、ピコか…」

 時々虚空をみつめ、妙な独り言を言う以外は。

 

 地図をたよりに宿舎に辿り着く。

 久しぶりに陸の上にいるというのに、なんか床が揺れているように感じる。

 …気持ち悪い…眠れるだろうか。…鬱だ…。

 

 もう一人の東洋人、英田忠信はさっそく地元のゴロツキと何かあったらしい。

 こっちにお鉢が回って来ませんように、とか思いながら床に就く。

 

 

4月20日

 

 毎日訓練が続く。…言葉が相変らず不便。英田は何故かペラペラだ。うらやましい。

 今のところ個人技術の向上を目指す訓練のみなので何とかこなせるが、

 複雑な命令出されたらまず理解不能だろう。

 …突撃しか分かんなかったら確実に最前線だ。必死に語学を学ぶしかない。

 「剣術の筋は良いな」

 とヤング(鬼)教官に誉められる。悪い気はしない。

 が、「切り込み隊長」が通り名らしい…。

 あんまり気に入られるのもまずいような気がしてきた。

 

 最近、変な感じの視線を感じる。

 筋骨隆々の大男に時々声をかけられるので、適当に返事をしていたが英田の話では俺のことを

 「かわいい子猫ちゃん」

 などと呼んでいたらしい。…鬱だ…。

 

 床の揺れが収まったというのに、今度は別の心配で寝つきが悪い。

 

 

5月4日

 

 最近よく女の子と知り合いになる。英田を通してだが。

 偶然の出会いの多い奴だ。半分わざとじゃないのか?

 まあ、紹介してくれるので文句はない。かわいいコが多いなー。

 語学の上達には女が早道ということを聞いたことがあるので、

 暇さえあれば一人で会いにいってみようか。とも思うが…

 実際問題毎日毎日訓練続きで疲労困憊だ。日増しに激しくなっているような気がする。

 

 今日は起きると西の空が既に赤かった。夕飯を食ってそのまま眠る。のべ30時間弱眠ったのか。

 俺の休日を返せ!とも言いたいが眠ったのは他ならぬ俺なので怒りのぶつけ先がない。

 鬱だ…

 

 

5月5日

 

 ついに来た!

 筋骨隆々の男に襲われそうになる。

 英田は女の子とデートに行ったまま帰ってきてない。

 酔って、俺の個室に押し入ってきた。周りは見てみぬふり。

 お前ら、明日はわが身かも知れんのだぞ!

 薄情な同僚を尻目に戦闘開始。

「子猫ちゃ〜ん。俺と楽しもうぜぇ。ハァハァ」

 だぁ!!ハァハァ言うな!!

 隙を突いて急所を蹴り飛ばす。顔色を七色に変えながらもんどりうつ筋肉君。

 何度か謝罪の言葉が口から漏れていたようだが

「聞〜こ〜え〜ん〜な〜」

 とか言いながらマウントポジションを取って気絶するまで殴る。

 拳が痛い。

「あとが怖いぜ〜」

 などと野次馬連中が言ってたが…

 

 直後、メッセニ中佐に叱られる。…これのことか。怖いことって。

 説教を2時間ほど受ける。「私闘の禁止について」

 

 しかし、久しぶりに好き勝手暴れたので気分は晴れた。何より変な視線から解放されたのがうれしい。

 ぐっすり眠る。

 

 

6月11日

 

 言葉は相変らず不便だが、何となく意思は通じるようにはなって来た。

 英田が半分通訳してくれてることもあるのだろうが。

 それにしてもアイツはすごいな。剣術といい、学問といい群を抜いている。

 生まれのことを何度かそれとなく聞こうとしたが、はぐらかされた。

 結構いい身分だったに違いない。

 事情があってここまで流れてきたのか。

 謎だ。

 

 …そして変だ。独り言が相変らずでかい…。

 

「ピコって誰よ?」

 と聞くと激しく動揺した。

「見えるのか!?」

 などと詰め寄られ答えに窮する…う〜ん。

 

 今日は訓練所にヤング教官の奥さんが弁当を届けに来た。

 美人だ。…いいなあ。

 さすがに教官も照れていた。

「頑張ってくださいね」

 とか言われて隊全体が活気づく。これが若さか。

 ヤング教官は苦笑い。

 あっ!メッセニ中佐もやに下がった顔をしている!

 珍しいこともあるもんだ。と思っていたら見てるのに気付かれた。

 あ。ちょっ、い、痛いっ。ポカポカ殴んなくてもいいじゃないスか。

 照れやさんだなぁ。

 

 

6月20日

 

 命令を聞くのに必要な単語は大体覚えたので、演習も問題なくこなせている。

 いきなり最前線っつーことはないだろう。

 そろそろ何か動きがあるらしい。

 なんか緊張してる。眠りも浅い。

 噂程度でこんな風になるとは、実際指令が下った時ちゃんと戦えるのか不安だ。

 

 昨日、あれ以来姿を見せなかった筋肉男(身長2メートルぐらい)が宿舎に帰ってきた。

 取り巻き連中を引き連れて歩いてくる。

 あんなことがあっても、ついて歩く連中がいるということは結構人望があるのかもしれない。

「よう、子猫ちゃん」

 この前は一人だったからいいようなものの、多勢に無勢。ボコられる。

 

 気が付くとベッドに寝てた。慌ててチェックするが、ケツは無事な様子。

 

 どうやら気を失って襲われそうなところを英田が助けてくれたらしい。

 筋肉君を病院送りにしないまでも随分痛めつけたそうだ。

 と、となり部屋のゼペットさん(40代前半だと思う)から聞く。

 打ち身に聞く薬を調合して持ってきてくれた。ありがとう。

 ひどい匂いだが確かに効く。今朝には痛みがだいぶ引いていた。

 

 英田はどこにいったのか。と思っていたら私闘を行ったとしてメッセニ中佐に叱られてきたらしい。

 ごめんな〜、俺のせいで…。

 と近づこうとしたところ、鼻をつまんで逃げられた。

 …そんなに匂う?この薬。

 

 

6月25日

 

 ゼペットさんが30歳だということが判明。

 老け顔を気にしているらしく

「40歳くらいだと思っていた」

 と告げるとちょっと落ち込んでいた。が

「お前は14にしか見えんぞ」

 と切りかえされる。

 奥さんと子供がいるという話をした。

 活躍しだいでは、騎士にもなれる。と聞いてここに来たという。

 落ち着いたら、家族をこっちに呼ぶとも言っていた。

 

 実戦がだいぶ近いらしい。という噂を聞く。

 

 

7月3日

 

 戦闘に関しての会議が頻繁に開かれている。

 下っ端の俺は参加していないが、分隊長を命じられた英田は忙しそうだ。

 毎晩、帰りが遅い。独り言も減った。

 必要なら遺書を用意するように、と言われる。

 ゼペットさんは家族に。他のヤツも恋人やら家族やらに書くという。

 当の俺には書く相手もいない。

 届くはずの無い手紙を書いても意味がない。

 ということを、うっかり漏らす。…やばい最前線候補にあげられてしまう。

 

 英田も遺書はいらないと言っていた。

「生きて帰るから必要ない」

 あいつが言うと冗談に聞こえない。若さからくる過信とも違う。

 でも…本当はあいつも書く相手がいないんじゃないだろうか。

 と思ったが、聞けなかった。

 

 

7月10日

 

 戦況はだいぶ不利との噂。

 今日も訓練。

 部隊内でも緊張が高まっている。

 気晴らしに街に繰り出す。

 戦争とはかけ離れた明るさ。

 酒が変なところに入る。

 悪酔い。

 

 

7月13日

 

 いよいよ出撃だ。

 恐れていたことが現実に。英田の分隊に配属。ヤング教官についていくことになった。

 …最前線かよ

 敵前逃亡も死刑ということなので腹くくる。

 

 …でも緊張でポンポン痛〜い。

 

 英田は笑って

「俺たちには幸運の女神がついている」

 と言う。アイツが時々話し掛けてるのは女の幻だったのか。

 女の子の友達は多いはずなのに幻を見るとは。

 まあ夢の中の物のほうが概して理想に近いものだよね。

 

 英田のおかげで出撃前に少しリラックスできた、でも眠れん。

 

 

7月18日

 

 出撃。

 ごろごろ死ぬ。

 知った顔、知らない顔。すべての屍を乗り越えて進む。

 左上腕部に矢が刺さった。かなり痛い。

 人員の少なくなった部隊を統合し、再編成するため一時後方へ。

 治療を受けた後、再度前線へ。

 

 

7月19日

 

 ゼペットさんと会う。よかった、死んでない。

 「負けた」という情報を耳打ちされる。

 それでも最悪ダナン奪回が目標とされている。

 明日、明後日で決着をつけるらしい。

 …生き残れるのか?

 

 

7月21日

 

 敵の大将との一騎打ちでヤング教官が死んだ。

 英田がその仇を討った。

 

 疲れ果てて、涙もでない。…すんません教官。

 っつーか俺も最後の最後で受けた傷が結構深かったらしく戦闘終了後、気絶。

 おきたら馬車の荷台に乗せられてた。

 

 …眠い…そして寒い…

 いつか聞いた童歌が、どこからか聞こえてきた…

 …なつかしい匂いがする。

 …俺は畦道を歩いている。

 夕凪の風が頬をくすぐり、稲穂を揺らす。黄金の園を波打たせる。

 世界は、暖かい朱色に包まれている。

 俺はいつのまにか、寒さを忘れていた。

 

 ……………死ぬのかな?…………俺………


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