「スコットランドの戦士、ウィリス・ワード!」
「ドルファン傭兵部隊所属、叢雲 蒼夜!」
審判が二人の名をよみあげる。
「決勝戦…」
二人が己の獲物を抜いて構える。
「始め!」
叢雲がまず仕掛ける。
「はっ!」
袈裟懸けに斬り下ろす。
ウィリスはわずかに半歩引いただけである。
(さすがだな…)
叢雲は感心した。回避を最小限にすることで余計な隙を生じずに反撃に移ることができる。理屈はわかっていても恐怖心から余計に下がってしまうものである。
しかしウィリスは斬りこんでこなかった。いや、叢雲が切り込ませなかったのだ。
残心。攻撃の後に隙ができぬように構えることをいう。
「やるな…」
ウィリスがつぶやく。しかしその言葉は二人の相手に対する共通の言葉である。にらみ合いが続く。お互いに攻撃の糸口がつかめないのだ。
「あ〜もう!早く決着をつけなさい!じゃないとひさびさに死刑台が活躍するわよ!」
蒼雲の見知った娘が大声をあげる。周りの客は目を見開いているであろう。
二人が同時に動いた。脅しに従ったわけではない。きっかけだった。
天をつかんばかりに突き上げたクレイモアから放たれる必殺の一撃。この間合いではかわせるはずがない。たとえ剣で受けても剣ごと叩き切ることが出来る。そんな剛剣である。
剣を振り下ろそうとしたウィリスの目に飛び込んできたのは、背を向けた叢雲であった。
(馬鹿な!これほどの男が何故背を向ける!?何を考えて?)
ウィリスは一瞬躊躇した。限りなくゼロに近い一瞬ではあったがその一瞬で勝負は決まった。
ウィリスの振り上げた右腕に刀が打ち込まれていた。切れてはいない、刀の峰をかえしての峰打ちだったのだ。
「ば、か、な…」
ウィリスは倒れた。
峰打ちとはいえ刀は鉄の棒であり、強く打てば骨も折れる。叢雲の一撃はウィリスの右腕を砕き、その衝撃は頭を襲い脳震盪を引き起こしていた。
「ふぅ、なかなかの使い手だったな。」
刀を鞘に収めながら叢雲は一人ごちた。
【秘剣龍尾返し】
叢雲がウィリスを倒した技である。
隙のない相手に対して敢えて自分の背を見せることで敵に「虚」の状態をつくる。そしてその一瞬をつき振り返り遠心力を乗せた一撃を相手に放つのだ。熟練と速さ、そして思い切りがなくてはできない。未熟であったり、中途半端であれば背を斬られて終わりの捨て身の技でもある。死中に活を求める、極限の秘剣。
ウィリスのことを「なかなかの使い手」といったがそれは彼への賛辞であった。
(右腕は折れているがたいしたことはないだろう)
そうして叢雲は舞台を後にした。
(ここで殺すのは惜しい、ウィリスも傭兵ならば次に会うのは戦場だろう。味方として現れるのか、それとも敵としてか、次も勝てるかわからない。だがそれもいい。俺は傭兵なのだから。その日まで腕を磨くだけだ)
「まぁ、それにあの娘らにむごいものは見せたくないしな」
久々の好敵手に会えてさらなる鍛錬を決意した叢雲であった。
その叢雲を見つめる視線。他にも見つめる視線はあったが、それらとは異なる視線。鋭く冷たい視線であった。驚くことにその視線の持ち主は見たところ15・6の少女であった。
「やはり、さすがね…」
少女は最初から結果はわかっていたようにつぶやく。結果よりも叢雲の技を見にきた様子である。
黒い長髪を三つ編みにし、飾り気の無い出で立ちをしている。装飾品はつけていない。しかし、両手にはめられた赤い皮手袋に注意がいく。
一体どういう意味を持つのだろうか。
周囲に溶け込んでいるようだが、裏の世界の人間や武道の達人ならどこか違和感を覚えるかもしれない。それほど彼女は異様な気を放っていた。
「油断だわ…」
一人つぶやき、気を静める。次の瞬間、異様な気は消え失せた。
彼女は叢雲の闘いを見て我知らず気が昂ぶっていたのだ。
「さすがにネクセラリアを倒しただけはあるようね」
確かに叢雲は八騎将の一人【疾風のネクセラリア】を倒している。しかし傭兵の活躍は新聞にはたいして大きく載せられない。…傭兵に手柄を奪われた騎士団の圧力かもしれないが。だからよっぽど熱心に新聞を読んでいて、なおかつその記事を覚えている人しかそのことは知らない。
少女は再び叢雲を見据えてつぶやいた。
「蒼い…悪魔」
呟いた瞬間再び気が昂ぶるのを感じた。
彼女の名前はライズ・ハイマーといった。
数日後、シーエアー地区の倉庫街でウィリスの死体が見つかった。
複数の者に襲われたらしくめった斬りであったという。
叢雲はすぐに騎士団の意趣返しだと思った。試合とはいえ騎士を、名家の者を含み数人殺している。ただで済むはずがなかった。
利き腕が使えない者を複数で闇討ちする、これがこの国自慢の騎士団の実態だ。
名誉や誇りなどを傷つけられた恨みを晴らすのには手段を選ばない。誇りを守るために誇りを捨てていることも気付かず。奴等らしいやりかただ。
卑怯なことをしながら口では名誉・格式と言い放つ。
叢雲はあらためてこの国の騎士団が嫌いになった。