『アスタさん…。貴方はお風呂に入る際、唸りますね…。』
「はいっ…?」
俺は、途端に拍子抜けした。
「ちょっ、一寸待て!今までの前振りは一体何だったんだ?」
俺の疑問には答えず、ソフィアは言葉を続けた。
『それに、クシャミをした後には、「ちきしょーい!」と続ける…。』
「なっ、何故そんな事まで…」
『挙げ句に、椅子から立ち上がる時、「よっこらしょ」と言いますね。』
「ぐっ…、ぐぅぅ…。」
返す言葉が無かった。何故、彼女がそんな事まで知っているんだ?それより、さっきまでの
『シリアス路線』は何処行った?辺りの暗闇まで、晴れかけてるではないか。
それに、何で死ぬ間際に、こんな事まで言われなければならない?どうせ死ぬなら、もっと格好良く死にたいぞ!
しかし、次の瞬間には、確実に止めを刺された。
『オヤジ…』
一瞬の沈黙が訪れた…。だが、その沈黙も長く続く事は無かった…。
「ソッ、ソフィアァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!」
「きゃっ!」
近くで、女性の短い悲鳴が聞こえた。同時に目を開けると、眩しい日差しに襲われる。
瞬間目が眩んだが、徐々に慣れてくると、真っ白な天井と、看護服を身に纏った女性が視界に飛び込んで来た。
現状が理解しきれない俺は、ごく当たり前の質問を、その女性に投げ掛けた。
「此処は…?」
「やっと気が付かれたんですね。此処は、ドルファン国立病院です。」
俺は聞いてから後悔した。看護服を着ている女と、妙に医薬品臭い部屋。見事なまでに白い
ベッドと毛布。それだけでも、此処が病院だと分かりそうなものだ。
辺りを冷静に観察する事まで欠落し始めているのだろうか…。
俺がそんな事を殺伐と考えていると、彼女が安心しきった表情を浮かべて、俺の顔を覗き込んできた。
本当に心配したんですよ。3週間も意識が戻らなかったんですから。でも、良かった。目を覚ましてくれて…」
3週間?3週間もの間、俺は眠っていたと言うのか?それじゃさっきのは一体?
俺は死んだのでは無いのか?幻覚?それとも夢…?
試しに、目尻に指を持っていく。其処には水気があった。涙だ。
泣いていた?さっきの幻覚とも夢とも言えない物の為に?
現に俺は生きている。此処に存在している!すると、さっきのは…?
いや。俺は確実に生死の境を彷徨っていた。
それを証明するように、身体中に包帯が巻かれているし、鈍い痛みが腹部を襲う。
『死にたくない』という想いが『ソフィアの幻影』を形取らせて、あの場に出現させたのだろうか…。
しかし、ソフィアが言い放ったあの言葉…。
『オヤジ・・・。』
思い出したくない言葉が頭を過ぎる。あの冷たく言い放つような言葉。
俺は漠然とした頭の中で、自問自答を繰り返す。
挙げ句に、冷静さを欠いた俺は上半身だけ起き上がり、両手で頭を抱えた。
「あっ。まだ寝てないと駄目ですよ。」
続く……