6月の第一日曜日。
ケイゴは慌ただしく部屋を出た。
ギャリック「おう、ケイゴ……ん、どうした?」
今日は確か、ケイゴはソフィアとデートする予定だった筈だ。
いつもの黒い衣装に『阿修羅』と脚絆の格好のケイゴだったが、これからデートに行くような雰囲気ではなかった。
彼の気が普段より強くなっているのをギャリックは悟る。
その気の膨らみ方から、闘いに行くのだと気づくのには大した時間もかからなかった。
ケイゴ「ギャリック、頼みがある」
ギャリック「お、おう」
彼の気迫に、ギャリックは思わず後ずさる。
ケイゴ「ソフィアに……『急用で今日は来れない』と伝えておいてくれ、頼む!」
言うだけ言うと、ケイゴは廊下の窓から外に飛び出た。
ギャリック「お、おい!」
呼び止めようとしたが、彼は既に寮の敷地外を抜けた後だった。
ギャリック「一体、どうしたってんだ?」
ドアが開けっ放しのケイゴの部屋に足を踏み入れると、封を切った封筒と手紙がテーブルの上に置いてあった。
ギャリック「え〜っと、なになに……」
読み終えた手紙を、ギャリックは元の位置に戻す。
ギャリック「……そういうことか。仕方ねぇなぁ、ちゃんと俺がソフィアちゃんに言い訳してやるよ」
ケイゴは、閑散とした神殿跡地の前に佇んでいた。
ここは見学することができるが、柱などの損傷が激しく、落下事故が多発しているため、人は見られない。
彼の目の前の赤い鎧の女性以外は……
???「来たか……」
ケイゴ「ああ。お前が、ルシア・ライナノールか」
ルシア「……」
目の前の女性は、静かに頷く。
左目が長い赤褐色の髪で隠れているが、恐らく怪我か何かで失ったのだろう。
ケイゴ「軍を抜け出して、わざわざ俺に決闘を申し込みに来たのか?」
ルシア「そうだ。同胞ボランキオの仇を討つため、こうして、お前の前にいる」
ケイゴは、ライナノールが決闘を申し込みに来た理由を解した。
だがそれを口に出すこともなく、彼はライナノールの言葉に耳を傾ける。
ルシア「愛した人の敵を討つのみ!いざ尋常に勝負!」
ケイゴ「了解した……受けて立とう」
お互いの瞳の中を見る。
ライナノールは二本の剣を抜いた。
右手に炎をあしらった鍔と柄の剣、左手に氷のような冷たい刀身の剣。
彼女の二つ名『氷炎』の謂れは、どうやらこの二振りの剣にあるようだ。
ケイゴは日本式古武術特有の構えを執る。
ルシア「行くぞ!」
ケイゴ「掛かって来い」
先制はルシアが取った。
彼女の右からの斬撃を、いつも通りに受け止める。
その瞬間、ケイゴの腕が高熱に包まれた。
ケイゴ「!」
間髪入れずに、ライナノールは左手の剣を振り下ろす。
それを受け止めると、ケイゴの右腕が氷漬けになった。
彼女の攻撃は止まらない。
火傷を負った左腕と、氷で重くなった右腕で、攻撃を受け続けるケイゴ。
ケイゴ「甘い!」
彼女の猛攻の隙間を突いて、彼はライナノールを蹴り飛ばした。
ケイゴ「霊光掌!」
直径1mの気弾で、ケイゴは追撃をする。
一直線にライナノールを追うが、彼女は転身して気弾を斬り捨てた。
目前の視界が晴れると、ケイゴの姿が目前にあった。
彼女の下腹部に膝蹴りを、鳩尾に肘打ちを当て、足を高く上げる。
体勢を崩しかけたライナノールは、剣を交差させて踵落しを受けた。
一瞬、ケイゴの体は無防備になる。
ルシア「二刀氷炎斬!」
左の剣でケイゴを横薙ぎにする。
彼の全身は氷に取り<憑>かれ、身動きができなくなる。
そして、彼女の右の剣が炎をまとい、氷漬けになったケイゴに降り掛かる。
が、ケイゴは気合で氷の檻を粉砕。
メラメラと燃える刀身を紙一重でかわした。
ところで、時間を少し戻す。
スー「それにしても、酷い壊れ方よねぇ……」
男「仕方ないよ。結構、古いんだから」
神殿跡地にスーが男を連れて(?)やってきた。
男は、あまり彼女と同じ年齢に見えるが、恐らく年上だろう。
彼はこういった歴史的価値のあるものに目がなく、実際、大学で考古学の研究をしている。
男「せっかくだし、中にも行ってみようよ」
スー「え?でも、落石事故が多いじゃない。入るのは……」
「止めましょう」と言う言葉、というか忠告を無視して、男は神殿跡地の中へ行ってしまった。
スー(はぁ〜。何で私って、男運がないのかしら……)
そう思いながらも、スーは彼の後を追った。
ここで、鎬を削る激闘が始まることを知らずに……
ルシア「私のこの技を……破っただと!?」
ケイゴ「気の力の本質さえ知れば、容易いことだ」
ケイゴは続けざまに蹴りを放つ。
横一文字、後ろ回し蹴り、回し蹴り、飛び膝蹴り二連続。
ライナノールはそれらを全ていなし除ける。
右の剣、名剣『フレア・バゼラード』に炎を宿し、スピンしながら、ライナノールは跳躍した。
ルシア「龍昇炎!」
飛び膝蹴り後のケイゴは無防備だ。
炎の竜巻がケイゴを焼き尽くす。
が、ケイゴは気を全身に解放することで、火傷のダメージを防いだ。
刀傷も思ったより浅い。
ライナノールは舌打ちする。
両者が地に足を着ける。
ルシア「氷龍裂裁!」
左の剣、『アイス・コフィン』をルシアは地面に突き刺した。
地面が裂け、槍の如く鋭い氷柱がケイゴを襲う。
ケイゴ「破砕掌!」
彼の周りのものが全て吹き飛ぶ。
気の奔流が消えると、そこにケイゴの姿はなかった。
ルシア「どこだ……っ!」
背後に気配を感じると、ライナノールは身を翻した。
ケイゴの黄金に輝く腕が、顔をわずかに掠める。
ケイゴ「さすがだな」
20歳の青年とは思えないダークトーンの声で、彼は言った。
ルシア「私は……お前を斬る、それだけだ!」
ケイゴ「そうだな」
二人は接近し、お互いの持てる技を出し尽くす。
そんな中、神殿跡地から人が二人出てくるのをケイゴは見た。
その内の一人は、自分の行き付けのパン屋の……
ケイゴ「ぐおっ!」
気を取られていると、名剣『フレア・バゼラード』が脇腹を貫いていた。
ルシア「どうした?油断大敵だぞ」
ケイゴ「最もだな」
フッとケイゴは含み笑いをする。
ルシア「奥義、氷炎龍巻破!」
ライナノールが両方の剣を同時に振り下ろすと、青い龍と赤い龍が、螺旋を描きながらケイゴに突っ込んだ。
ケイゴ「くっ!」
紙一重でかわしたものの、二匹の龍は、神殿の天井に激突した。
その真下には、あの二人が居る。
ケイゴは常人では考えられない跳躍力で跳んだ。
ルシア「逃がさん!」
彼女も、ケイゴの後を追う。
何が起こったかわからない。
わかるのは、真上で爆発が起こり、上から大理石が自分に向かって落ちて来ることぐらいだろう。
私の連れて来たあの男は、突然のことに対応できず、情けない悲鳴をあげて騒いでいる。
スー(こんな形で、人生の幕が降りるなんて……結婚もしてないのよ!あ〜あ!私って不幸!)
なんて思いながらも、覚悟を決めたその時だった。
爆発したような音がした。
初めの内は、自分が押し潰されたときの音なんだって思ったけど、それは違った。
どこも痛くなかったし、自分が死んだという感覚がしなかった。
「大丈夫か、スー殿?」って聞き慣れた声がした。
恐る恐る目を開けてみると、ケイゴ君が私に手を差し伸べてくれていた。
脇腹に大怪我を負っているようだったけれど、痛みを顔に滲ませてはいなかった。
ふと、横に目を向けると、私の連れて来た彼は腰を抜かして、顎をガチガチ鳴らしていた。
スー「ケイゴ君……どうしてここに?」
何だか訳のわからない状態で、私は彼に聞いた。
ケイゴ「……すまない。今、あなたに説明している時間はないんだ」
と、彼は振り返る。
その先には、赤い鎧を着た女の人がいた。
彼女は、冷たく研ぎ澄ましたかのような目で、ケイゴ君に迫る。
ケイゴ君も、傷の痛みなんかよそにあの女の人に向かっていった。
はっきり言って、凄かった。
闘いを見るのは初めてだった。
もちろん、闘技場の格闘大会や収穫祭のバーリトゥードゥ大会は何度か観戦したことはあるけど、どちらかが死ぬまで続く、鎬を削る闘いは、見たことがなかった。
ケイゴ君は『阿修羅』とかっていう手甲と、脚絆を武器に、女の人は二本の剣で、闘っている。
私が、呆然とその光景を見ていると、ケイゴ君は、こんなことを言った。
ケイゴ「ライナノール……一つ言う!お前は、仇である俺を殺すためなら、関係のない人間まで巻き込んでもいいのか!?」
ルシア「!」
ライナノールという女の人の動きが、なんか、鈍ったような気がした。
ケイゴ「金剛武神流奥義!桜花八卦掌!」
ケイゴの両腕が光を帯びて、高速で、かつ連続で繰り出される。
その乱撃とも言える攻撃は、ライナノールの剣を弾き、彼女の全身に命中する。
気が付いたときには、彼女は大の字になって地面に寝ていた。
全身に痛みが走るが、何とか起き上がる。
ルシア「貴様の勝ちだ……さぁ、殺せ!」
覚悟を決めて、地べたに座ると、懐に隠していた短刀をケイゴに差し出した。
ケイゴ「……殺しはせん。感情的な衝動で判断力の鈍った相手を倒したところで、俺は満足はしない。時が来たら、再戦だ」
と、ケイゴがその場を去ろうとしたときだった。
???「甘い、甘いぞ、東洋人!」
と、豪奢な鎧に身を包んだジョアンが、何名かのチンピラを連れて現れた。
ジョアン「こいつは僕がつ……」
言い切る前に、ケイゴは彼の顔面に膝蹴りを入れて沈黙させた。
これで、当分の間はソフィアに顔見せできないだろう。
ケイゴ「戦を知らぬ者よ……」
彼の目が鋭い眼光を放つ。
チンピラたちが凍り付いたように動かなくなる。
ケイゴ「決闘を汚すな」
阿修羅の形相で、ケイゴはチンピラたちを瞬殺した。
ライナノールのいた方向に目を向けると、彼女の姿はなかった。
一週間後。
ケイゴはグラフトンパン工房に訪れた。
スー「あ、ケイゴ君。いらっしゃ〜い」
ケイゴ「いつものを頼む」
スー「はい、ちょっと待っててね」
カウンターに、食パン六斤とクロワッサン八つの入った袋が置かれる。
ケイゴが、代金を払おうと財布をGパンのポケットから取り出したが、スーはそれを制した。
ケイゴ「?」
スー「今日はいいわよ。先週私を助けてくれたお礼」
ケイゴ「いいのか?しかし……」
スー「男の子は、女の子の好意を素直に受け取っておくものよ?」
ケイゴ「……わかった。その言葉に甘えさせてもらおう」
スーの言う理屈がイマイチ納得がいかないが、その好意を受け取ることにした。
スー「ねぇ、あのライナノールって女の人、大丈夫かしらね?」
不意に、彼女の口からそんなことが漏れた。
ケイゴ「知らん。だが、どこかで生きているだろう。八騎将の一人だ。そう簡単には死なない筈だ」
それだけを言うと、ケイゴはパンの詰まった袋を片手に、店を後にした。
サウスドルファン駅に向かおうと、南の方角、グラフトンパン工房の正面から左の方向を向くと、見慣れた赤毛色の髪の女の子が居る。
迷わずケイゴは、彼女に声をかけた。
ケイゴ「ソフィア」
ソフィア「ケイゴさん、ギャリックさんから聞きました。いろいろと大変だったそうですね」
ケイゴ「ああ」
怒った様子が見られないことから、ちゃんとギャリックが言伝をしてくれたらしい。
ホッとしたのか、無表情なケイゴの顔が幾分か綻んでいる。
ケイゴ「おかげで、約束は台無しになったがな」
ソフィア「ええ。今回は残念でしたけど……あの、今度、また誘って貰えますか?」
ケイゴの顔を見上げて、ソフィアがはにかんだ顔を向ける。
ケイゴ「ああ。そうだな」
端から見ていて、二人は恋人同士のようである。
彼らの姿を、スーはガラス越しに見ていた。
戦うことしか知らないのではないかと彼女は危惧したが、今の彼の様子を見ると、そうではないらしい。
隣にいる女の子にヤキモチを妬いている自分を否めなかったが、同時にケイゴに年齢相応の一面があるということに安心もしていた。
後書き
どもども、国士無双です。
ケイゴに惚れたけど彼と結ばれない予定(?)の女の子は全員出そろいました。
これ以上出ると、あの大分前に予告したあの話(掲載は先の話)でどのキャラどう動かすか困るので。
次回は、ヤングさんの一周忌のお話でもやろうかと思います。
ファーウェル繋がりで、あの人も出ます。
それでは!