食事までの間、することもないので宿の中をぶらつく。
すると、2階の階段の踊り場に設置されたミニテーブルで、ソフィアがひとりトランプに興じているのに気がついた。
ここの宿はひとけがない。ソフィアも緊張を解いているようだ。
階段の上に立つ俺に気づいたらしい。ソフィアは屈託のない笑みを浮かべる。
「お食事ですか?まだかかるみたいですよ」
「釜でも故障したのか」
「いえ、お鍋が割れたそうです」
「…そうか」
やはり町で、もっとましな宿を取るべきだったか。
だが、ソフィアののんびりした姿を見ると、これでよかったような気もする。あまり立派な宿では気後れするようなのだ。
どんな宿でもふたりとも文句は言わなかったが、年端もいかない少女たちを雑魚寝や相部屋の宿に泊まらせる訳にもいかず、毎回の宿探しには正直苦労していた。この宿は個室制だが木造で、あまり管理が行き届いているとは言えない。それでも、道中の宿にしては、随分とましな部類に入る。
「トランプ占いか?」
ペンタグラムを真似て並べられたトランプの形には見覚えがある。ソフィアは不思議そうに目をしばたたかせて頷いた。
「よく知ってますね」
「妹が好きでな」
自分は占いなど信じない主義だったが、仲間との付き合いは大切だからと考え直し、向かい側の席に腰かけた。
「…でも、なぜかいっつも、「今週はラッキー♪」なんだ。あいつが占うと」
ソフィアが吹き出す。手にしたカードがちらりと見えた。
スペードのAだ。
「……?」
「いえ、ごめんなさい。いい妹さんだなと思って」
「やっぱり嘘か」
「嘘でもいいんですよ。ラッキーだって言われたら嬉しいし、いいことが起こりそうな気がする。それって素敵なことだと思います」
まっすぐで柔らかな笑顔。ソフィアの目にはきっと、俺の目には映らない何かが見えているのだろう。美しい何かが。
「まあな…このトランプ、口紅と一緒に買ったのか?」
ソフィアの動きが止まる。おずおずと、上目づかいに
「あの…わかります?」
「あ?ああ。…ライズがさっきしてたから」
「ライズさんが赤で、私がピンクなんです」
「ソフィアはピンクの方が似合いそうだな」
「似合いそうだな、って…」
ソフィアは不服そうに口をきゅっと結ぶ。そのくちびるが、こころなしかいつもよりふっくらしているような…。
え?
(しまった…)
俺は頭を押さえた。迂闊だった。
しかし…ピンクなんて判るか普通?だいたい、ソフィアのくちびるは地がピンクだぞ?ピンクにピンクぬってどうすんだ?
彼女は珍しく不機嫌そうに下を向いて、押し殺した声でつぶやく。
「…気づいてなかったんですね…」
やばい。雲行きが怪しい。
「す、すまん。よく見てなかったんだ…」
そうですか、と今度は寂しげに言葉を紡いでうつむく。手のひらがテーブルの下に下がった。
(誰か助けてくれ…)
思わず祈っていると、階段の上から人の気配がした。
ライズが無表情でこちらを見ている。ほっと息をつき、口を開きかける。
(もう落としたのか、口紅…)
口紅だけではない。服装も地味な軍服に着替えてしまっている。それはそれで似合っていておかしい。
任務に忠実なのはよいことだ…。
(…きれいだったのに)
頭に浮かんだ考えを振り払う。まったく、なにを浮かれているのだ、自分は───
「マクラウド…」
ライズの声に我に返る。いつも通りの硬い表情に、さっきの面影はない。
「痴話喧嘩なら、よそでやったほうがいいわ」
「…あのなあ」
全身から力が抜けてテーブルに突っ伏した。
後書き
ほのぼのした話はここまでです。
「いつになったら話が進むんだ!」とつっこまれる前に、物語は一気にシリアス方面へ。
次回は「第8章 それぞれの愛の形」です。