東洋人傭兵の独り言〜逃避行編〜

著:チョロQ


ここはドルファン王国の北に位置する城塞都市ダナン。

先の戦争で激戦地となったこの地にも、復興の兆しが見え始めていた。

ドルファン首都城塞から、人目を避けながら街道を進んで二週間かかった。

人の出入りが激しいこの街なら隠れるにはちょうどいいと思ってやってきた。

それにしても、こんな犯罪者みたいな生活をしなくちゃならないとは情けない。

 

何故、俺がこんなことになったのか、少し説明しなければなるまい。

戦争はドルファン王国の勝利で終結し、それに大きく貢献した傭兵達は、それぞれの活躍に応じた恩賞を期待していた。

だが、待っていたのは『外国人排斥法』という、傭兵の厄介払いだった。

命をかけて最前線で戦った俺たちに残ったのは、わずかな支度金と国外へ行く船の乗船券だった。

忘れもしない叙勲式の日。

─―戦争でそれなりの戦果を上げていても、例え騎士叙勲を受けられたとしても、『外国人排斥法』ですぐに剥奪されてしまう―─

そんなものに興味などさらさらない。

出るか出ないかを宿舎でうだうだと考えていた時、ピコから驚くべきことを聞かされた。

―ソフィアの結婚式が、今日、行われる―

今、冷静になって考えてみればどうして自分がこんな事をしたかわからない。

教会から、花嫁を強奪…もとい、連れ出してしまったのか。

そして追っ手から逃れるために、とりあえず、ダナンを目指すことにしたのだった。

俺は、傭兵を始めてからずっと一人だった。 友人はほとんどなく、生活はいつも困窮していた。

戦場に出れば迫くる死のプレッシャーと恐怖を堪えた。

多くの戦友を失い、いつ終わるかもわからない死と隣り合わせの毎日。そして、やりきれない孤独に耐えた。

前線から生きてもどると、わずかに支払われる給金受け取り、また前線に帰る。

戦争が終われば、また、新たな戦地へと赴く。

それでも俺が傭兵を続けたのは『自分が納得できる理由』があったからだ。

それは、自分にしかわからないことだから、説明できるものではない。

だが、ドルファンにきてから、『理由』は以前とは変わったものになっていた。

―それは『彼女がいたから』なのだろうか―

俺は、色恋沙汰には程遠い所にいると思ってきた。

盛り場にいけば、金を出せば一夜を供にすることだって出来たが、俺には興味がなかった。

『恋愛なんて軟弱野郎がするものだ!』と俺もそう思っていた。

だから、一ヶ月程前にとある男と決闘をした時のこと。

『君が愛しているのはボクじゃない!この東洋人だ!!一体、ボクのどこがこいつに劣るというんだ!!!』と、言われたが、正直言って、自覚というものを余りしていなかった。

決着がついた後、彼女が本心をわずかに吐露した時、俺はどうすればいいかわからなかった。

俺は彼女に、あるときは友人として、人生の先輩として接してきたつもりだった。 時には『らしくない』ことを言ったりもしたが…。

そこまで彼女に想われていたなんて、想像もしていなかった。

そして、俺は叙勲式をすっぽかして教会にやって来ていた。

誓いの言葉を言わない彼女は、沈黙をもって訴えかけているようだった。

『私は、ここにいることを望んではいない!』と。

その時、俺の脳裏に彼女と過ごした時間が蘇った。

─―このままにしていいのか?──

そんな声が聞こえたような気がした。

気が付いたら教会のドアを開け放っていた。そして、彼女の名前を呼んでいた。

彼女は、呪縛が解けたように俺のもとに駆け寄ってきた。

あとは、無我夢中だった。 劇場に隠れた後、宿舎に置いてきた荷物や彼女に必要な道具(ウエディングドレスで逃げてきたから)を苦労の末にかき集めて、首都城塞から逃げ出した。

傭兵として培ってきた経験が、こんなところで役に立つとは思いもよらなかったが…。

「どうかしたんですか?さっきから何か考え事をしていたみたいですが…」

彼女は心配そうに俺を見ている。

「いや、やっと落ち着けたから、少し気が緩んだだけだよ」

「そうですね。野宿ばかりでしたからね」

今、俺たちはダナンにある傭兵時代に世話になった宿の一室にいた。

痕跡を隠すために、いくつかの宿場をやり過ごし、夜は野宿をしながら街道を進んできたので、ベッドで寝るのは本当に久しぶりだった。

荷解きをしているとドア越しに、宿の親父が食事の用意ができたことを伝えてきた。

 

──その夜──

暖かい食事に、久しぶりに湯浴みもでき、気分よく俺は早々にベッドにもぐり込んでいた。

緊張の連続だったので、こうしてじっくり休養が取れるときは、しっかり疲労をとっておきたかった。

ウトウトとしてきた時、俺より先に床についていた彼女が話し掛けてきた。

「まだ、おきていますか?」

「ああ、どうした?」

「どうしても、聞きたいことがあって」

彼女は、一呼吸おくと

「…後悔していませんか?私とこうなった事…」

「何でそんなことを?」

「私は、ただ貴方の足手まといになっているんじゃないかって。私の我侭で貴方に重荷をかけているだけじゃないかって…」

最近、元気がないと思っていたが、そんな事を考えていたのか。

「そんなこと、ないよ」

彼女は沈黙したままだ。

「誰かに頼ってもらうのは悪い気なんてしないし、それに、それが大切な人なら、なおさら嬉しいものだよ」

また少し、沈黙があって、

「…ありがとう」

彼女の声が聞こえた。

「あの…そっちに行ってもいいですか?」

「へ?」

「何だか、寒くて…」

いいよ、と答えたがなんとなく、くすぐったい。二人で寝るには少し窮屈だったが。

「野宿してるときみたいですね」

暦の上では季節は春だが、朝晩はまだまだ冷え込む。

野宿をしているときは二人で身を寄せ合って寝ることで、体温の低下を防いでいたのだが…。

俺だって健全な男だ。年頃の女性と同じベッドに寝ていて平然としていられるほど鈍感でもない。悶々と自分の中で理性と本能の綱引きをしているうちに、彼女はいつしか眠ってしまっていた。

彼女もよっぽど疲れていたに違いないのだろう。あらためて、彼女の体を抱き寄せてみる。とても華奢な体で、簡単に壊れてしまいそうだった。

これからどうなるか、俺にはわからない。明日、どうなるかも想像できない。

だが、彼女と一緒にいれば、なんとかなるんじゃないかと思う。

いつから、自分はこんな風になったのだろうか。

一昔前の自分が今の自分をみたら、なんと言うだろうか?

ただ、これだけはいえるのではないだろうか。

これから、俺は傭兵をやめて彼女と供にどこかで平和に暮らしているのだろう。

まぁ、その前に転職しなくてはいけないが…。

「ふぁ、もう寝るか…」

彼女の甘い香りに包まれながら、俺は眠りについた。

彼女──ソフィア・ロベリンゲ──を抱きしめたまま、俺は眠りに落ちた。

俺たちの将来を、明日を信じて…。

 

Fin


後書きにかえて
 
 

はじめて、ショートストーリーなるものを書いてみました。

まだまだ未熟なところが多いと思いますが、感想みたいなものを聞かせてもらえればいいなあ、なんて思っています。

ちなみに、このストーリーはソフィアと結ばれたらこんな風になるんじゃないかな、という私の妄想爆発モードのものがベースです。

もしも、スーと結ばれていたら、一体どんなものになるのでしょうか、ねぇ?

 

それでは。


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