俺の行動を征するように看護婦が声をかけ、俺の両肩に優しく手を置いた。
彼女の言う事に大人しく従い、再びベッドに横たわる。
俺の目に、殺風景な天井が再度映し出される。
その天井を見ながら、身体を動かせない不自由さを、改めて再認識させられた。
虚しさと悔しさが入り交じった、妙な感情に包まれ始めたその矢先、
俺の事を優しく見守っていた彼女が、思いだしたように口を開いた。
「そう言えば、アスタさんが目を覚ました時に叫んだ、『ソフィア』さんって、どなたですか?」
「……!?」
俺は正直驚いた。さっき見ていたビジョンを、彼女の一言によって肯定されたからだ。
やはり、俺は死にかけていた?
確かに目尻には涙が浮かんでいた。さっきの幻覚の中で流した物に違いないだろう。
しかし、自分が死にかけたと言う事実など、認めたくないに決まっている。
まして、愛した女性に、冷たい言葉を浴びせかけられた事など…。
だが俺は、彼女の言う通り、ソフィアの名前を絶叫して、次の瞬間には目を覚ました。
やはり、さっき見ていたビジョンは、真実…
俺の頭の中に、重苦しい暗雲がたれ込み始めた。そんな俺に構わず、彼女は言葉を続けてきた。
「ソフィアさんて、アスタさんの恋人…ですか?」
遠慮気味に聞いてくる。まだ悩み苦しんでいた俺は、その一言に対し、少なからず怒りを覚えた。
多少は冷静さを取り戻した俺は、彼女の方に視線を向け、口を開いた。
「最近の看護婦は、他人のプライベ−トにまで首を突っ込むのか?」
「いっ、いえ…。そう言う訳では…」
想像していなかったであろう俺の発言に、彼女は慌てて取り繕う。しかし、俺は言葉を続けた。
「それが診療方針なら、協力もやむを得ないが、単なる好奇心なら迷惑だ!」
「……すいません…」
申し訳なさそうに謝罪する。彼女の顔に、哀しみの色が浮かび始める。
俺の中に、彼女を泣かせようとする気は毛頭ない。
それより、泣きたいのは俺の方だ!ソフィアに『オヤヂ』って言われたんだぞ!
俺の繊細なガラスのハートは粉々に砕け散ったわい!
黙り込む彼女。苦悩する俺。嫌な沈黙が、病室を包み始める。
その沈黙を破るように、俺は静かに口を開いた。
「俺の事なら、もうほっといてくれないか。一人になりたいんだ…」
そう言って、彼女から目を背ける。俯きながら黙り込んでいた彼女が、途端に顔を上げた。
「ですけど…」
躊躇しながら口を開く。患者の要望と言えど、一度は死にかけた人間を、
そのまま病室に残していくのに抵抗を感じているのだろう。一向に、立ち去ろうという気配を見せない。
「目障りだ!失せろっ!」
声を荒げて言い放った。流石に癪に障ったらしく、彼女は表情を険しくして、無言で病室を出ていった。
彼女のスリッパの音が遠ざかる頃、病室内は再び静寂に包まれた。
天井を見つめ続けるのも飽きてきたので、自由の利かない身体を無理矢理横にして、
窓から見える景色に見入る事にした。
眠りに就くと、さっきのビジョンがまた、目に浮かびそうだったからだ。
それから数十分後。
結局俺は、再び深い眠りの世界へと誘(いざな)われた…
続く……