Knight of Sue

著:シンジ


……ドルファン暦29年、3月2日。

 

ヴァルファバラハリアンとの決着も目前と迫っている今。

ダナンより敵軍団長を拘束したとの急報が入る。

首領を失った敵軍団を掃討する目的で、ドルファンの騎士団は手柄を求めてダナンに派兵。

……しかし、それは罠であった。

 

手薄になった首都城砦に向けて、ヴォルフガリオ率いる特攻部隊が猛進してきた。

それに対し、すぐさまドルファン内に控えている親衛隊と傭兵部隊が交戦を開始。

5度目の対決『首都城砦戦』が繰り広げられる。

 

「ゆけえぇーーーーっ、進めぇぇーーーーっ!!」

「ここを突破されれば我々は終わりだ、何としても守りきるんだ!!」

 

どちらも敗北すれば雌雄が決する戦い。

今までにも無く、激しい戦闘となっている。

 

『うおおおおぉぉぉぉ……っ!!』

『がああああぁぁぁぁーーっ!!』

 

響き渡る断末魔、肉を裂く音、迸る鮮血。

のほほんと生きているドルファン人には想像も出来ない光景が広がっている。

そんな中に、ドルファンの未来を背負った一人の東洋人の姿があった。


=みつめてナイト外伝=

Knight of Sue


=首都城砦前=

 

「みんな、頑張ってくれ……」

 

ジン・トウヨウ……傭兵部隊を統率する、若干22歳の若者。

若いながら統率力があり、ヴァルファバラハリアンの将軍達も数人討ち取っているという秀才である。

ジンは前方で行われている仲間達の戦いの様子を見ながら難しい顔をしている。

そんな彼に、数人の側近が早口で話し掛けてくる。

 

「隊長! 我が軍は押されています、このままでは……」

「奴ら、一丁前に鋼の鎧なんか着やがって……安月給の俺達じゃ武装の差も目に見えてますぜ!」

「親衛隊も完璧に俺達を盾にしてます、ふざけやがって……」

「もうこんな奴らや貴族達なんてどうでも良いっスよ! 俺達は撤退した方が……」

 

……どうやら、防衛側がかなり押されているようだ。

完璧な不意打ちであったので、士気も上がっておらず武装も曖昧だからだ。

ジンは彼らの言葉を黙って聞いていたが、最後の部下が喋った途端、かっと目を見開いた。

 

「馬鹿野郎! そんな事が出来るものかっ!」

「で、でも……死んじまったら元も子もないじゃないすか……」

「そうだな隊長、俺だって死ぬのは御免だぜ」

「あぁ、確かに俺だって死にたくない……けど俺達が逃げればドルファンの市民はどうなるんだ!?」

「……!?」

「貴族達なんて見捨てたいのは俺も同じさ、奴らの為に戦ってるなんて思うと腹が立ってくる……けど、みんなも三年間町の人には色々と助けられただろう?」

「……はい」

「まぁ、確かにな」

「だから、俺は守る者だけの為に戦う! そして、この剣に誓って負けない!」

 

ジンは、腰におさめていた一本の剣を取り出した。

それは、今は亡きヤング・マジョラムから受け継いだ剣である。

 

「それは!?」

「ヤング大尉の……」

「ヤング隊長……そうだったよな、今までも生きてこれたんだ、今回だって巧くいくさ!」

 

ヤングには、ジンを含め多くの傭兵達がお世話になっていた。

そんなヤングの剣の輝きを見て、ジンの部下達の士気が上がったようだった。

彼らの目に、光が宿る。

 

「しっかし、正直戦況は辛いぜ? 勝つといってもどうやって……」

「攻めようと思っても工兵の妨害が痛いですね、奴等をどうにかしないと」

「でも、工兵の前にはヴァルファバラハリアンの精鋭がいるんだよな」

「クソッ、どうすんだよ隊長さん?」

 

だが、士気が上がったとしても不利である事は変わりない。

敵部隊の方を凝視しながら、難しい顔をする部下たち。

一方ジンは、真剣な表情をして考えていたと思うと口を開いた。

  

「……こうなったら一気に決着をつけよう、フィドル!」

「うっす!」

「城壁の上に部隊を手当たり次第集めておくんだ! 次にエリィド!」

「はいっ!」

「前線に突撃させる部隊を集めてくれ、先発隊が全滅してしまうっ、即効だ! 歩兵は俺が集めておく!」

『了解!』

  

彼は大声で指示を仰いだ。

こういう時のジンの作戦は幾度となく成功している為、二人の部隊長はすぐに行動を開始する。

……普段はいい加減だがやる時はやる男、弓隊長のフィドル。

……騎士を夢見てドルファンへやってきた傭兵、騎馬隊長エリィド。

ジンと三年あまり共に戦ってきた戦友である。

 

「……よし」

 

そして、仕切りに大声を出して兵を動かす二人を見届けると、くるりとジンは後ろに振り返った。

直後……二、三歩ゆっくり歩むと嘆く。

 

「……正直、今回ばかりは死ぬかもしれないな……」

 

誰にも聞き取れないくらいの小声で、ジンは俯きながら言った。

軍団長である為、こんな弱気な発言を聞かれるわにはいかないからだ。

だが、そんな事をいってもジンだって怖いものは怖く、未だに足の震えが止まらない。

 

……実を言うと彼は以前はここまでの男ではなかった。

ジンがここまで生き抜いてこれたのも、一人の女性を思ってが為なのだ。

俯かせていた顔を上げると、ジンは再び嘆く。

 

「……見守ってってください、スーさん」

 

 

 

 

同時刻。

 

 

 

 

=ドルファン地区=

 

ドルファン地区の中央に位置するドルファン城。

南西のサウスドルファン駅。

その周囲の病院、ダンスホール、酒場……キャラウェイ通り。

普段は人々で賑わうのだが、今は人影は無し。

住民達は万が一のヴァルファバラハリアン兵の侵攻に備えて自宅に閉じこもっている。

 

……そんなキャラウェイ通りの一角。

一つの人影が、玄関を開いてひょっこりと現れた。

それは……どうやら女性のようである。

 

「……静かだわ」

 

辺りをゆっくりと見渡し、一言漏らしたこの女性の名はスー・グラフトン。

先ほどジンが漏らした名前と同一人物である。

彼女は一歩、また一歩と進むと、静か目を閉じた。

 

「でも……聞こえる……」

 

この一瞬、スーは周囲の静けさへと溶け込む。

すると……黙って耳を澄ますと、確かに聞こえて来るのだ。

微かに、僅かだが激しい戦いの声と音が。

それを認識すると、スーはゆっくりと目を開いた。

 

「……ジンくん、大丈夫かな……」

 

そこで次に出てきたのは彼女の待ち人、ジンの名前。

彼がすぐ近くで戦っていると思うと、無意識のうちにスーは足が外に出てしまった。

そのまま、フラフラとスーは歩みをレッドゲート方面に動かそうとするが……

 

「ちょっと、スー! 貴女どうして外に出ているの!?」

「あっ、お母さん……」

「いつ敵がここに入って来るかわからないのよっ、危ないじゃないっ!」

「………」

 

突然母親が二階の窓から叫んで来て、スーは慌てて振り返る。

言い方にしてスーに「家に戻れ」と催促しているようだが、彼女の足は動かない。

何故なら……スーはジンの事が心配でたまらないのだ。

 

以前のスーならジンが戦争に行こうと、死んでしまおうと気にもしなかっただろう。

初めのうちは冴えない年下という事であったジン。

しかし、今は違う。

デートを重ね、努力を見守る事によっていつの間にかスーにとってジンは大きな存在となってしまったのだ。

それは、『年下の男は駄目』と思い込んでいた自分が情けなくなってしまう程。

正直に言うと、スーは前からドルファンとヴァルファバラハリアンとの決着が着き、ジンの仕事に区切りがついたら結婚のプロポーズをしようと決めている。

デート中にさり気なく聞いてみたところ、ジンは「戦いが終わったら剣を捨てるのも良い」というような事を言っていたのだ。

……ジンはスーに相応しい男になるため、学術にも精を出していたのが影響かもしれない。

 

とにかく、『幽鬼のミーヒルビス』との一騎打ちで負傷して帰ってきたジンを見ただけでも胸が張り裂けそうだった彼女。

今回の戦争では更に不安が募っているのは当然の事である。

 

「スーッ、早く家に入るのよっ、いいわね!?」

「……うん、もう少ししたら……戻るから」

「まったくもう……」(バタンッ!)

 

……と、再び母親の声が響き渡る。

それにスーは一言だけ返すと、視線をまたレッドゲートの方向へと移すのだった。

 

レッドゲート……

 

…………

 

『この国は勝てるわよね? 負けないわよね?』

『自分がいるから大丈夫だよ。』

『そ、そうよね……あなたがいれば大丈夫よね!』

『あぁ、命をかけてもドルファンを守って見せるさ。』

 

…………

 

「ジンくん……ドルファンが負けたって構わない……けど……」

 

今のスーにとっては……

 

「貴方だけは……死なないで……」

 

ドルファンではなく、ジンの事だけが全てである。

だが辺りの沈黙は何も応える事は無く、微かな戦いの聞こえがするだけだった。

 

 

 

 

……空は曇り、暗黒に染まっている。

 

 

 

 

「こっちは準備OKだぜ!」

「我々も大丈夫ですっ!」

「……よし、これから突撃をかけて押し込むぞ!」

『おぉっ!!』

 

ジンが兵達の中心で大声を出し、兵も負けずと応える。

ここで、ジンが考えた作戦の最終確認をする。

 

「弓兵いいかっ、合図と同時に城壁から矢の雨を降らせろ! 遠方に撃って工兵の足止めをするんだ! あくまで動きを止められれば、それで良い!!」

「よっしゃ、任せておきなっ!」

「そして騎馬隊っ、正面から突っ込んで押し込んでしまえ! 敵軍を混乱させるんだ、工兵は弓隊が抑えてくれる筈っ!」

「やってみますっ!」

「最後に俺達歩兵が分散した敵戦力を一気に削る、好きなだけ暴れるんだ! 以上、弓・騎馬・足軽の波状攻撃を開始する!!」

『おぉーーーーっ!!!!』

「おい、エリィド! これが最後だ、派手に行こうぜっ!」

「無論だっ、フィドル! 最初はお前の働きに掛かっているのだぞ!」

「二人とも、すまないが頼む!」

「水臭いぜっ、隊長サンも期待してるぜ!」

「ここで果てようが悔いは無しっ、吉報を期待ください!」

 

作戦とは、一番厄介な工兵を足止めし、一気に決着をつける戦略のようだ。

ジンの軍が数では有利な為、最善の策と言える。

またもや兵の士気は上がり、フィドルとエリィドは軽く言葉を交すと二手に分かれていった。

数十秒後、ジンは部隊の編成が終わったのを確認するとこれまでとない真面目な表情となって大きく息を吸い込んだ。

……そして叫ぶ!!

 

「きっと、勝つ! 全軍、突撃っ!!」

 

『いけぇっ、撃て! 撃ちまくれぇっ!!』

ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンッ!!

『うおおおおぉぉぉぉっ!!!!』

ズドドドドドドドドドドッ!!!!

 

 

ジンの合図と共に激しい攻撃が開始され、矢の音と馬の地響きが木霊する。

……今、ドルファンとヴァルファバラハリアンとの戦いは架橋に入ろうとしていた。

 

 

 

 

「……あれ?」

 

ドドドドドド……

 

一方スーは未だに外に出ている中、戦争の状況の変化に気付く。

……そう、たった今ドルファン側の突撃が開始された所だ。

その激しい振動は、耳を澄まさずとも聞こえてきてしまう。

 

「これが戦争……なのね」

 

レッドゲートの向こう側で、ジンが戦っているという現実を彼女は思い知らされる。

しかし、ジンは普段温厚なので死と隣り合わせで戦っている場面はスーは想像がつかない。

想像できても、精々収穫祭でも剣術大会程度だ。

それに、今彼女ができる事はジンの無事を祈る事だけだ。

 

そんな時……

 

「えっ……雨?」

 

スーの不安をさらに覆うように、ポツポツと雨が降ってきた。

反応してスーは、自分のパン屋の玄関へ戻り雨から逃れた。

……そして、空を見つめる。

 

「………」

ガチャッ!

「スー、雨が降ってきたわよ……気持ちはわかるけど、そろそろ家に入りなさい」

「……うん」

 

すると、またもや母親が今度は玄関から顔を出した。

スーは母親の言葉に対し、渋々家へと戻ろうとする。

そんな普段とは違って明るさが消えているスーに、母親は優しく語りかけた。

 

「よっぽどジンさんの事が……心配なのね」

「うん、もしジンくんが帰ってこなかったら……私……」

「何を言っているの、ジンさんなら大丈夫に決まっているわ! あの人には何が何でもスーを貰って頂かないと駄目なんだから!」

「もうっ、お母さんったら……」

「ふふ、本当の事を言ったまでよ、貴女も決めているんでしょ?」

「そ、そうだけど……」

 

ジンは暇な日はほぼ毎日パン屋のアルバイトに来ており、パンを焼く腕はスー以上である。

よって、スーの両親も一目置いている。

今までスーは年上の上級家庭の男としか付き合っていなかったので、傭兵であるジンの存在が斬新であった為でもある。

勿論スーとしてもジンと一緒になりたいと思っているので、顔を紅くしながら俯くのだった。

……なにせ、夏至祭で三年連続ジンの顔が出たのだから本気にならないわけが無い。

 

「とにかく、やっとスーも結婚してくれるのね」

「えぇ、絶対するわ、結婚……でもその前に……」

「わかってるわ、ジンさんの無事を祈りましょう」

「……ジンくん……」

 

ザザァァーーーー…………

 

 

 

 

……雨は一層、激しくなってきた。

 

 

 

 

降雨の中でのドルファン軍の全軍突撃。

ヴァルファバラハリアンは予想通り混乱状態に陥っていた。

相手の突破力もあり、豪雨のなので鋼の鎧では身動きが取り辛い。

逆に傭兵達は身軽なので、確実にヴァルファバラハリアンの戦力を削っている。

そんな激しい乱戦の中、剣を片手にジンは中央まで進むと、馬を自在に操りながら槍を振り回しているエリィドと合流した。

 

「エリィドッ、状況はどうだ!?」

「圧倒的に有利ですっ、このまま行けば大丈夫でしょう!」

「よしっ、後は敵将を討ち取れば終わりだ!」

「はいっ、もうすぐ近くの筈です! ここは一気に……」

 

「その必要はないっ……」

 

当然話しながらでも動きを休める事は無い二人。

その時、二人の前から大きな影が近付いてきた。

 

「お、お前は!?」

「破滅のヴォルフガリオ!」

「やっぱりダナンでの情報は嘘だったか」

「クッ、なんて威圧感なんだ……」

 

「たがが傭兵がここまでやるとはな、もはや我が天運も尽きたか……」

 

……ガシャンッ!

 

「ひ……っ!」

「うわあッ!」

「ふんっ!」

ブシュゥッ!!

「ぎゃあああぁぁぁ……っ!!」

 

その影とは、ヴァルファバラハリアン軍団長『破滅のヴォルフガリオ』だった。

彼は目の前の敵を巨体から発せられる一刀で蹴散らすと、大きな声を張り上げた。

 

「……我が名は破滅のヴォルフガリオッ、この首を獲らんと思うものは我が前へ出よ!!」

 

この言葉に、周りの兵士全員が動きを止めた。

……視線は、全てヴォルフガリオに向けられる。

しかし、ジンは圧倒される部下とは逆に前へと進んだ。

そんな彼を側にいたエリィドが止めようとする。

 

「た、隊長危険です! 奴の実力はミーヒルビス以上ッ、前は何とか勝たれましたが今度は……!!」

「いや、ここで俺が勝てれば全てが終わる……手は出すなよ」

「……はい、もしもの時は私も続きます」

 

一騎討ちなどしなくても勝利は確実なのだが、ジンの真剣な顔を見ると止めるには至らなかった。

ジンはエリィドに軽く微笑むと前に出て、ヴォルフガリオに向かって剣を構えた。

 

「俺の名はジン・トウヨウ! いざ尋常に勝負ッ!」

 

 

 

 

数分経過。

 

 

 

 

戦いは、周りの者達が一言も喋る事が出来ないほど激しいものであった。

 

「ぬうんっ!!」

「ぐっ……!!」

 

ゴォッ……ガキィンッ!!

 

「ほう、私の太刀を幾度となく止めるとは驚いた……」

「でぇぇいっ!!」

「だがっ!!」

 

ヒュッ……キィンッ!!

 

「……くっ!」

「どうした、この程度では私を倒す事など叶わぬッ!」

 

ジンとヴォルフガリオの一騎討ちは持久戦であった。

戦いはヴォルフガリオが有利。

ジンは幾度となく敵の攻撃を受け止め確実に反撃するが、全て鎧や剣に弾かれていて擦り傷だらけだ。

だが、ヴォルフガリオにも疲労が見えておりそろそろ動きを見せた。

 

「(くそっ、こんなに硬いとは予想外だ……ボランキオみたいにはいかないか……)」

「我を前にしても動じないだけあって中々の腕だな……だが、そろそろ終わらせて貰おうっ!!」

「な、なにっ!?」

「……おおぉぉぉっ!!!!」

 

ヴォルフガリオの剣に白い輝きが現れ、ジンは警戒して一歩距離を取る。

直後、一気に距離を縮めると、光のような速さで上段から剣を振り降ろしてきた。

ジンはすかさず防御体制を取る。

 

バキイイィィン……ッ!!

「ぐあぁぁっ!!」

 

ミシミシとジンの腕から骨の軋みが聞こえる。

ヤングの剣でなかったら粉砕されていただろう。

何とかヴォルフガリオの一太刀を防御したのだが、それだけでは終わらない。

 

「……滅せよっ!!」

 

まだヴォルフガリオの剣の輝きは消えておらず、ジンのガードを弾くと今度は真横に剣を放った!

 

ズシュゥッ!!

「ぐはっ!!」

「た、隊長ぉ!?」

 

エリィドが思わず叫ぶ。

ヴォルフガリオの剣がジンの腹部に命中したのである。

鎧の腹部は破壊され血が舞い、風圧によって吹っ飛ぶジン。

 

「……ふっ、惜しい事をしたものよ」

「貴様ぁ! よくも!!」

 

……この時、誰もがジンの敗北を意識した。

 

だが……

 

「(……この時を待っていたっ!)」

 

ヴォルフガリオの油断をジンは見逃さなかった。

見た目は大ダメージだが、ジンは相手の一撃の被害をバックステップで最小限に留めていた。

確かに気絶しそうな一撃だったが何とかこらえ、ジンは飛ばされながら一回転すると……

 

スタッ……ヒュンッ!!

 

「……必殺っ、舞・桜・斬!!」

「な、何ぃッ!?」

 

着地の反動を利用して一気にヴォルフガリオの懐に飛び込み、必殺剣を放った。

ミーヒルビスとの戦い後、極秘で訓練して生み出した東洋の技である。

エリィドの心配をよそに、確実にジンの剣術は上昇していたのだ。

 

 

 

 

ジンの技と共に、大きな雷が鳴った。

 

 

 

 

「み、見事……だ……」

……ガシャン……!

 

その技の乱舞が終わった後ヴォルフガリオは地に崩れ、ジンが立っていた。

……ジンの戦いは、これで終わったのだ。

 

「やったぜ隊長っ、勝っちまった!」

「皆の者、勝利だっ、勝鬨をあげろ!!」

 

『わああああぁぁぁぁっ!!!!』

 

一騎討ちを見ていたフィドルとエリィドは、ジンの側に寄ると勝利を叫んだ。

ヴァルファバラハリアン兵は、降伏する者と退却する者で別れていった。

そんな中、ジンは信じられない顔をしている。

 

「や、やったのか……」

「おいおいなんでボーっとしてんだよっ、十字勲章モンだぜ!」

「そうです、騎士昇格間違い無しですよ!」

「……そうだな……これで、彼女も……」

ガクッ!

「げっ、隊長!」

「傷は浅いが疲れが溜まられたんだろう、フィドルはそっちを持ってくれ!」

「よし、わかった」

「す、すまない……」

 

 

……こうして、ヴォルフガリオの死により、ヴァルファバラハリアンとドルファンとの戦争は、ドルファン側の勝利で幕を閉じた。

翌日すぐ雨は止み、全市民に号外が配られ、人々は喜びを味わう事となった。

 

 

 

 

この情報は無論……スーの元にも届いた。

 

 

 

 

=シーエアー地区・兵舎=

 

ジンはフィドルとエリィドに自分の兵舎まで送ってもらうと、そのまま翌日まで寝た。

本当は病院へ行くのも良かったのだが、ジンよりさらに負傷した兵が多かったので自宅休養を選んだのだ。

まぁ、選択はこれで正しかったのかもしれない。

 

「はいっ、これでお終い!」

バシンッ!

「い、いてえぇぇぇ〜〜〜〜っ!!」

「もうっ、男の子なんだからこの位我慢しなさいっ」

「あいたたた……だからって背中を叩く必要ないでしょうがぁ……」

 

ジンの私室から、痛々しい声が聞こえて来る。

彼は今、スーに傷の治療をして貰っている真っ最中だ。

スーはジンが生きていると知って、居ても立ってもいられずに兵舎へと押し寄せてきた。

ジンも嬉しく思い、ここまでは良いのだが、スーの治療法方は結構いい加減のようである。

最後は背中を叩かれてジンは、涙を滲ませる始末だ。

そんなジンに、スーは悪戯っぽい笑みを浮かべて言う。

 

「フフ、私を心配させた罰なんだから」

「そんなぁ……これでも結構頑張ったんですよ」

「そうなの?」

「これで今度の叙勲式に出れば……纏まった資金が入るかな」

「叙勲式……そう言えば、ヴァルファバラハリアンと決着がついたからもう少しで行われるって聞いたけど……」

「はぁ、待ち遠しいなぁ〜」

「………」

「………」

 

一旦会話が途切れ、しばしの沈黙が訪れる。

実を言うと、スーの内心は非常にドキドキとしていて、先ほどの行動は照れ隠しとも言える。

……と、スーはジンを上目遣いで見上げると口を開いた。

 

「……ねぇ、ジンくん」

「えっ?」

「もし……お金がたくさん入ったら……(婚約)指輪とか、買える?」

「あぁ、それ位なら余裕かなぁ」

「じゃあ、(一緒に)週末にはレストランとか何回も行けたりする?」

「まぁ……暫くは大丈夫だと思います」

「だ、だったら……(一緒に住む)庭付きの新居とかなんかも買えちゃう?」

「う〜ん、何とかなると思います」

「そ、そうなんだ……」←目を泳がせる

「ははっ、心配しなくてもちゃんとプレゼントしますって」

「(ドキッ!)ななな、なに言ってんのよ……それじゃ私、玉の輿が狙いの女みたいじゃない……」

「そ、そう言う訳で言ったんじゃないんですけど……」

「もうっ、年下のクセにぃっ!」

バシンッ!

「ぎえぇぇぇっ!!」

 

自ら墓穴を掘ってしまったようだが、またもやスーは照れ隠しにジンの背中を強打。

良くなりかけた雰囲気がまた元に戻ってしまうのであった。

 

 

 

 

数時間後。

 

 

 

 

=波止場=

 

海が黄昏色に染まる夕暮れ時。

ジンとスーは兵舎から目と鼻の先にある波止場へと散歩手柄でやって来た。

ドルファン地区からは、勝利の祝会が行われているようだ。

……波止場到着直後二人とも無言であったが、スーが沈黙を破った。

 

「ジンくんは……ドルファンに来る前は何をしていたの?」

「ん……遊歴かな」

「……遊歴?」

「修行をして旅する騎士の事さ……もっとも騎士じゃなかったし、腕も駆け出しだったけどね」

 

スーはジンの過去について聞きはじめた。

彼女はジンの事を全然知らず、自分の事ばかり話していたのだ。

よって、戦争が終わった今を機会に聞いてみることにした。

 

……いや、それだけでなくもっと重要な事を……

 

「ふぅん、なら……どうしてドルファンに来たの?」

「そうだなぁ、殆ど偶然だね……しかも最初はすぐ出て行こうと思ってた」

「出て行くって……い、今は?」

「……いつの間にかこの街が好きになってね、出て行く気はしなくなったよ」

「そ、そう……でも、故郷に家族とかいないの?」

「いるよ、両親と妹……みんな元気かなぁ……」

「それじゃあ、帰りたくなったりしないの?」

「そりゃあ帰りたくないって言ったら嘘になるけど、どうしてそんな事を?」

「………」

 

ここでスーが黙って俯いて頬を染め、ジンは首を傾ける。

そして数秒後、スーは意を決したように顔を上げると言う。

 

「スーさん?」

「……私、貴方と一緒なら何処へ行ってもいいわ」

「えっ!? そんな事したら此処で結婚出来なくなっちゃうよ!」

「うぅん、いいの……結婚だったら何処でもできるし……」

「だ、だったら……教会での挙式やレストランでの食事は!?」

「平気、私は貴方が好きだから……」

「……っ!?」

 

ここで、スーはジンに突然の告白をする。

彼女は『貴方と一緒になりたい』とは言っていたが、好きと言ったのはこれが初めてだ。

 

「ジンくんが一生懸命私の為に頑張ってくれたみたいに、今度は私が貴方に付いて行きたい……」

「……スーさん……認めてくれるの? 俺を……」

「うん……貴方は私の立派なナイト様よ……」

「……ありがとう」

「大好きよ、ジンくん……」

 

 

……夕日で輝く海を背に、二つの影はゆっくりと重なった。

スーにとって今ではもう、結婚後の事はどうでも良く、ただジンと一緒になれればそれで良かった。

彼女の夢である幸せな結婚生活も、ジンとなら何処へ行っても築けるとようやく気付いたのだ。

スーは初めて感じたジンの温かさを、いつまでも感じたいと思っていた。

 

 

 

 

この後、ドルファン暦29年3月15日。

傭兵契約が切れ、聖騎士の称号を得た英雄ジン・トウヨウは故郷へと旅立っていった。

そんな彼の側には、ドルファン人の女性が寄り添っていたと言う。

 

 

 

 

そして歴史は、流れ出す。

 

 

FIN…


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