第1話


一章 藍色の男

 

風が、潮風が吹いた。

陸地はすぐそこに見えている。

船のデッキに、彼は立っていた。

そう取り立てて珍しい絵では無い。

 

藍鉄色の大きな着物を羽織り、

女ならば二人はかるく入る程、巨大で頑丈なそうな黒のなめし革のカバン、というか、袋をぶら下げ、彼は静かに立っていた。

黒に限りなく近い藍色を纏っているにも関わらず、彼の額には汗など全く浮いてはいない。

瞬き一つせず、彼の黒い瞳はまっすぐに

陸地、ドルファン王国首都城塞をみつめていた。

黒瞳に黒髪、完璧な東洋人である。

ただその眼が、他人を寄せ付けない強い光を放っていた。

「やっとドルファンについたねェ」

彼の耳元で、可愛らしい声が響く。

といっても、彼以外には全く聞こえぬ声ではあるが。

完全にそれを無視して、男は踵を返した。

後ろの気配は、

その赤毛の女性のものであった。

このとき彼の目が異様にきらめいたのを見たものはいない。

「失礼します。出入国管理局の者です」

彼女はよく通る声でそう告げた。

「こちらの書類に記入をお願いします」

「…」

無言でそれを受け取り、懐から『毛筆』を取り出した。

墨汁の入った小瓶と一緒である。

少し驚いたように目を開いた彼女に気付いたふうもなく、さらさらとなかなかの達筆ぶりで書類に文字を書き込んでゆく。

それでも、トルキア文字を書くには毛筆は少々不向きだったようだ…。

それを受け取り、暫しながめ、

「貴方は――傭兵志願ですね?では軍部にこの書類を回しておきます」

 

そう。

男は傭兵であった。

前の『仕事』が終わり、その足でここドルファン王国の傭兵徴集に参加したのである。

 

彼女はぴしりと姿勢を正し、柔らかな笑顔で告げた。

「ようこそ、ドルファンへ。貴方に御武運がありますよう、お祈り申し上げますわ」

彼は全くポーカーフェイスを崩さず、ぺこりと頭を下げた。

彼なりに感謝の意を表したのであるが、彼女にはうまく伝わったらしい。

にこりとし、彼女は彼の前を離れた。

 

 

ドルファン暦 26年 三月末日。

この男は傭兵としてこの国にやってきた。

トルキアの小国、ドルファン王国。

この国は港を求める内陸の隣国、プロキアとの戦に備え、軍備の増強を図るも、しかし騎士団の腐敗は想像を絶し、苦肉の策として傭兵を募集した。

傭兵ギルド――同業者組合――はもとより、ギルドに属さない、全くのフリー、つまり『信用できない野良犬連中』すらも、である。

しかも『例え身分素性が知れない傭兵であろうと、武功次第で騎士勲章を授与する』

即ち騎士になる権利を与える、といってまで。

とにかく軍隊の編成が第一だったのだ。

そして彼も、そういう『信用ならぬ』人間の一人であった。

 

 

「ねー!聴いてる!?さっきからかんっペキに無視してない!?」

「してるよ」

タラップを降りながら、彼は先ほどから耳元で五月蝿くわめく小さな相棒に告げた。

周りには人がいるのだが、彼の声も聞こえない。

武芸十八般のうち、『穏形』にも通じた彼にとって、唇を動かさず、任意の相手とのみ会話する術、『穏話』など造作も無いことである。

「もう!何で君はいつもそう無愛想かなァ!?」

「人斬り商売の男が愛想良かったら怖いだろう」

「ある意味ね。でも君のそれはちょっと…」

「いいじゃないか別に」

「わ・た・し・が退屈なの」

「…」

そんな会話をしながら、彼はドルファン王国の土を踏んだ。

船に乗っていたのは半分ほどが傭兵、あとは商人が多い。

人の波からはずれ、男は巨大なカバンを揺らしながら港を歩く。

「流石はドルファン王国、といったところか」

今度ははっきりと口に出して言う。

「何で?」

「ピコにはわからんかなー…」

ピコ、と呼ばれた、自爆するほど妖精そのものの容姿をした彼女は口を尖らせた。

「解るよ!よく見れば軍船が多いし、その殆どがフランキを五門積んでる、ってことでしょ!?」

フランキ、というのは、まあ、構造的に連発発射可能な大砲のことである。

そのほかにも大小さまざまな火器が据えられた大きな軍艦も見える。

「今度は海戦の雄でも狙う気かな?」

「そうかもしれないですねー」

声のしたほう。

左側に目を向け、視線を少し下に。

──ちなみに男は六尺はある。一尺三十センチで換算してください。―― 

その視線の先には、金髪だが東洋的な顔立ちの、不思議な感じのする青年が立っていた。

「君もそう思うか」

「ええ。そりゃあもう」

男の声に、彼は物怖じしない声音でもって答えた。

「よく見れば最新のズィーガー式もありますし…」

ズィーガー、とは、永世中立国スィーズランドの兵器メーカーである。

剣に槍から、大砲、果ては軍艦まで何でも作ってしまう、巨大な軍需産業。

そのズィーガーの最新式の大砲。

威力の程は推して知るべしである。

「撃ってみたいなー…」

恍惚の表情を浮かべて呟く金髪の青年。

ちょっと危ない雰囲気。

「オイ…」

男の声にも反応を示さない。

「あ。ボク、フィリオネル.マッシュロイムっていいます。こんなだけど一応傭兵です。宜しく」

突然こちらを振り返っての一言に男は軽い驚きを覚えた。

「傭兵?」

「ええ」

どう見てもそうは見えない。

幼さの残る顔立ちに、大きなどんぐりめだま。瞳は好奇心に溢れており、――つまりどっから見ても普通のオトコノコなのである。

「あなたは?変なかっこしてますけど」

「ほっとけ」

そのときである。

 

「いやっ!離して下さい!」

 

少女とおぼしき声。

なかなか凛とした、綺麗な声である。

まあ、それに関わらず次の瞬間二人はそちらに向かっていた。

「きみも大概お人よしだね…」

これはピコ。

さらりと無視。

人ごみをかきわけかきわけ、彼らはそれを見た。

ゴロツキ、乃至はチンピラと呼ばれる類の人間三人が、少女を取り囲んでいる。

そのうちの、やたらとでかい男が鎖などぴしぴしさせているのが曲者であった。

それを見るや否や、フィリオネルは隣にいた水夫に怒鳴った。

「何で助けないんだよ!?女の子を助けるのは男の義務だろ!?」

「そうなのか…?」

男の呟きも全く気にせず、フィリオネルは怒りまくったままだ。

「仕方ねーだろ!あのバーストン兄弟はここいらじゃ一番つええんだ!」

「だからってお前…。いや、良い。ボクが行こう」

怒りで紅くなった顔のまま、フィリオネルはその三人に突っ込んでいった。

「オイお前等!!よってたかって女の子一人に何してる!!??」

そして。

「兄ちゃんよぉ。あんまカッコつけてっと痛い目に合うぜェ…」

 

ぱぐ(PAGU)

 

なかなか軽快な音とともに、フィリオネルが宙を舞う。

「ぐは!つ、強い…!!」

「お前が弱いだけだ。お前が」

フィリオネルは弱かった。

「仕方ないです。ぼかぁ生まれつきからだが弱くて」

「ならなんで傭兵なぞやってるのだ…?」

「そんなことより…あいつ等を…お願いしますよぉぉ」

男は暫し思案した。

ここで手の内を明かすのはもったいない気がするし、まして敵討ちなど。でもやはり捨て置けんし…

「嫌だけど、いいだろう」

ぼそりと言った。

 

異様なまでの巨漢と禿の男が二人して、再び少女にインネンを吹っかけたりなどしている。

フィリオネルを吹っ飛ばしたひょろ長いトサカ頭の男がにたにたとこちらを見ている。

やるならかかってこい、とでも言わんばかりの風情だ。
 

「おい」

 

キリトが、呼びかける。

東洋人がトルキア語を流暢にしゃべる、そのこと自体がなにやら癪に障ったのだろうか。

思い切り蔑みの目で彼をにらみつけた。

「東洋人のにいちゃんよォ。とっとと逃げたほうがいいぜ?さっきのガキみたいになりたくねェだろ?」

その、無遠慮に覗き込むようなチンピラの仕草に、キリトは不快を露にしていった。

「一人では女も口説けん腰抜けが、俺に勝てると?」

その次の瞬間、彼は、カバンを持ったまま、神速と言える速さで後ろに回りこみ、延髄に強烈な一撃を叩き込んだ。

堪らずトサカ男が沈黙する。

どさり、と、倒れた音に残り二人のチンピラが気付き、即座に状況を理解した。

 

「…テメエ!よくもビリーを!!」

巨漢が迫る。

無造作にカバンを一振り。

それだけで巨漢は吹き飛び、海へと墜落した。

体重二百キロを超えるそいつがあっさりと吹き飛んだことに、禿頭は仰天し、

「あと一人だな。逃げんのか」

理解できない、といった風に、傭兵が問う。

「な、舐めんなぁぁぁぁぁ!?」

剣を抜き、振りかぶったところで、

 

めぢッ

 

残虐な音とともに彼の鼻は粉砕された。見事な正拳であった。

 

喧嘩が終わると野次馬たちは早々と散っていた。

フィリオネルがいつの間にか完全復活している。

「おい」

「大丈夫です!回復も早いんで!」

「ああそう…っと」

男は絡まれていた少女の目の前で手をひらひらさせる。

「大丈夫か?君」

「え…あ、ハイ…大丈夫です」

ただ単にびっくりしただけらしい。

「女一人でこんなとこ歩いてるからだ。注意したほうがいいぞ」

「ハイ…あの」

「ん?」

「助けていただいてありがとうございます…私、ソフィア.ロベリンゲと申します。改めて御礼に伺いたいので、お名前、教えていただけますか」

律儀な少女だ、そう思ったが、男は相も変らぬポーカーフェイスのままで、言った。

「上総斬人」

言ってから、キリトは嘆息した。彼女も、ほかの人間に漏れず、「かずさきりと」というのが何なのか、理解していないらしい。

「…キリト・カズサだ…」

名前と苗字を逆さにする。それにはいまだに抵抗があったが、彼女は理解したらしい。それが、この男の名前だと。

「キリトさん…素敵なお名前ですね」

ソフィアと名乗った少女は言った。

それはただ単に語感から言ったものだったが、

キリトにしてみればはじめてそんなことをいわれた。故に、少々驚きが瞳に浮かんだ。

「素敵ねェ…」

ピコも驚いている。

と言うか彼女は全く同じことを初めて会ったときに言ったことを憶えていない。

「キリトさん。改めて御礼に伺います。本当に、ありがとうございました」

そういうとソフィアと名乗った綺麗な栗色の髪の少女は、逃げるように駆け去って行ったのだった。

 

「あのコ、顔真赤だったよ?惚れられたねー。よっ、色男!」

完璧無比にピコを無視し、キリトは地図を広げた。

半泣きになりつつもピコもそれを見る。

フィリオネルは何故か放心していた。

「シーエアー、か。なるほど。近いな」

一応馬車の駅もあるようだったが、彼は歩いていくことにした。

「お天道様があそこだから…うん。日暮れまでにはつくか」

「それじゃ、れっつごー!」

ピコの命令(?)に従い、

「イエス・マム」

などと言いながら彼は歩き始めた。

フィリオネルはそこに立ち尽くしていたが、暫くしてはっと気がつき、いそいそとキリトのあとを追いかけたのだった。


二章 いくさびと

 

「ほう」

思わずキリトは感嘆の声を上げる。

「結構綺麗なとこだねー」

ピコの言どおり。

そこは傭兵の宿舎、というにはかなり清潔なところであった。

普通の国は、傭兵などにはあばら家で充分、とかなりキツイ建物を宿舎にあてがうのだが、この優遇ぶりときたら。

「ドルファンに来て良かったねー」

これにはキリトも同意を表すしかない。

 

玄関をくぐり、係りの人(男)にカギを貰う。

「まるでホテルみたい」

ピコの呟き。

すたすたと階段をあがり、三階建ての兵舎の、二階の一室にカギを差し込む。

分厚い樫材の扉が開き、キリトは驚いた。

完全な個室。

少々狭い感があるが、傭兵という、日中は外で仕事をする人種にとってはむしろ広い、といえた。

机からベッドまで、およそ日常生活に最低限必要なすべての家具がそろっている。

窓を開けてみる。

北向きで、直射日光は入らないが十分に採光はできる。

むしろキリトにとってそれは好都合だった。

昨日のうちか、いや、今日かもしれない。

綺麗に掃除された部屋のど真ん中にずしゃりと巨大なカバンを置き、早速中身を取り出し始める。

出てくるわ出てくるわ…。

兵法書に始まり、火薬、武器、武技、武具、その他諸々についての書物、詩集、句集、物語など。

それらを出し終え、さらに手を突っ込む。

また出てくる。

フリントロック式の拳銃に、二四〇の小粒弾を一斉発射する神槍と言う火器。歯輪式マスケット銃、中華皇国の五雷神機。その他諸々の重火器。

それとは別に妙な形の剣や、幾重にか折り畳まれた棒状のもの。

何処にどうやって収納していたのか不思議なほどの武器の数数である。

藍鉄色の着物をばさりと翻し、その裏にへばりついた刃も取り出し、ずらりと並べた。

銃から整備をはじめる。

今まで狭い空間に突っ込んできたから、僅かなゆがみが出来ているかもしれない。

てきぱきと、火器には異常のないことを確かめ、そして次にクローゼットを開き、中にかけられた架け棒や中板を取っ払い、

それらの位置を変え、銃器類を手際よく並べていく。

あっという間にちょっとした兵器庫の完成である。

「さて」

ズラリとならんだ大小さまざまな刃。

それらの一本を手にとり、入念に各部を点検した後、油を染ませた上等の布で磨く。

ほこり一つつかぬよう、ゆっくりと、女性に接するが如く。

そうやって一つ一つの刃を磨き上げ、四本ほどを元の位置に戻し、あとは銃器と同じくクローゼットに収納する。

それが終わった時、外はもう黒々と夜のとばりが降りていた。ピコも、何度話し掛けても返事をしないキリトに飽きたのか、先にベッドの真ん中で眠りこけていた。

 

 

朝。

小鳥のさえずりがすがすがしい朝。

だが――。

 

「よく来たなゴロツキども!!」

訓練所に、太い、よく通る、『士官』の声が響いた。

「俺がこの訓練所の教官、そして貴様等の隊長の、ヤング・マジョラム大尉だ!!」

その大尉が続けて声を張り上げる。

「先ず、このドルファン王国陸軍に於いて、銃火器の類は一切使用していない!」

その一言に、キリトの横にはべっていたフィリオネル――「フィルで良いですよ」と朝言っていた――が顔色を変えた。

「嘘?」

「どうやら事実のようだ。時代遅れだが…ま、剣の一本も扱えるんだろ?傭兵なら」

キリトの軽い言葉に、フィルは重々しくかぶりを振った。

「いいえ」

小さな声で続ける。

「この仕事が初めてで…。銃の破壊力と射程が頼みだったのに」

「お前努力してないな、さては」

「ええ、まあ…」

まだ素直に認めるだけエライ。

だが、やはり彼は一番に死ぬ気がする。

「そこ!私語を慎め!!」

どうやらキリト達ではなく、別の場所を指していったらしいが。

「静かにしてよう」

「そうですね」

双方の同意の本、会話は中断されたのだった。

「さらに!!」

まだ何かあるのか、とキリトは顔をしかめた。

「剣を持つものは、騎士と区別無く扱われる!礼儀作法、教養、哲学、神学等の学問!それらもすべて叩き込んでやるから、覚悟しておけ!!!」

今度はキリトが顔色を変える番であった…。

 

「さて、ここで俺の部下となる貴様等の実力を見ておきたい!」

ヤング大尉が突然、言った。

「そこで!模擬試合を行う。文句のある奴から先に終わらせよう」

つまり有無を言わさず、ということか。

「さて…一番手は…」

ヤングはぐるりと目の前に集まった傭兵たちを見回し、

「お前だな」

「へっ!?」

フィルを指して言った。

どうやら不満がもろに顔に出ていたらしい。

もう一人、ヤングは人相の悪い傭兵を選び、

「はじめ!」

 

どしゃ。

 

その相手は、キリトから見て三流以下であったが、フィルはまさにお子様であった。

瞬間で頭に決められ、大笑いの中で悶絶したのであった。

「弱いな」

ヤングの一言がぐさりとフィルを貫いた。

 

二百人を超える傭兵。

恐らく明日からもうなぎのぼりに増えつづけるだろう。

だが、そろそろ百組近い試合も終わりに近づいている。

「次!お前だ」

ヤングが指差した先。

ゲルタニアの人に多い、燃え盛るような赤毛。

剣を佩かず、代わりに腰から何かの柄を伸ばした長身の男である。

「リヒャルト。リヒャルト・ハイゼンだ。覚えといてくれ。ヤング大尉殿」

低い声でそう告げ、彼は一歩、前に出る。

その相手が出てきて、ヤングの声が響き、

「しゃァッ!!」

気合とともに、その相手は胴をくの字におって吹き飛んだ。

 

どがしゃあぁん!!!

 

派手な音を立てて隅っこの植木にぶち当たる。

リヒャルト。そう名乗った彼の手には、長い、熊でもぐるぐる巻きに縛り上げられそうな太い鞭が握られている。

「鞭使いか…」

キリトがぽつりと呟いた。

あの衝撃、あの疾風の如き手際。

先ず一流だろう。

どこぞのフィリオネルとはえらい違いだ。

いや、比べればかわいそうか。

修羅場を何度くぐったのか。

彼ほどの使い手などよほど性根入れて探さねば見つからないだろう。

ヤングも、感嘆の眼差しで彼を見ている。

「リヒャルト、だったか」

「ええ。そうですよ」

「貴様は今日から曹長だ。第一隊を率いろ」

異例の抜擢、というほどでもない。

彼の実力を見れば、当然だろう。

異論があがろうはずも無かった。

 

さらに何組かが仕合いし、

「次は…ってもう最後か…」

キリトを、今初めてそこにいたと気付いたかのようにヤングは見た。

事実、彼は気配を断っていた。

理由は、まあ朝の眠いうちから激しく運動するのが面倒だったと言うのが本音である。

疲れないうちに、ここにいる皆の力をじっくり見たいためでもあった。

「東洋人。お前が最後だ…。相手は…お前が最後の一人か…。相手が居ないな…」

初めてキリトが口を開いた。

「目の前にいますよ。大尉殿」

ま、露骨な挑戦である。

一番強い、そう考えたのだ。

一番強い、隊長に実力を実感してもらったほうが後々いいことがある。

それが理由の一つ。

もう一つは

強い人と戦ることで今朝のいやな気分を吹き飛ばしたいからでもあった。

 

 

――朝。

この訓練所に来る前、彼は昨日助けたソフィアと言う少女に再会した。

彼女は、キリトにも分かるほど赤面し、何かを言いかけたのだが、突如として現れた変な男に怯えるようにして挨拶もそこそこに行ってしまったのだ。

何がイヤといって、その男の顔と声が頭にこびりついてはなれないのがイヤだった。

 

 

「いい根性だな。気に入ったぞ。東洋の傭兵よ」

「キリト・カズサだ。大尉。言っとくが…」

ざりっ、と一歩踏み出し、胸の前で腕をX型に交差させる。

ヤングもノリ気で腰の大振の剣を引き抜き、正眼に構える。

「俺は強いぞ」

言うと同時に、キリトが真上に跳躍する。

ヤングの判断が一瞬遅れ、頭より先に身体が後ろに下がった。

 

ヒュおッ!

 

気合だろうか。それとも風か。

ヤングの真前にキリトが落下してくる。

手をがしりと組んだまま。アレで頭に一撃を入れるつもりだった…。

拳法使いか!

そう判断し、ヤングは間合いをとる。

剣と拳では、密接すれば拳のほうが俄然有利になる。

だが!

「何ッ!?」

ヤングの予想だにし得ない事態が起こっていた。

どこから取り出したのか、キリトの手には、長さ八尺はあろうかという棒が握られていた。

キリトがそれを振るう。

ヤングの間合いをしのぐ長さだ。

それがまさに暴風の如く吹き荒れ、

紙一重でヤングが避ける。

「くッ…!」

棒術か…!ならば!

一瞬の隙をつき、ヤングが踏み込んだ。

伸びきった腕で、剣は防げない。

まさに必殺の一刀。

 

がきん!

 

棒ではない。

一瞬のうちに、『藍鉄色の着物の裏』から抜き取ったいささか短めの刃。

左手に握られたそれは、見事にヤングの剣を止めていた。

「成る程…!」

ヤングは理解した。

自分の様に、一本の剣に頼るのではなく、

状況に応じてそれに最適な武器を選び、最も効果的に使用する。

それが彼の戦い方なのだと。

右手の、いま自分の剣を受け止めているのと同型の刃がヤングの腹を襲う。

キリトに足払いを掛け、また間合いを離す。

奴の棒術はほぼ見切った。

あとは、どういう武器につなぐかを…

彼の棒が、唸りを上げる。

ヤングは見た。

その先に、分厚く、巨大な刃が装着されているのを。

そう。

薙刀だ。

武器を変身させるか…!

しかも、キリトの技に、刃部の重量が加わり圧倒的な遠心力故の『破壊力』がついてくる。

キリトが全く躊躇無く薙刀を振るいつづける。まかり間違って当たったら大変だ。

そして…!

「オオオオオオッ!!!」

ヤングの雄叫びとともに、薙刀が停止する。

瀑布の如き斬撃を見切り、剣の柄で受けたのだ。

そのまま、柄を滑らせるように懐にもぐりこむ!

「!!」

キリトが、満面の笑みを浮かべたような気がした。

彼の手が、くるりと薙刀を、棒を一回転させ、次に棒が五節に分離する。

「何ィッ!!!?」

思わずヤングは声を上げていた。

くるんと、薙刀の刃が自分に向かってやってくる。

その前に…!

 

びっ!

 

同時に、両者の首筋に刃が当てられ、必然的に引き分けとなった。

 

「見事…!」

「お前もな…」

両者が刃を収める。

皆、声も出さずにそれを見守っていた。

「貴様等!このキリト・カズサを第二隊の隊長とする!異議は!?」

無論、誰からも声はあがらなかった。

ただ、

「俺ならお前を潰せたな」

と、リヒャルト・ハイゼンがぽつりと呟いたのだった。


三章 異能者達

 

夕刻。

十名ほどの傭兵が教官室に居た。

一日中、ヤングの言う『テスト』を受け続け、皆が相当に疲れていたが。

「そろってるか?」

がちゃりとヤングが入ってくる。

「うむ。良し。皆、居るな」

ここに集められたと言うことは、皆が皆相応の実力を持っている。

キリトやリヒャルトが居るのがそれを示している。

ただ、そこに何故かフィルの姿もあった。

「大尉。これはどういった意味合いで?」

「編成だよ。編成…。食うか?」

もぐもぐと食っていたクッキーを差し出す。

妙にかわいらしいバスケットに入ったクッキーは、たちまちなくなった。

誰が作ったのか、それは皆が思い浮かべた疑問だったが、もし、“そう”だとしたらすこぶる怖いので、聞かないことにした。

「クッキーはどうでも良いとして、なぜ我等を?編成、とは…」

リヒャルトの疑問に、ヤングは口の中のものを飲み込んで言った。

「今のところ、だ」

「はあ」

「我が傭兵隊には二百名、ま、一個中隊が編成できる人数がいる」

「それで?」

ヴァレス、という名の傭兵が訊いた。

「だが、奴等は。お前等もあわせてだが、せっかちな連中でな。傭兵徴募に真っ先に志願してきた奴等ばかりだ。もしくは、さっさと仕事をはじめたい『ギルド』とかな」

その『ギルド』という言葉を聞いて、フィルが怪訝そうな顔をした。

「一応、志願者、派遣されてくる奴等、合わせて千人は集まる」

「一〇〇〇、ですか」

「そうだ。一個大隊だ。それからも増えるだろう。おそらく」

つまり、ドルファン王国が傭兵を徴募しつづける、ということだ。

「気分が悪いですか?」

「まあ、良いとは言えん。だがこれもお役目だ。しっかりやるさ。それで、だ」

じろりとヤングが目の前の傭兵たちを睨む。

「今のうちから隊を四つに分ける」

「今から?」

「先に決めといたほうが良い。お前等より強いやつ、頭のいい奴が出てきたら入れ替えだ」

そう言って、ヤングは手にした書類をばさりと卓上に置いた。

「見ろ」

その書類には、編成図が書かれていた。

 

傭兵隊 第一隊 隊長 リヒャルト・ハイゼン曹長
副長 グラン・グラハルト軍曹
同じく 第二隊 隊長 キリト・カズサ曹長
副長 フィリオネル・マッシュロイム軍曹
同じく 第三隊 隊長 ヴァレス・エイオン曹長
副長 ネービィ・ソフラ軍曹
同じく 第四隊 隊長 マホメド・ドゥラ曹長
  副長  カシン・ヒサギ軍曹  
 
 
第一、二隊は騎兵及び弓兵部隊、第三隊は歩兵部隊、第四隊は工兵部隊、乃至は土木班とする。

 

『……』

「どうしたみんなして」

大尉が尋ねる。

「や、文句があると言うか疑問があると言うか」

「何でです?」

その声の主に、ヤングを除く一同が顔を向け、異口同音に言った。

 

「「「「「「「「お前の名前がここにあるからだ!!!」」」」」」」

 

フィリオネル・マッシュロイム。

最初の模擬試合でぼろ負けし、その他の技能も全くブーな彼が、なぜここに名を連ねるのか。

 

まず、リヒャルトが気付いた。

「…。弓か?」

「何?弓?」

「どぉいうことだァ?」

ヤングが説明する。

「こいつはな、弓を一発も外さなかったんだ」

的から、という意味であるならば、彼のほかにも数名、名手が居たはずだが、

「いやいや、『中心の円』から、一発も、だ」

その場の全員が硬直した。

確かこいつは鼻歌交じりで弓を射ていたはずだ。

一度などキリトのからかいに顔を彼に向け、その拍子に射た、ということもあった。

しかし、それでも、小さな的に書き込まれた、さらに小さな円の中に、すべての矢を当てていたという。

驚愕すべき腕前である。

これなら異論も少なくなるだろう。

「オイ…。フィルよ…、お前、母親の腹の中に剣とかの業、置き忘れてきたんじゃないか?」

「そうかもしれないですねー」

天性の武人たるものが、弓の業だけを持ってきてしまった。

そう考えてしまうほどだ。

「でも弓だけじゃあ、弱いことに変わりはない。ま、若さに期待、ということだ」

ヤングの言葉に、またまたフィルは胸板を刺し貫かれたのだった。

 

 

「ぐむぅ」

がばりと起き上がる。

「どしたの?」

ピコが心配そうに問うた。

その日の夜中である。

「…。何でもない。少し考え事をな」

「ほどほどにしとかなきゃ…」

「分かっている」

分かっている、といいながらも、布団のそばに立てかけた刀、これは全く普通の拵えだ、を落ち着き無く抜いたり収めたりしている。

「むぃぉう」

複雑な思考にふける時、キリトはこういう奇声をあげる。

そう大声ではないが、気色悪いことこの上ない。

「うぉぅうん」

「みにゅ」

「ぅぉぬぅうぅぅ…」

「五月蝿いよあんた!!」

ピコに怒鳴られ、ぴたりと声をとめ、ぽつりとピコに言った。

「隊長だそうだ。どう思う」

「どう、って…すごいなー。と」

「そうか」

どうやらそれは、彼の求める答えではないようだ。

ふと、フィルのことを思う。

彼は今頃…。寝ているだろう。多分。

何も考えてないっぽいし。

まず本能が先にきそうだしな。

失礼だとは全く思わない。

「…ピコ」

「?」

「俺はな」

「ん?」

「一人だったぞ。ずっと。戦場で」

「そう…?」

「そうだ。そんな俺が人を率いる?出来ると思うか?」

「それは…わかんないけどさ…」

「けど?けど、何だ?」

「やるしかないんじゃない?そう決まって、別に異論も無かったんならさ」

「そうか」

「そうだよ。やってるうちに出来るようになるって」

「お前がそういうと出来なくなりそうな気がする」

「何それ?酷いなぁ」

結局、キリトは同意が欲しかったのだ、とピコは納得した。

後押しが、精神的な後押しが欲しかったのだ、と。

そう思うと、キリトは満足したのか、もう眠っている。

眠っていても悪い顔つきだなぁ、と思いつつ、彼女も目を閉じた。

出会ってすぐに彼が竹を編んで作ってくれた、特製のベッドの中で。


あとがき

 

はじめましての方はじめまして。

そうでないかたこんにちは。

くりくりぼうずと申します。

 

はい。

えー。とですね。

前まで『南欧忍草子』とゆー駄文を書いてました。

まあこれも変わんないですけど。駄文という点で。

詰まる話、前作に飽きたので書かなくなって、完結無理。という結論に達した瞬間、こいつに手を出しましたワイ。

無節操だ…。

 

南.忍が中途半端に終わった分、こいつにかけます。ええ。中断などいたしませんとも。

もうがつがつわしわしむしゃむしゃもぐもぐと書きまくります。

というわけで、応援よろしくお願い申す。

 

ちょこっとキャラ紹介。

 

上総斬人 カズサ・キリト 二十歳 B型 日本生まれ

主人公。東洋人傭兵。

黒髪、黒瞳。で、動きやすい軽装の木綿服の上に藍鉄色の着物、正確には大型の羽織りをかぶっている。

作中の通り、その裏には無数の刃が隠されている。ちなみにちゃんと打ち刀も帯にさしている。

武芸十八般に通じ、特に、剣、槍、抜刀、砲、薙刀の術を得意とする。思い切り攻撃型の兄ちゃん。

生まれ故郷で親兄弟にすら疎まれ、それが嫌で日本を飛び出した。

武器や書物を満載した巨大なカバンをもって、ドルファンに入国する。

 

ピコ

ゲーム中の彼女とは別物。

全くの別物。まあ本物の妖精、と考えていただいて間違いないかと。

ところでこの世界、僅かながら『魔法使い』が存在します。

や、だから?とか言われると…

 

フィリオネル・マッシュロイム 十七歳 O型   

父親が日本人、母親がスィーズランド人のハーフ。金髪で、顔は東洋人に近い。

実はもう一つ、日本名があり、『木野子 童子丸』という。元服前に父が死んだのでまだ幼名のまんま。

剣や槍はもう駄目駄目だが、弓、というか射程武器にはめっぽう強い。

30m先の金貨(直径約6cm)を射抜くことくらい朝飯前である。

本人談では、「身体が弱い代わりに目と骨は丈夫なんです」

国際結婚はこんなに早くからあったのか、そう思わせてくれる青年。

 

第一話にしては結構長いな…。

今更ながら…。

 

感想など頂けたら幸いです。では。


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