あれから一週間が過ぎた。
奇跡的な生命力よりも、医師が呆れ返る悪運の強さで無事に退院する事となった。
全身を覆っていた包帯も取れ、傷跡も全然残っていない。現代医学のなせる術なのか、俺が変なのか。
まあ、どうでも良い事だが。
そう言えば、あの一言以来、例の看護婦とは会話どころか会う事すらなかったな…。
言い過ぎたとは思っているが、俺だって不機嫌な時があるさ…。
でも、退院する時位は見送りに来てくれても。って、図々しいか…。
ともあれ、医師達に礼を残し、一路家路へと向かおうとしたが思い直した。
家路に向かう道筋から逸れて、共同墓地へと足を向けた。
確かに、戦争はドルファン側の勝利で幕を閉じた。が、その裏側では多くの血が流れた。
傭兵志願の俺にとっては、避けては通れない道なんだろうが、やはり心苦しい。
しかもヤング上官の死は、ドルファンにとって大きな打撃になるという事は、余所者の俺でもすぐに理解できた。
その人が俺の目の前で死んで逝った。それが、あんな不名誉な死に方であっても…
せめて墓参りだけでもと思い立ち、向かっていたのだ。
墓地への道程に花屋があったので、そこで花を買い求める。死者を弔う為の花はどことなく質素で、飾り気がない。
その事が、更なる哀しみを引きつける。
俺の入院中に、ピコが喜び勇んで持ってきた騎士勲章を胸に飾り、共同墓地へと更に歩を進めた。
それから数十分後。共同墓地に辿り着いた。
海岸沿いの小高い丘に、それは存在していた。頬を撫でる潮風が心地良く感じられる。
しかし、そんな悠長な考えを否定される冷たさというか、言葉に出来ない寂しさを醸し出している。
折しもこの場所だけが世間と切り離され、取り残されているような感じがする。
そう。この場所だけは時が止まってしまい、二度と時を刻まない時計が埋められているみたいだ。
秒針が無ければ時計は時を刻めない。
此処の土の下には『人生という時計の秒針』を失った者たちが眠っているのだ。
そして、俺も秒針を失いかけた…
複雑な気持ちのまま錆び付いたゲートを潜ると、墓石に刻まれている故人の名前を一つ一つ確認しながら歩いた。
しかし、予想以上の数の多さに多少戸惑いを感じる。
全てが戦死者という訳では無いだろうが、やはり戦火が燻っている間は、犠牲者の数が減ることは無いのだろう。
戦うしかないのか?和解は出来ないのか?
平和主義者のような錯覚に襲われる。己の力の無さがこういった錯覚をかきたてるのか?
俺は頭を大きく振った。その錯覚を打ち消すために。
傭兵として入国したからには、戦いから逃れる事は出来ないだろう。
その戦いの中で勝利を収めれば良いのだ。
例え、誰かの犠牲の上でも…
気を取り直して再び歩き出すと、目前に一人の女性を見つけた。
しゃがみ込んで、物憂げな表情を浮かべながら、目の前の墓石を見つめている。
横顔しか見えないが、緑色の髪の毛が美しい清楚な女性だ。
気付けば、彼女の元に歩み寄っていた。
何故かは分からないが、その女性が俺の求める答えを知っているような気がしたのだ。
続く……