美しい自然と建物が立ち並ぶ南欧圏最大のドルファン王国……ここに一人の東洋人が荷物を手に下船した。星一つない夜の闇の様に黒い髪と瞳を持ち、まだその顔に幼さを残した彼の名はヒノカミ・カズシ。十九歳にしていくつもの国を回ってきた若い傭兵であった。この国に来た理由はもちろん傭兵としての契約を結んだ、言うなれば仕事であった。
しかしカズシは他の傭兵とは違う所があった。それはいつまで経っても子供のように素直で純粋な心を失っていないのであった、良くも悪しくもこれほど剣士に向いていない若者は滅多にいないだろう。
ピコ「うぅ〜ん……やっとドルファンについたね。」
大きく手を伸ばして深呼吸した彼女の名はピコ。ペンほどしかない身長に金色の髪のおさげ、そして透き通る蝉のような羽の生えた彼女は物心ついた頃からカズシと供に世界を旅している相棒である。
ピコ「ねぇカズシ、この国で……」
カズシ「おえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ〜ッ……」
ピコが振り向くとカズシは港から身を乗り出して胃の中にたまっていたもの全てを海に向かって吐き出していた。ピコは可愛らしい顔を引きつらせると、カズシの青ざめた顔の前に浮かんで両腕を腰にかけた。
ピコ「もう、また船酔い? いい加減慣れなさいよ。」
カズシ「……うるさいな、船は苦手なんだよ。」
ピコ「全く、しかたないなぁ……そんなんじゃ『その腰の剣は飾りか?』って言われちゃうわよ!」
そう言われたカズシは腰のベルトに繋げてある刀剣・胴太抜に手をかけた。これは苦楽を供にしてきた分身とも言うべき大事な剣だった。元の主である自分の師匠が数年前に突然の病で命を落とすその際にカズシが譲り受けた物のであった。
カズシ「はいはい……分かりましたよ。ったく、少しは優しい言葉もかけてくれればいいのに……ウウッ!」
手荷物を持って折角立ち上がったカズシに再び吐き気が襲いかかり、再び海に向かって嘔吐した。
ピコ「ダメだこりゃ……ん?」
両手の平を空に向けてお手上げ状態のピコ、そんな彼女の横を一人の少女が通り過ぎ、カズシの後ろの立つと白い小さな手で猫のように丸めたカズシの背中をさすった。
少女「大丈夫ですか?」
カズシ「えっ?」
カズシは後ろを振り返る。するとそこには見知らぬ少女の顔があった。年の頃はカズシより下だろう、肩まである長い亜麻色の髪に海のように澄んだ青い瞳、発達途中の肢体に顔には幼い感じを残している。
赤茶色の長袖の上着に同色の膝の丈まである長いスカート、首には緑のマフラーを巻いていた。
少女「どこか苦しい所は?」
少女は心配そうな顔でカズシを見る。するとカズシは顔を赤くして立ち上がり、両腕を降って大げさにアピールした。
カズシ「ああ、いや……大丈夫だ! うん、もうどこも苦しくない!」
カズシの声はガチガチに震えていた。カズシは生まれてからと言うもの異性に対しての免疫がなく、成長した女が側に近づくだけでも緊張して動けなくなってしまうほどであった。
少女「そうですか、よかった。」
彼女の微笑みにとどめを刺され、カズシは氷のように硬直した。
声「ヒュー、ヒュー、真昼間から見せ付けてくれるねぇ。」
するとその時だった。カズシ達の後ろから柄の悪い男達が二人を茶化しながら蟹股で近づいてきた。彼等はバーストン三兄弟と言うたちの悪いチンピラグループであった。
その内のリーダー格、灰色の髪に二メートルを優に超える大きな体に首に鎖を巻いたジャック・バーストンが口笛を吹きながらカズシ達に絡んできた。
ジャック「羨ましい限りだねぇ、オレ達も混ぜてくれよ。」
カズシ「なんだお前等?」
チンピラB「男に興味はねぇよ。おいそっちの姉ちゃん。オレ達と一緒に遊ぼうぜ!」
少女「あっ!」
チンピラの一人、スキンヘッドに丸いサングラスをかけ、腰のベルトに剣をさしたサム・バーストンが少女の腕を掴み、強引に引張った。
少女「い、痛い、離して下さいっ!」
カズシ「止めろ!」
カズシはチンピラに食ってかかる、すると最期の一人であるビリー・バーストンがカズシの前に立ち塞がった。赤く逆立った髪、絵本に出てくる魔女のように長い鼻、丸く血走った目に三日月形に変えた下品な笑みを浮かべる口元から黄色く変色した並びの悪い歯が覗いていた。
ビリー「オウ東洋人の兄ちゃんよ。この姉ちゃんはオレ達がもらっていくぜぇ。文句あっか? ああん!?」
ビリーは懐からナイフを取り出して眉間に皺を寄せてカズシを見上げた。少女の方はカズシを見てチンピラ達に怯えている。
カズシ「……歯、食いしばれ。」
ビリー「なに? ……ウゲェェ?」
カズシがさっきまでとは違う目つきになるとチンピラの顔面に正拳が炸裂した。それは瞬きすら許されないほどの刹那の事だった。
ビリーの小柄な身体は空気の壁を突き破って飛んでゆき、少女を?んでいるサムと激突してその後ろに山積みにされている木箱に衝突、木箱をなぎ倒した。
ジャック「サム、ビリー!」
残ったジャックが弟達の名を叫ぶ、だが2人は仰向けに倒れて気を失っていた、特にカズシが殴ったビリーは酷かった、頬に殴られた痕が生々しく残っていて、大きく開いた口からは蟹のように泡を吹いて数本の歯が折れていた。
ジャックは信じられなかった。いくらビリーより体格がいいとは言え子供のような顔をした東洋人の若造にどこにそんな力があるのかと疑って止まなかった。
だがやがてそんな事はどうでもよくなってきた。弟を傷つけたカズシに対して怒りを燃やすと首からかけていた鎖を手に取って思い切り振り回した。
ジャック「こ、このガキィ! よくも弟をォォォ!」
遠心力を付けて充分に威力が増した鎖がカズシに迫る。
少女は両腕で目を塞ぐと目の前で起こる事全てを否定した。だが次の瞬間……悲鳴が聞えたのは大男のほうだった。
ジャック「うわあああああああーッッ!?」
恐る恐る少女が目を開く、すると信じられない事にカズシの倍はあろう巨体が宙に浮かんでいた。
サム「痛つぅ……おい、起きろビリー、ビリー! ……ん?」
先に気が付いたサムがビリーの体を揺すって起こそうとする、だがその時、ふと見上げた空から降って来る兄の姿にサングラスがずり落ちて顔が真っ青になった。
チンピラ達「ピギャアアアアアアアアッ!!」
品のない悲鳴だった。土煙と砕かれた木箱の木片や破片が宙に舞い、カズシと少女の目に映ったのは目を回して気を失っているジャックの下敷きになってるチンピラのサンドイッチだった。
カズシ「やっぱ腕なまってる。柔道なんて久しぶりだからな……あ、そうだ。」
カズシは手を叩きながら言った。すると後ろでポカンと口を開けている少女に近づいた。
カズシ「怪我は……なかったか?」
カズシは少女の頭の先からつま先までを見下ろした。先ほど奴等に強くつかまれた手を抑えているが他は何ともないようだ。
少女「は、はい……おかげ様で……」
カズシ「そうか、じゃ、オレはこの辺で……」
少女「あっ、待ってください!」
少女の呼び声にカズシは足を止めて後ろを振り向いた。
少女「……あの、助けていただいてありがとうございました……あの、それでよろしければお名前をお聞かせ願いませんでしょうか?」
カズシ「オレ? オレは……ヒノカミ・カズシ。カズシでいいよ……そう言えば君の名前は?」
少女「あ、ご、ごめんなさい。私ったら自分の事も言わずに……私はソフィア、ソフィア・ロベリンゲです。」
少女ソフィアは頬に朱を走らせながらカズシに微笑んだ。こうして傭兵ヒノカミ・カズシのドルファンの生活は幕を開けたのであった。この先どんな試練や出会いが待ち受けているのか。それはカズシにも分からなかった。
あとがきです。
始めまして、初投稿のかずくんと申します。
みつめてナイトはボクにとっても思い出の作品で、このサイトでSSがあるのを知り何とか形にしたくて投稿しました。
元々小説や話を考えるのが好きなボクにとってこのSSは事実上最初の投稿小説です、まだまだ至らない所もありますがこれからもよろしくお願いいたします。感想とかもいただけると幸いです。