みえない涙

著:S


長いようでいて、短かった。

初めてこの部屋にきてからもう三年になる。
もうここに戻ることは無いのだと思うと、この決して綺麗とは言えない部屋がやけに愛おしく感じてしまう。

キミはまったくそんなそぶりを見せずに、まるで不貞腐れたみたいな無表情で…
でも、私にはわかる。私にだけは、わかってしまう。

初めから荷物は少ない方だった。
今は何もない、もうゴミさえも落ちてないこの部屋…
それでも、ここには思い出があった。

あの人が初めてシルベスターに誘いに来てくれた時に触れた本や、座った椅子。本当に何気ない事が…今はとても尊い。

元々私とキミは、流れてここへ来た。居つく気持ちなんてこれっぽっちも無い…筈だった。あの人がいたからキミは…

いつ死ぬか分からないからと何度突き放した事を言っても、いつも一緒にいてくれた彼女。
本当に愛していたんだ。だからキミは彼女に手紙も出さず、全てをここに置いてゆくんだね。キミがそれでいいのなら…私は…

ピコ「いこう…」

 

ここはドルファン港…
ドルファンを優しく包む黄昏時…
人々は何も考えずに生活ている。この安寧が誰によって守られたのか考えもせず、ただ…ひたすらに。

キミは振り返り、何を思っているのだろう?
ここで手に入れたものは、名ばかりの聖騎士という位。無法者のレッテルを貼られながらキミは、時には熊や虎から、テロリストや戦争から、街のチンピラから守ってきた。
キミが皆の為にしたことじゃない、と言い続ける為に私は、私だけはいつも一緒にいるよ…

「裏切り者…」

光が、届いた。
優しい黄昏という名の闇に、私が(キミが)求めてやまなかった一筋の光が…
今、振り返ればそこに彼女がいる。きっと涙に濡れた瞳でそこに立っている。
彼女はまくし立てる様に話し出す。それは、からっぽだった私を容易に満たし、輝く雫となって流れ出た。

いつも一緒に居たんだ。すれ違いじゃなかった。キミの大事な思い出が、守りたかったものが、今ここにある。

「貴方じゃないと駄目なの…貴方と…結婚したいのよ」

もう私は要らないのかもしれない。私はキミの弱さから生まれた。弱さを切り捨てないとキミは強くあれなかった。でも、これからは違う…

 

本当の優しい黄昏が二人の影を、ただ二人きりの影を包み込んでいた。
寄り添った囁きは、波の音にかき消されそうになっても、いつまでも絶える事はない。


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