ここはハンガリア陸軍の宿舎。若き兵士達は、ある噂に色めき立っていた。
セイル「なぁヤング、おまえも聞いただろう?あの噂…」
ヤング「近々、戦があるってやつだろう?」
セイル「ああ。なんだか大きな戦らしいぜ!楽しみだ・・」
ヤング「おいおい…噂は噂だろ?まだきまったわけじゃな…」
ヤングが言い終わるのを待たずに、部屋のドアが勢いよく開いた。
上官「静かにしろ!いまから重大な発表がある。このたび…」
それは噂通り、戦争勃発の知らせだった。狭い部屋がどよめく。
兵士達は上官の話も耳に入らないようすで、仲間同士、話し始めた。
上官「…出撃は週明けだ!各自準備を怠るな!!以上!!」
上官が部屋を出た後、部屋はさらに騒がしくなった。
セイル「なっ、ほんとだろ?」
ヤング「あ、ああ……」
セイル「よっしゃぁあ!手柄たててやるぜ!」
その日の夜…道路にいつもの影があった。
セイル「まぁ…、そんなわけだ!来週からしばらく帰れない」
クレア「う、うん……」
セイル「どうした?」
クレア「だって、貴方のことが心配で…」
セイル「大丈夫だって!いっぱい手柄たてて帰って来るって!そのときは……」
クレア「そのときは?」
セイル「その……俺と…け、結婚してくれ!」
クレア「!!」 クレアはうつむいたまま答えなかった。
セイル「駄目か?そりゃぁ今は一介の兵士だから…でも、この戦で手柄立てて出世して、おまえを養えるようになるから!」
クレア「……しい」
セイル「え?」
クレア「うれしいの……」
セイル「じゃ、じゃあ…?」
クレア「待ってます……貴方の帰りを……」
クレアは、涙で濡れた顔をそのままにセイルに抱きついた。
セイル「クレア……」
セイルはクレアの涙を拭いてやると愛する人をきつく抱きしめた。
辺りは血の海だった。あちこちに死体がころがり、むせかえるような血の匂いが戦場を包み込んでいた。
ヤングは本拠地の守りを任されていた。一方セイルは最前線に配置されていた。そこは地獄と呼ぶのが
ふさわしいほどの惨状だった。
だが、そんな戦も終盤にさしかかっていた。
敵側は、大将と数えるほどの兵士しか残っていなかったのだった。
敵大将「誰かこの俺の首をあげようと言う者はおらんかぁ!!」
セイル「お……」
セイルが名乗りを上げようとしたとき、上官がそれを遮った。
上官「おまえは引っ込んでろ!あいつは俺の獲物だ!!」
セイルは槍を構えると、上官を睨んだ。
上官「何だその目は!?なんか文句でも……」
セイル「あんたじゃ無理だ……」
上官「なんだとぉ!?貴様上官にむかって!!」
ドスッ!! …鈍い音がした。セイルの槍は上官の心臓に突き刺さっていた。
上官「き、貴様…!!…なぜだ……。がはっ!!」
上官は恐怖でひきつった顔で、自分に牙をむいた部下を見ていた。
セイル「邪魔なんだよ…雑魚は…」
上官が倒れると、セイルはその死体につばをはいた。そして、近くで、唖然としている同僚を振り返った。
セイル「おい!!上官殿が敵にやられた。運んでやれ…」
兵士達は青い顔をして死体を担ぎ、逃げるように去っていった。
敵大将「き、貴様…何を…!?」
セイルは敵大将を振り返ると不敵に笑った。
セイル「我が名はセイル・ネクセラリア!!その首、もらい受ける!!」
戦争はハンガリアの圧勝だった。戦勝ムードの中、一人の男が部隊から去ったことを兵士達は知らない。
セイルは上官殺しの罪で、密かに国外追放を命じられていた。
セイルは、ヤングにも、クレアにさえ、別れを告げずに去っていった。ヤングとクレアがその事実を知ったのは、
セイル国外退去後二日目のことだった。