…『私を連れていって』…
あの日、彼女は俺にそう言ってくれた。俺を求めてくれた。愛してくれた。
だが…俺は応えなかった。嫌いだったわけじゃない。むしろ好きだ。愛している。二年のときを経た今でも…
『エイジ!おきてよ!もう船着いちゃうよ』
「ピコか」
俺は心の相棒に声をかけられ目を開いた。『心の』というのは彼女が妖精の姿をしていて、俺以外の人間には姿も見えないし、声も聞こえないからだ。彼女はその小さな身体についた羽を使い、俺の目の前をチョロチョロしてる。
「今俺が寝起きだったらおまえを叩き落してるぞ」
『なんだ、起きてたの』
「少し昔の事を思い出してただけだよ」
『そっか、二年ぶりだもんね』
そうだ…二年だ。この国、ドルファンから追い出されて…
外国人排斥法、その突然で理不尽な法律によって俺はドルファンから追い出されたんだ。第二の故郷とまで思ってたのに…。しかし、この法律によってドルファンは他国の非難を浴びることになった。俺のような傭兵はほかの戦場に行けばよかったが、そうではない者たち、たとえば商人などは完全に路頭に迷った。
そして二年、外国人排斥法は廃された。やっと帰ることが許されたんだ。
俺は入国手続きを済ませ、港を歩いていた。
(ずいぶんと寂れてしまったな)
ドルファン港はすっかり姿を変えていた。以前のここは美しい港町だった。女の子とここでデートだってした。
(あいつともここに来たな…)
また彼女のことを思い出す。彼女は敵だった。少なくとも始めは彼女から見た俺は敵だったはずだ。俺はこの国を守るために戦っていた。何も知らなかったから。ドルファンを襲った敵、ヴァルファハラバリアンの隊長、デュノスは当時のドルファン王デュランの兄だった。国を、それも親によって追い出された憎しみ。デュノスの娘であった彼女もその憎しみを背負っていた。
ふと見まわすとずいぶん歩いていた。ピコは俺が考え事をしてることを察して黙っていてくれたらしい。ここは港のはずれだな。ん?あれは酒場か?
「入ってみるか」
『昼から酒ぇ?何考えてんのよ』
「酒場で情報収集は基本だろ」
中に入ると昼だというのに酒くさい。ま、酒場だからな。そうおもいつつカウンター席に座る。
「いらっしゃい」
「あまり強くないやつをたのむ」
「お前さん、傭兵ですかい」
「ああ、この国は二度目だ」
マスターが持ってきたグラスを傾けると、果実酒の甘い香りが鼻をくすぐった。
「寂れたな、この辺は」
「へえ、あんな法律できてから鎖国状態でしたからね。寂れもしますよ」
そりゃそうだ。あんな法律で世を乱した国となんてどこの国が貿易するだろう。
マスターが言葉を続ける。
「お前さんは外にいたからわからないかもしれませんがね、寂れたのはあの法律のせいだけじゃないんですよ。あの法律ができてからおかしいんです。王様の権力っていうかそうゆうのがなくなっちまって…」
俺はそれを聞いてなるほど、と思った。そもそもこの国の王家には直属の騎士団というものがない。この国の騎士はほとんどがピクシス家かエリータス家に属している。当然それによって王家は権力が衰える。それを防ぐための傭兵制だったのだが、外国人排斥法によって意味を消されたのだ。もうこの国の王家は形だけのものになってしまったということか。
ガシャーン!
「ん?」
何かが割れる音が聞こえた。見ると鎧を着た男がウェイトレスに詰め寄っていた。
「やめてください!!」
「いいじゃん、相手してくれよ」
ムシの好かない男だ。俺は立ち上がった。マスターが慌てた様子で俺の腕を掴んだ。
「手ぇ出さないほうがいいですよ。あれはピクシス家の騎士だ。殺されかねない」
俺はマスターの肩をたたいて手を離させると再びあのゲス野郎に顔を向け、言った。
「おい、やめてやれよ」
「なんだとコラァ!!…ん、なんだ兄ちゃん、外人かよ。へへっ、教えてやるぜ。この国じゃなぁ、騎士に逆らった奴ぁその場で死刑なんだよォ!」
男は腰の剣に手をかけた。
……………
男は剣に手をそえたまま動かない。その顔には驚きと恐怖が浮かんでいる。ウェイトレスとマスターも驚いたようだ。そこまでスゴイ事をしたつもりはないのだが…。
俺は男が剣を抜く前に男の首に白い刀身の刀を当てていた。
「う…あぁ…」
相当驚いたのだろう。男は声も出ない。
俺は言った。
「消えろ、血は見たくないだろ?」
「う、うわあぁ!!」
…逃げやがった。返事ぐらいしろよ!ったく…
いすに腰掛けるとマスターがうれしそうに声をかけてきた。
「おかわりおごりますよ?エイジさん」
「俺を知ってるのか?」
「知らないわけないでしょうに!白い刃の妖刀『天光』を持ち、あのヴァルファ八騎将すべてを一騎討ちで仕留めた剣士エイジ=アヤクラ!会えて光栄です。ささ、どうぞ」
マスターが酒をすすめてきた。
「おいおい、これから城へ行くんだ。そんなに飲めねーよ」
「城に…それじゃ酔わせるわけにはいきませんね」
「はは、また寄らせてもらうよ」
俺は酒場を後にした。
二年前とは違いドルファン城は一般開放されていた。
それだけ王家を神聖視する傾向が薄れたということだろうか。いや、違うだろうな。あの女が王になったんだ。楽しいからいい、とか言ってもっと無茶なことやってるかも…。
「御待ちしておりました、エイジ様ですね」
「ああ、そうだ」
「こちらへ」
謁見の間に通された。しかしそこに女王プリシラの姿はなく、かつての上司がいた。
「フン…久しいな東洋人」
「メッセニ中佐も御変わりなく」
「今は将軍という地位についている。気に入らんが貴様の上司だったおかげでな」
「相変わらずトゲのある言い方ですね」
だが俺はメッセニ中佐、もとい将軍が悪い人間ではないことを知っている。彼は誰よりもこの国を愛しているのだ。無愛想さはその裏返しといったところか。
「…プリシラ女王は奥で御待ちだ。食事も用意してある」
メッセニが扉を開いた。
「おおっ」
思わず声をあげてしまった。失礼なことだが、着飾って歓迎してくれているプリシラより豪華料理に目がいってしまう。何日かの船旅で食に飢えていたらしい。
「お久しぶりですね。エイジ」
声をかけられ俺ははっとして会釈をした。
「再びお会いできて光栄です。陛下」
「ふふっ、そんなに気張らなくてもいいわよ。さ、食べましょ」
満面の笑みを浮かべ、プリシラは言った。俺とメッセニも席についた。ふと、ひとつ余った席が目に付いた。
「まだ誰か来るのですか?席が余ってますが…」
「ええ、近衛兵長が来ます。遅いわね」
「近衛兵団ですか」
そんなものが作られていたか。よく考えれば当然か。
「遅くなりました」
背後から…先刻、入ってきた扉から声が聞こえた。それと同時に俺の手が止まる。俺の耳に入ってきたその声は、俺の思考と行動のすべてを遮断した。振りかえる、あいつの姿を確かめる為に。
「ライズ…」
俺の期待を裏切り、確かにライズがそこに居た。
「久しぶりね」
俺の動揺をよそにライズは短く挨拶した。二年前と少しも変わらないその挨拶はほんの少し、俺を安心させた。
「ねえねえエイジ、あなた二年間何してたの?」
「スィーズランドに行ってました。いいとこでしたよ」
「ふん、観光に行ったわけではないだろう」
「まあそうですが。でも戦はありませんでしたよ」
……………
他愛ない話題がしばらく続いた。そして急にプリシラが真剣な顔をした。
「エイジ、ピクシス家を知っていますね」
「ええ…」
「ピクシス家の活動がだんだん過激になってきています」
「というと?」
俺の質問にライズが答える。
「少し前まではプリシラ様が元ピクシス家の人間という事を利用し、その権力を維持しているに過ぎなかった。それが変わったのよ。ピクシス家は王家に成り代わろうとしている」
「そんなことが可能なのか?」
「王家とは、ある意味、民によって作られる物よ。民が支配者を決める」
「それはわかる。民は認めたのか聞いてる」
俺の問いに対する返事が来ない。いや、この沈黙が返事だろう。
民は理解しているのだ。もはや王家にピクシス家の暴挙を抑える力はなく、ピクシス家を支配者と認めるしかないと。
「それで…俺に何をしろと?」
「近衛兵団に入ってほしい」
短くメッセニが答える。
「悪い話ではないでしょう?それとも…」
「考えさせてくれ」
プリシラの言葉を遮り俺は立ち上がった。食事は終わっている。俺は部屋を出ようと扉に手をかけた。
「エイジ!」
ライズが声をあげた。
「…なんだ?」
「後で…部屋に行くわ」
「わかった」
外に出ると強い風が吹いていた。
俺は少し笑った。ライズの腰に携えられた東洋の剣を思い出して…。俺がかつて譲った妖刀『天影』。俺の天光と対を成す黒い刀身の刀だ。もともと俺は二刀流だった。天の二刀という白と黒の刀を使う。この国を出る少し前に彼女に天影を譲った。二人をつなぐものとして…
(まさかそれを使ってしまうとはな…)
彼女の剣の腕と天影があれば出世は当たり前か。
『やっぱりピクシス家は行動を起こしてきたね』
「ああ、恐れていた通りだ」
ピコは普段より声が高い。今日はあまりしゃべる機会がなかったからだろう。
そんなことを思いながら俺は世話になる宿舎へと足を急いだ。
<あとがき>
いやー、いろいろいじっちゃいました。今回どうしても悪役というかそういうのか欲しかったのでピクシス家に一役買ってもらいました。セーラ嬢さんは病気が悪化して死去、という形を取らせてもらっています。セーラファンの方申し訳ございません。
後編は戦闘が主体となります。あとエイジがなぜ、愛しているはずのライズを置いていったのか。という事が明らかになります。呼んでくれた方、続き気になるでしょ?次も読んどけ!