ごすっ!
船室に戻った瞬間、ベッドに置いてあった枕が、彼…カミル=ニールの顔面を直撃する。
「ぐはっ!」
彼は苦鳴を漏らしながら、数歩たたら踏む。
「よし!命中!」
「『よし!』じゃないっ! いきなり何をする、ピコ!?」
彼は枕を床に叩きつけながら、叫ぶ。
その視線の先には、全長が彼の顔ぐらいしかない妖精(?)がいた。
妖精だと彼が認識している理由はひとつ。…薄く透き通った羽を持ち、肩に乗るくらい小さいからである。
ソイツの名前はピコといい、カミルの十年来の相棒…らしい。
「いや、元気が出るかな〜っと思って」
「もうちょっと方法を考えてくれ…」
言いながら、彼は枕を持ち上げ、ベッドに放り投げる。ポスッとそれはベッドに落ちる。
同時に落ちた沈黙の間に、カミルはベッドに腰掛ける。
ハァ…
ため息が漏れる。
ピコはカミルの肩に乗り、気遣うように彼の髪を撫でる。
「…髪、伸びたね」
ポツリと、ピコがつぶやく。
「ああ。今年はまだ髪を切ってないからな。いっそのこと、腰ぐらいにまで伸ばしてやろうか」
冗談めいた口調で言う彼に、ピコは痛々しい目を向けて、
「…彼女のこと…気にしてるの?」
「…そう、聞こえるか?」
「うん…」
「そっか」
カミルはか細くつぶやくと、懐から何かを取り出す。
稚拙なオモチャのネックレス
それは、彼が今、もっとも大切にしている物のひとつだった。
「…忘れなよ」
「え?」
それを静かに見つめていた彼は、唐突な言葉に目を丸くする。
「キミがそんなモノを背負うことはないよ」
「………」
「忘れて…また、歩こうよ。いつもみたいにさ…」
フッ
思わず、彼の口元に笑みが浮かぶ。
「いーんだよ。俺は傭兵なんだから。この先、こんな想いを背負うことはない。だから……今、背負ってみても…いーんだよ」
カミルは、半ば投げやりな口調で言う。
彼女のことを忘れる気はサラサラないから
「………キミってさ…そうやって抱え込むから………」
コンコン!
ピコの言葉半ばで、ノックの音が響く。
カミルは素早く愛刀に手を置き、ピコは彼の体から離れる。
─―─気配にまるで気づかなかった…。相当の相手だ。
彼は相手をそう認識し、表情を変える。戦場で生きる者の顔に…。
「…だれだ?」
油断なくつぶやく彼に、ドア越しの相手は、
「…貴方に…頼みたいことがあります」
そう静かな女の声で返した。
「…ハイ?」
思わず、間の抜けた声をだすカミル。張り詰めた空気を、その声が一瞬だけ崩す。
「依頼なら…別に気配を消す必要はないんじゃないか?」
「私には、これが普通なので…」
───アサシンか何かか…? 女のアサシンっていうのも珍しいものじゃないしな…
「入っても、よろしいでしょうか?」
思考の途中で、声はまた問いかけてくる。
「…部屋に入れた瞬間、襲いかかってくる、なんてことはないよな?」
「その気があるのなら、奇襲をかけています」
ふと気づくと、彼はドアにカギをかけるのを忘れていた。
「…それに…私は、あなたを殺すような命令は受けていません」
「なるほど」
「部屋に入れる気なの?!」
納得した声を出すカミルに、ピコは叫ぶように言う。
彼は、ちらりと彼女のほうを見て、かるくウィンクする。
「部屋に入った瞬間、危害をくわえる気が起きないと言うのなら、入れ」
「そう言われると、気が起きるので、入れませんね」
……………
「冗談です。では、入ります」
「いや、おいちょっと待て」
静止の声を無視して、ドアが開く。
それを見た瞬間、カミルは目を丸くする。
そこにいたのは、ワインレッド色の長い髪をポニーテールした、カミルよりいくつか年下に見える少女がいた。