第一章「船上」


ごすっ!

 

船室に戻った瞬間、ベッドに置いてあった枕が、彼…カミル=ニールの顔面を直撃する。

「ぐはっ!」

彼は苦鳴を漏らしながら、数歩たたら踏む。

「よし!命中!」

「『よし!』じゃないっ! いきなり何をする、ピコ!?」

彼は枕を床に叩きつけながら、叫ぶ。

その視線の先には、全長が彼の顔ぐらいしかない妖精(?)がいた。

妖精だと彼が認識している理由はひとつ。…薄く透き通った羽を持ち、肩に乗るくらい小さいからである。

ソイツの名前はピコといい、カミルの十年来の相棒…らしい。

「いや、元気が出るかな〜っと思って」

「もうちょっと方法を考えてくれ…」

言いながら、彼は枕を持ち上げ、ベッドに放り投げる。ポスッとそれはベッドに落ちる。

同時に落ちた沈黙の間に、カミルはベッドに腰掛ける。

ハァ…

ため息が漏れる。

ピコはカミルの肩に乗り、気遣うように彼の髪を撫でる。

「…髪、伸びたね」

ポツリと、ピコがつぶやく。

「ああ。今年はまだ髪を切ってないからな。いっそのこと、腰ぐらいにまで伸ばしてやろうか」

冗談めいた口調で言う彼に、ピコは痛々しい目を向けて、

「…彼女のこと…気にしてるの?」

「…そう、聞こえるか?」

「うん…」

「そっか」

カミルはか細くつぶやくと、懐から何かを取り出す。

稚拙なオモチャのネックレス

それは、彼が今、もっとも大切にしている物のひとつだった。

「…忘れなよ」

「え?」

それを静かに見つめていた彼は、唐突な言葉に目を丸くする。

「キミがそんなモノを背負うことはないよ」

「………」

「忘れて…また、歩こうよ。いつもみたいにさ…」

フッ

思わず、彼の口元に笑みが浮かぶ。

「いーんだよ。俺は傭兵なんだから。この先、こんな想いを背負うことはない。だから……今、背負ってみても…いーんだよ」

カミルは、半ば投げやりな口調で言う。

 

  彼女のことを忘れる気はサラサラないから

 

「………キミってさ…そうやって抱え込むから………」

コンコン!

ピコの言葉半ばで、ノックの音が響く。

カミルは素早く愛刀に手を置き、ピコは彼の体から離れる。

─―─気配にまるで気づかなかった…。相当の相手だ。

彼は相手をそう認識し、表情を変える。戦場で生きる者の顔に…。

「…だれだ?」

油断なくつぶやく彼に、ドア越しの相手は、

「…貴方に…頼みたいことがあります」

そう静かな女の声で返した。

「…ハイ?」

思わず、間の抜けた声をだすカミル。張り詰めた空気を、その声が一瞬だけ崩す。

「依頼なら…別に気配を消す必要はないんじゃないか?」

「私には、これが普通なので…」

───アサシンか何かか…? 女のアサシンっていうのも珍しいものじゃないしな…

「入っても、よろしいでしょうか?」

思考の途中で、声はまた問いかけてくる。

「…部屋に入れた瞬間、襲いかかってくる、なんてことはないよな?」

「その気があるのなら、奇襲をかけています」

ふと気づくと、彼はドアにカギをかけるのを忘れていた。

「…それに…私は、あなたを殺すような命令は受けていません」

「なるほど」

「部屋に入れる気なの?!」

納得した声を出すカミルに、ピコは叫ぶように言う。

彼は、ちらりと彼女のほうを見て、かるくウィンクする。

「部屋に入った瞬間、危害をくわえる気が起きないと言うのなら、入れ」

「そう言われると、気が起きるので、入れませんね」

……………

「冗談です。では、入ります」

「いや、おいちょっと待て」

静止の声を無視して、ドアが開く。

それを見た瞬間、カミルは目を丸くする。

そこにいたのは、ワインレッド色の長い髪をポニーテールした、カミルよりいくつか年下に見える少女がいた。

 

 

続く……


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