4.テディー・アデレードの日常


 いけ! そこだ! そう、一気に畳み込め!

 ……あ〜ん、何よもう、弱すぎるったら。

 こんな馴れ合いの試合見たって楽しくないわ。次こそもっと迫力のある試合だといいんだけど。

 あ、すみませ〜ん、こっちこっち、ビールとポップコーンお願いしま〜す。

 さあ、楽しませてね、戦士さんたち。特に黄色いハチマキの戦士さん。大きな声では言えないけど、あなたには大金賭けたんだから。ああ、燃えてくるわ。さあっ、行け!

 あーあ、財布は軽いのに気持ちは重いわ。

 夜勤明けだってのに、ちょっとはしゃぎすぎたかしら。少し胸が苦しい。そこのベンチで5分だけ休んでいこう。

 それにしてもつまらない試合ばかり。どうしてみんな、あんなに弱いのかしら。

 あの人は強かったわ。そりゃあ、プロの傭兵だもの、闘技場で見世物になってるアイドル剣士たちとはわけが違うんだろうけど。

 そう、あの人は強いだけじゃなくて、なんかこう、美しかったのよね。あの剣さばき、見ているだけで惚れ惚れしたわ。それに、ああ見えてけっこう、タフだったのよね。う〜ん、思い出しただけでゾクゾクするわ。もう二度と見られないのかしら。それが心残り。

 そういえば、いつの会戦のときだったかしら。大怪我して、血だらけになってうちの病院に運び込まれてきたことがあったっけ。

 なんでも敵の大将と一騎討ちして、相打ちになったらしいけど。

 胸から腰にかけて大きな傷口がぱっくり開いて、押さえても押さえても血が止まらなくて。

 なのにその手に持ったあのエキゾチックな剣だけは、決して離そうとはしなくて。

 こう言っちゃあなんだけど、あの時の姿、そそられたわ。

 うふふ、マジメでお堅いテディー・アデレードさんがこんなこと考えてるなんて、たぶん誰も思わないでしょうね。

 こういうの、フェティシズムって言うのかしら。

 でもあの人の立ち姿も、剣の構えも、ふと振り向いたときの些細な仕草さえ、美しかったわ。

 凛として。清らかで。しなやかに強くて。

 優等生の仮面をかぶったまま人を欺いて生きる私の心まで、あの人の光が清めてくれるような気がしたわ。

 私、あの人のそばにいるだけで救われていたの。

 ああ、もう一度見たいわ、あの人の姿。会いたいんじゃないの、見たいだけ。遠くで見てるだけがいい。

 そうね、私、あの人のファンだったのね。

 あの人を見ているだけで、胸がどきどきした。あの人と視線が合っただけで、気絶しそうなくらいうれしかった。

 目をつむると、あの人の後ろ姿が浮かぶの。決してこの手の届かない、どこか遠くへ行こうとしているあの人の後ろ姿が。

 そしてその隣には、あの少女の姿。あの人の横にいるのは私じゃない誰か。

 いいの、私は1ファンなんだから。見てるだけでいいの。見てるだけがいいの。

 でも、もう、ただ見ることさえかなわないのね。

 今聞こえたのは、汽笛の音?

 ああ、行ってしまう。汽笛の余韻が消えていく。

 今にも走り出しそう。だめよ、私は行くべきではないわ。

 ここで祈るの。あの人と、あの少女の幸せを。

 嫉妬なんて、1ファンのするべきことではないわ。

 ファンはファンらしく、大好きな人の幸せだけを、ひたすらに祈るの。

 財布は軽いのに気持ちは重いわ。久々の非番だからって、ハメをはずしすぎたみたい。

 そうね、きっとはしゃぎすぎたせいね。

 胸が、苦しいのは――。


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