「去り行く黒豹」(仮) 第1話

作者:いよかん


「豹介よ、汝に騎士の最高位である聖騎士の称号を与える」

国王陛下の声が王の間に響くと、周りから一斉に拍手が起こった。

傭兵部隊の中でこの称号を貰ったのは俺だけだった。

たけど、嬉しさの欠片も沸き上がってはこない……。

脇腹の傷の痛みと空しさしか感じない。

今の俺にとって、称号は何の価値も無い。

この国で、それ以上に大切なものを失ってしまったのだから……。

 

俺は明日でこのドルファン王国を出る……。

いや…正確には追い出されると言った方が良いのかもしれない。

新しく出来た法律、「外国人排斥法」。

これによって、ドルファン国籍を持たない全ての外国人は、明日でこの国を出なければならない。

たとえどんな立派な称号を持っていても、どんな立場でいても同じだ。

現に、こうして騎士の最高位である正式の称号を授与されても、特別扱いされる事はなかった。

もっとも、この「外国人排斥法」が施行されなかったとしても、俺はこの国を出るつもりだった。

授与式が終わり、俺は宿舎に着いた。そして自分の家のドアを開ける。

「お帰りなさい」

ピコが机の上に座って待っていた。

「どうだった?授与式は」

「聖騎士の称号を貰ったよ」

俺はぶっきらぼうに言う。

「おめでとう。すごいじゃない。その称号はなかなか貰えるものじゃないんでしょ?」

ピコはそう言って微笑んだ。

「ありがとう」

俺も、同じように微笑んで言った。

そして、刀をまとめてある荷物のところに置き、元からあったベッドに寝転んだ。

ピコはフワリと浮いて俺の枕元に座った。ピコは俺の両手サイズの大きさだが、ベッドが少し沈んだ。

俺は「ふぅ…」と一息つく。同時に脇腹の傷が痛んだ。

「くっ…」

苦痛で俺の顔が少し顔が歪む。

「やっぱり、まだ痛むの?」

ピコは少し心配そうに覗き込んでいた。

「大した事はない」

強がってはみたが、本当は結構痛い。短剣で刺されたのだから、当然と言えば当然だ。

「ねぇ…やっぱり病院にいた方が……?」

「平気だ…心配するなっ」

「豹介……」

「本当に大丈夫さ。とりあえず、今日はもう寝させてくれ…」

「う…うん……」

ピコは仕方なさそうな顔をして、枕元に置いてある、俺が昔作ったベッドに潜り込んだ。

それを確認した俺は目を閉じた。

『豹介さん……私…あなたのこと……ずっと………』

『豹介……どうして……どうしてあなたは傭兵だったの!?』

脳裏に響く言葉。頭の中に何度も何度もリフレインしていく。そして脇腹の傷が痛みを発した。

 

次の日の朝。

俺はまとめてあった荷物を肩に担ぐ。そして、三年間世話になったこの部屋をもう一度見回した。

ガランとしていて、俺の物はもう何一つ残っていない…。

俺が購入した家具などは古道具屋に売り飛ばし、他のものは知り合いなどにあげたりして処分した。

他に残っているとしたら……それは、思い出くらいなものだ。

だが、その思い出もドルファンに置いていく……。俺が、このドルファンに来てからの三年間を…。

今までは、他の国へ流れていく時はそれが当たり前だった。

だが、今度だけは上手く気持ちを抑えられない……。

寂しさ、悲しみ、苛立ち……。そして、二人の少女への想い…。それらの感情に押しつぶされ、狂いそうになる。

この国へ来てから、俺も随分と弱くなったものだ……。

各国の軍隊や裏の組織、他の傭兵達に「黒豹」と恐れられたこの俺がな……。自嘲の笑いが出てくる。

「さて、行くか……」

俺はドアを開けた。部屋を出て階段の方へと歩く。そして階段の下を見下ろしてみる。

すると、二人の少女が階段を登って来るのが見えた。

「っ!?」

俺は思わず立ち止まり、

「ソフィア……ライズ……」

その二人の少女の名をつぶやく。

愛しい恋人と、愛しい妹……。

二人とも、笑顔を浮かべながら階段を登ってくる。

そして俺を通り過ぎ、合鍵を使って俺の部屋のドアを開ける。そこでスーッと二人の幻影は消えた。

 

そう……つい最近までそう言った日々が続いていた。

俺はよくソフィア・ライズの二人と共にいて、休日の朝になると、こんな感じに俺の部屋に押しかけていた。

俺は、ここまで人を愛した事はなかった。それに、本気で楽しいと初めて感じた時だった。

だが、もう……そうする事も出来ない………。

その少女たちは、俺の側から離れていってしまった。

「くっ……」

絶対に流すまいと思っていた涙が、零れ落ちた。そのまま涙を拭わずに階段を降りていく。

一度だけ宿舎を振り返ると、そのまま港へと歩き出した。

もう…これで戻る事は出来ない…。後はこのまま港へ行き、スィーズランド行きの船へ乗るだけだ…。

そしてこの国での思い出は、全て幻となるだろう……。でも、俺はそれでも構わない。

『思い出が、全て美しいと思ったら、それは大きな間違いだ。』

以前、俺の友人が言っていた言葉だが、まさしくその通りだった。

「……ソフィア…」

俺は、愛した少女の名を呟いた。

 

ソフィアには婚約者がいた。エリータス家の三男のジョアンという奴だ。

ソフィアの父親はエリータス家に多額の借金をしていて、その為にソフィアはジョアンの婚約者にされていた。

ソフィアは明日、そいつと結婚してしまう…。

俺は、一度は彼女を奪う事も考えた。エリータス家を始め、ドルファン全てを敵に回しても……と。

だが、そんな事をしてソフィアを奪ったとしても、それで彼女を幸せにできるのか?

答えはノーだ。

今まで人を殺してきた俺に、そんな事は出来ない…。

それに、ジョアンのところにいれば、何不自由無く暮らせる。そして、いつかは夢を掴む事もできるだろう。

だが俺のところにいると、それは夢物語で終わってしまう。

(ならば、このままトルファンを出て行こう……)

俺は、そう心に決めた。

 

ついに港に到着した。

この港は、俺がドルファンに着いたばかりの時に、ソフィアと初めて出会った場所だ。

ここで俺はチンピラに囲まれていたソフィアを助けた。それがソフィアとの馴れ初めであった。

そしてそれをきっかけにソフィアとの付き合いが始まった。

(幸せだったあの日々の原点は、この港からだった……)

遠い過去を思い出しながら船へと歩いてゆく。気付くと桟橋が近づいていた。

(いよいよか………)

そう思った時だった。

後ろから誰かが走ってくる足音が聞こえた。そしてその足音は、まっすぐ俺の方へと近づいてくる…。

(刺客か!?)

俺は素早く振り返った。それと同時に足音が止まった。

その瞬間、俺は時間が止まったように感じた。

「……ソフィア……」

俺は唖然としながら彼女の名を呟いた。

そこには、最愛の少女が息を切らせて立っていた。

「豹介さん。……私、来てしまいました」

ソフィアは、いたずらっ子のような笑みを浮かべて言った。

「なっ……なぜここに……?」

俺はそれしか言えなかった。

「……豹介さん。………わ、私を、私を連れていってください」

ソフィアはは真正面から俺の顔を見据えている。

「…………残された人達はどうするんだ?」

ソフィアは目を少し横へそらし、そして意を決したようにまた俺の方を見た。

「私……今まで、誰かの為に自分を押し殺して生きてきました。

 でもこれからは……自分の為に…いえ、あなたと私の為に生きていきたい……」

その目には、強い意志が感じられた。

「………」

「………」

そして俺がかろうじて出たのは一言だけだった…。

「後悔するぞ……」

「…構いません。……あなたと共に生きていられるのなら……」

俺は言葉が出なかった。

今まで、何をするにも控えめで自分の意見も言わなかったのに、

そのソフィアが家を、そして生まれ育ったドルファンを捨てるというのだ。

俺は一瞬戸惑ったが、ソフィアの気持ちに答える事を決意したのだ。

「行こう、ソフィア……」

俺はソフィアに手を差し出す。

「はいっ!」

ソフィアは右手をそっと伸ばし、俺の手に重ねた。

このとき俺は、地平線に沈み行く太陽を見ながら二つの事を思った。

『自分とソフィアの為に生きていきたい……』

『俺たちの行く手を阻むものは、容赦無く叩き潰す!』

 

続く


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