「豹介よ、汝に騎士の最高位である聖騎士の称号を与える」
国王陛下の声が王の間に響くと、周りから一斉に拍手が起こった。
傭兵部隊の中でこの称号を貰ったのは俺だけだった。
たけど、嬉しさの欠片も沸き上がってはこない……。
脇腹の傷の痛みと空しさしか感じない。
今の俺にとって、称号は何の価値も無い。
この国で、それ以上に大切なものを失ってしまったのだから……。
俺は明日でこのドルファン王国を出る……。
いや…正確には追い出されると言った方が良いのかもしれない。
新しく出来た法律、「外国人排斥法」。
これによって、ドルファン国籍を持たない全ての外国人は、明日でこの国を出なければならない。
たとえどんな立派な称号を持っていても、どんな立場でいても同じだ。
現に、こうして騎士の最高位である正式の称号を授与されても、特別扱いされる事はなかった。
もっとも、この「外国人排斥法」が施行されなかったとしても、俺はこの国を出るつもりだった。
授与式が終わり、俺は宿舎に着いた。そして自分の家のドアを開ける。
「お帰りなさい」
ピコが机の上に座って待っていた。
「どうだった?授与式は」
「聖騎士の称号を貰ったよ」
俺はぶっきらぼうに言う。
「おめでとう。すごいじゃない。その称号はなかなか貰えるものじゃないんでしょ?」
ピコはそう言って微笑んだ。
「ありがとう」
俺も、同じように微笑んで言った。
そして、刀をまとめてある荷物のところに置き、元からあったベッドに寝転んだ。
ピコはフワリと浮いて俺の枕元に座った。ピコは俺の両手サイズの大きさだが、ベッドが少し沈んだ。
俺は「ふぅ…」と一息つく。同時に脇腹の傷が痛んだ。
「くっ…」
苦痛で俺の顔が少し顔が歪む。
「やっぱり、まだ痛むの?」
ピコは少し心配そうに覗き込んでいた。
「大した事はない」
強がってはみたが、本当は結構痛い。短剣で刺されたのだから、当然と言えば当然だ。
「ねぇ…やっぱり病院にいた方が……?」
「平気だ…心配するなっ」
「豹介……」
「本当に大丈夫さ。とりあえず、今日はもう寝させてくれ…」
「う…うん……」
ピコは仕方なさそうな顔をして、枕元に置いてある、俺が昔作ったベッドに潜り込んだ。
それを確認した俺は目を閉じた。
『豹介さん……私…あなたのこと……ずっと………』
『豹介……どうして……どうしてあなたは傭兵だったの!?』
脳裏に響く言葉。頭の中に何度も何度もリフレインしていく。そして脇腹の傷が痛みを発した。
次の日の朝。
俺はまとめてあった荷物を肩に担ぐ。そして、三年間世話になったこの部屋をもう一度見回した。
ガランとしていて、俺の物はもう何一つ残っていない…。
俺が購入した家具などは古道具屋に売り飛ばし、他のものは知り合いなどにあげたりして処分した。
他に残っているとしたら……それは、思い出くらいなものだ。
だが、その思い出もドルファンに置いていく……。俺が、このドルファンに来てからの三年間を…。
今までは、他の国へ流れていく時はそれが当たり前だった。
だが、今度だけは上手く気持ちを抑えられない……。
寂しさ、悲しみ、苛立ち……。そして、二人の少女への想い…。それらの感情に押しつぶされ、狂いそうになる。
この国へ来てから、俺も随分と弱くなったものだ……。
各国の軍隊や裏の組織、他の傭兵達に「黒豹」と恐れられたこの俺がな……。自嘲の笑いが出てくる。
「さて、行くか……」
俺はドアを開けた。部屋を出て階段の方へと歩く。そして階段の下を見下ろしてみる。
すると、二人の少女が階段を登って来るのが見えた。
「っ!?」
俺は思わず立ち止まり、
「ソフィア……ライズ……」
その二人の少女の名をつぶやく。
愛しい恋人と、愛しい妹……。
二人とも、笑顔を浮かべながら階段を登ってくる。
そして俺を通り過ぎ、合鍵を使って俺の部屋のドアを開ける。そこでスーッと二人の幻影は消えた。
そう……つい最近までそう言った日々が続いていた。
俺はよくソフィア・ライズの二人と共にいて、休日の朝になると、こんな感じに俺の部屋に押しかけていた。
俺は、ここまで人を愛した事はなかった。それに、本気で楽しいと初めて感じた時だった。
だが、もう……そうする事も出来ない………。
その少女たちは、俺の側から離れていってしまった。
「くっ……」
絶対に流すまいと思っていた涙が、零れ落ちた。そのまま涙を拭わずに階段を降りていく。
一度だけ宿舎を振り返ると、そのまま港へと歩き出した。
もう…これで戻る事は出来ない…。後はこのまま港へ行き、スィーズランド行きの船へ乗るだけだ…。
そしてこの国での思い出は、全て幻となるだろう……。でも、俺はそれでも構わない。
『思い出が、全て美しいと思ったら、それは大きな間違いだ。』
以前、俺の友人が言っていた言葉だが、まさしくその通りだった。
「……ソフィア…」
俺は、愛した少女の名を呟いた。
ソフィアには婚約者がいた。エリータス家の三男のジョアンという奴だ。
ソフィアの父親はエリータス家に多額の借金をしていて、その為にソフィアはジョアンの婚約者にされていた。
ソフィアは明日、そいつと結婚してしまう…。
俺は、一度は彼女を奪う事も考えた。エリータス家を始め、ドルファン全てを敵に回しても……と。
だが、そんな事をしてソフィアを奪ったとしても、それで彼女を幸せにできるのか?
答えはノーだ。
今まで人を殺してきた俺に、そんな事は出来ない…。
それに、ジョアンのところにいれば、何不自由無く暮らせる。そして、いつかは夢を掴む事もできるだろう。
だが俺のところにいると、それは夢物語で終わってしまう。
(ならば、このままトルファンを出て行こう……)
俺は、そう心に決めた。
ついに港に到着した。
この港は、俺がドルファンに着いたばかりの時に、ソフィアと初めて出会った場所だ。
ここで俺はチンピラに囲まれていたソフィアを助けた。それがソフィアとの馴れ初めであった。
そしてそれをきっかけにソフィアとの付き合いが始まった。
(幸せだったあの日々の原点は、この港からだった……)
遠い過去を思い出しながら船へと歩いてゆく。気付くと桟橋が近づいていた。
(いよいよか………)
そう思った時だった。
後ろから誰かが走ってくる足音が聞こえた。そしてその足音は、まっすぐ俺の方へと近づいてくる…。
(刺客か!?)
俺は素早く振り返った。それと同時に足音が止まった。
その瞬間、俺は時間が止まったように感じた。
「……ソフィア……」
俺は唖然としながら彼女の名を呟いた。
そこには、最愛の少女が息を切らせて立っていた。
「豹介さん。……私、来てしまいました」
ソフィアは、いたずらっ子のような笑みを浮かべて言った。
「なっ……なぜここに……?」
俺はそれしか言えなかった。
「……豹介さん。………わ、私を、私を連れていってください」
ソフィアはは真正面から俺の顔を見据えている。
「…………残された人達はどうするんだ?」
ソフィアは目を少し横へそらし、そして意を決したようにまた俺の方を見た。
「私……今まで、誰かの為に自分を押し殺して生きてきました。
でもこれからは……自分の為に…いえ、あなたと私の為に生きていきたい……」
その目には、強い意志が感じられた。
「………」
「………」
そして俺がかろうじて出たのは一言だけだった…。
「後悔するぞ……」
「…構いません。……あなたと共に生きていられるのなら……」
俺は言葉が出なかった。
今まで、何をするにも控えめで自分の意見も言わなかったのに、
そのソフィアが家を、そして生まれ育ったドルファンを捨てるというのだ。
俺は一瞬戸惑ったが、ソフィアの気持ちに答える事を決意したのだ。
「行こう、ソフィア……」
俺はソフィアに手を差し出す。
「はいっ!」
ソフィアは右手をそっと伸ばし、俺の手に重ねた。
このとき俺は、地平線に沈み行く太陽を見ながら二つの事を思った。
『自分とソフィアの為に生きていきたい……』
『俺たちの行く手を阻むものは、容赦無く叩き潰す!』
続く