「う〜ん。ま、味はなかなかってとこね」
この台詞を聞いた瞬間、俺、高坂敦真はこいつを連れて店に入った事を猛烈に後悔した。
ここはベッヘル。ドルファンにもその名を轟かせる、超一流レストランである。そこでプリシラのこの台詞……従業員の視線が痛い。はっきり言って、痛すぎる。
俺は一縷の救いを求めてピコを探す。
いない。逃げやがった。
「おい、プリシラ…お前から入るって言っておいて、それはないんじゃないか?」
「私は正直な感想を述べただけよ?感謝されても恨まれる筋合いは無いわ」
……あかん。この女、王宮育ちが災いして一般常識に欠けているのは解っていた。が、時と場合も考えちゃいない!
一瞬、プリシラが王位に就いた時の事を考える……ドルファンは終わっていたかもしれないな。考える俺は半ば以上本気だ。
もう何も考えずにただひたすら食事に徹しよう。そう考え、それを実戦しようとしたその時だった。
「ここ、相席よろしいかしら?」
そういって返事を聞くことなくプリシラの隣に座る女。
図々しい。一言言ってやろうか?そう思って顔を上げた、その時。
「お久しぶりね、アツマ」
「ラ、ライズ?お前どうして……」
「ちょっとライズ!久しぶりじゃない……どうしたの?こんなところで?」
先を越された一言。顔を上げたそこにいたのは、よく見知った顔だった。
ライズ・ハイマー。いや、ライズ・ヴォルフガリオ。
今は亡き全欧最強の傭兵団、ヴァルファバラハリアン軍団長の娘。そして数週間前、この俺と剣を交えた相手……ヴァルファ八騎将の一人、“隠密のサリシュアン”。
スィーズランドに戻ると言っていたが、まさかこんなところで出会うとは思っても見なかった。ちなみに彼女はプリシラの従妹にあたる。
「偶然ね、ライズ。元気してた?」
俺の知らないところで親交があったらしく、プリシラが親しそうに声をかける。
なんとなく和やかな感じになってきた。そう思っていた俺はまだ甘かった。
「偶然?違うわね。私はアツマを待っていたのよ。“ドルファンの黒い牙”と謳われた、東洋人の傭兵のことをね…」
その一言にプリシラと俺の顔つきが怪訝なものになる。
待っていた?俺を?それも“黒い牙”としての俺を?
ライズの顔つきは真剣そのものだ。もとより彼女は冗談でこんな事を言う性格じゃない。それは俺自身、よく知っている事だ。
傭兵としての嗅覚に引っかかるものがある。それを感じた俺は浮かんでいる表情が引き締まっていくのを感じた。
「なら、場所を変えたほうがいいだろう」
そういって席を立とうとした俺を制止したのは、話を振ってきた当のライズだった。
「まだ食事が残っているわ。貴方、昔『出された物は全ておいしくいただく主義だ』とか言っていたわよね?」
そういった彼女の顔はいつも通り、感情を読ませにくい表情のままだった。
ちなみにプリシラなどは、俺が立とうとした事にも気づかずに料理を平らげている。
『君も女運があるんだかないんだか、大変だねぇ』
いつのまにか帰ってきていたピコが、しみじみとした様子で首を上下に振りながら呟く。
俺が叫びだしたい衝動に駆られたのは言うまでもない。
「で、貴方達がドルファンを出たのは何日の何便かしら?」
それが食事を終え、話をする為に宿に帰ってきた俺たちに対するライズの第一声だった。
「何よ。それがどうしたのよ?」
案の定、疑問を確かめずにはいられない性格のプリシラがライズに質問を返す。
「それによって何処から説明すべきなのか変わるのよ」
「3月16日の始発……午前6時頃の便だ。プリシラがいたからな、早くに出た」
「それじゃ、最初から話さなければいけないようね」
それが面倒なのか、ライズは溜め息を一つついた。プリシラもこれから始まる話に緊張を隠せない様子でライズのほうに集中している。
そして、ライズは話し始めた。
「ジョアン・エリータス。知っているわよね?」
「……あの腐ったエリータスの三男坊のこと?」
「ジョアン?あいつがどうしたんだ」
ジョアン・エリータス。旧家の両翼の片方、エリータス家の三男坊。権力はないが、エリータス家を牛耳る母親の庇護の下にやりたい放題やっている、ドルファンの腐った騎士の代表、見本のような男だ。
それに奴は婚約者の少女・ソフィアに関して、おれに含みを持っていた。最後は俺との一騎討ちに敗れて、ソフィアとともに去っていったのだが……
「そのジョアンが何かしでかしたのか?」
「3月15日深夜、刺殺体で発見されたわ」
「な!?」
最悪の展開に俺もプリシラも言葉がない。3月15日といえば、結婚式の当日だったはずだ。
「しかしそれだったら、傭兵の出国も一時停止されるはずだろう!三男坊とはいえ、旧家の人間が殺されたんだ、旧家が動かないはずがない!」
「…旧家だから動かなかったのよ。旧家の両翼が押し通すことによって外国人排斥法を施行した。だから例え彼を殺したのが傭兵の仕業であったとしても、出国を停止させたら旧家の矜持に傷がつくもの。あいつらにとっては三男の命よりも、プライドの方が重いのよ……」
俺の疑問に答えたのは、ライズではなく横にいるプリシラだった。それも吐き捨てるような口調で。プリシラも旧家の被害者である以上、彼らのこうした態度に嫌悪感を隠せないのだろう。
「でも、なんでライズがそんな事知ってるのよ?あたし達ですら知らなかったのに…」
「ここを何処だと思っているの。ここは永世中立国のスィーズランドよ。永世中立を保つ為に、軍備と情報収集能力の面では近隣諸国の比ではないわ」
感心したような顔のプリシラ。それを横目にライズは話を続けた。
「そして、容疑者も数名挙げられたわ。その中にはアツマ、貴方の名前も入っていたわ」
「ま、順当なところだな……」
「どうしてよ!なんでアツマが容疑者に挙げられて、しかもそれが順当なのよ」
プリシラが抗議めいた視線をこっちによこす。
「あいつは俺に含みを持っていた。しかもその一週間前に一騎討ちまでしている。最有力容疑者であっても驚きゃしないさ」
俺の言葉に過敏に反応したのは、何故かライズだった。
いきなり彼女に襟を引っ張られて耳元で何事かを囁かれる。
(アツマ。一週間前って、もしかして……)
(ん。ああ、君との勝負のあと、兵舎に戻ったら果たし状が来てたんだ。ま、君に比べれば遥かに楽な相手だったよ)
「まったく、あきれたわね」
表情は変わっていないが、声からすると本当に呆れているらしい。
「何よ何よ二人してあたしをのけ者にして!」
「話、続けてもいいかしら?」
不満たらたらの様子のプリシラに対して問うライズ。聞かれたプリシラもおとなしくなる。
俺よりプリシラの扱い、うまいかもしれないな……
「でもアツマは筆頭容疑者にはならなかったわ。筆頭容疑者になったのは……」
「まさかソフィアか?」
「残念だけど違うわね。彼女はその時間、侍女達と一緒にいた事が確認されているわ。貴方にしても、その時刻にはまだ王宮にいた事がはっきりしていたから、容疑者からは外されたわ」
それでは俺はお手上げだ。俺が知っている貴族といえば、王室の方々とジョアン、そして幾度かプリシラのパーティーで親しくなった方たちくらいのものだ。
「まさか……容疑者に挙げられたのは…」
プリシラに心当たりがあるらしい。しかし、彼女の声が明らかに上ずっているのが気にかかる。よほどの人物なのだろうか。
「挙げられたのは?」
ライズに先を促されたプリシラが口にした名前。それは思いもよらなかったビッグ・ネームだった。
「旧家の老人……ピクシス卿?」
「そう、少なくともエリータス家はそう考えているようね」
「おい、それじゃあ、今のドルファンは……」
ライズの唇が嫌な単語を綴る。戦争は終わった。ドルファンは勝った。そして、重荷の外国人傭兵達を国外に追放した。それなのに……!
「旧家同士が政争を始めたようよ。下手をすれば内戦にまで発展するかもしれない…そう、私はこの状況をそう読んでいるわ」
隠密のサリシュアンの言だ。信憑性は極めて高いだろう。
ドルファンは再び戦火の中に向かおうとしていた。
三年前とは違い、自らの選択で……
俺と俺の肩に座って話を聞いていたピコも、口にすべき言葉が見つからなかった……
【次回予告】
プリシラ「まったく、ドルファンは一体どうなってるのかしらね?」
ライズ「実はまだ事態は悪化しているのだけど…」
プリシラ「へ?この上まだ何かあるのぉ〜?」
ライズ「あるのよ、これが」
ピコ「そんな事態に敦真に何をさせたいの、君は?」
プリシラ「そうよ!アツマは政治駆け引きにはつかえないわよ」
ライズ「ふふふ、おそらく彼でなければできない事…よ……」
ピコ「(ヒェ〜)まだまだ裏がありそうだね……」
ピコ「と、ゆ〜わけでっ☆」
三人娘「次回、ドルファンの黒い牙、第三話“死臭への誘い(いざない)”に……」
ピコ&プリシラ「ロケットォアタァ〜〜〜ック!」
ライズ「プレシズ・キル(ぼそっ)」
<あとがき>
きゃあ、ジョアン死んじゃった。でもピクシス卿を殺すわけにはいけないから仕方がないね。という訳で、ソフィアは初夜を迎えることなく未亡人になってしまいました。
ちなみに、前回書き忘れていましたが、主人公、“ドルファンの黒い牙”ことドルファン王国聖騎士位の東洋人傭兵“アツマ・コウサカ”は、漢字では“高坂敦真”と書きます。あしからず。
それではよろしかったら第三回をお楽しみにしておいて下さい。