第五幕 少女は冬空に踊る


秋も深まった十一月のある日、ソウシは自室でピコを相手に昼前からのんびりと熱い紅茶をすすっていた。

出来れば故郷の緑茶と菓子が欲しいところだったが、ドルファンでそれを手に入れようとすると尋常ではない手間と費用が掛かる。

やたらと甘い(ちなみに彼は顔に似合わず甘党である)マニュをひと口、そして紅茶をひとすすりして如何にも満足そうにため息をつく。

「…美味い」

『…なんだかキミ、お茶と飲むときはやたらと年寄り臭くなるね?』

ピコの冷たい視線もどこ吹く風と、ソウシはまたのんびりと椅子に腰掛け紅茶のカップに手を伸ばす。

とその時、彼の静かな朝を邪魔する無粋なノックの音が部屋に響いた。

「…誰だ?」

優雅な一時を邪魔されて不機嫌になったのだろうか、常人には全くわからないほど微かに口元を歪めて彼はノックの主に問いかける。

『王宮からの使いの者です』

「…少し待て、今開ける」

ソウシは一瞬考えた、王宮から何を言ってきたのだろうか?

傭兵隊に動員がかかったわけではないだろう、それならば「軍司令部から来た」と使いの者は言うはずだ。

また、ちょっとしたことならば非番の自分の所には何も言ってこないだろう。

様々な状況を考慮した上で、ソウシは使いが持ってきたメッセージを受け取った。

メッセージは極普通の封筒に入った物で、これだけでも軍と関係のないことがわかる。

そしてその内容は、実にシンプルなものだった。

 

『サガラへ。

 本日午後二時、サウスドルファン駅に来なさい!来なかったら…わかってるわよね?

                                   プリシラ』

 

サウスドルファン駅、人が集まるドルファン市街の中心にあるこの駅は、昼ともなれば大いに込み合う。

しかも今日は天下の休日、買い物に来たとおぼしき家族連れや、友人、はたまた恋人と連れ立って遊びに出て来た若者達で溢れ返っている。

そして駅前広場には、待ち合わせの相手を待つ人々がいる、のだが。

ソウシはその人々の中で、居心地の悪さを味わっていた。

それも当然だろう、彼は帯剣してこそいないものの、いつもの堅くへの字に結ばれた口元、全身から放っている、周りの浮かれた若者達とは違うぴりぴりとした空気。

必然的に彼は周囲の注目を浴び、周りの視線を無視しようと身構えるためにまた注目を浴びてしまっているのである。

そして、そんな見せ物状態がようやく終わりを告げたのは、呼び出し状の指定した時刻の五分後、彼がやってきてから十五分後だった。

「ごっめーん、待ったぁ?抜け出してくるのにちょっと手間取っちゃってね?でも良かった!これなら間に合いそうね!」

「王女様…?」

「こら!ここでそんな呼び方するのはやめてちょうだい、ソウシ!私がこうしてお忍びでうろうろしているのがばれたらこれから城を抜け出しにくくなるじゃないの!」

そういうことを聞こえるように喋るのは問題ではないのか?と思いつつ、彼は尋ねた。

「ではプリシラ様」

「それもやめなさい!プリシラ、で良いわよ」

「…プリシラ」

「はい、よろしい♪」

何が嬉しいのかソウシには伺い知れなかったが、プリシラは嬉しそうににこにこと微笑んでいた。

「一つお聞きしたいのですが…?」

「そーゆー言い方もなし!始めてあった時みたいに普通で良いわよ、さっき言った通りお忍びなんだから。

 で、何?」

プリシラの王女らしくないお気楽な物言いに困惑しつつ、ソウシは尋ねた。

「何故こんな所に自分を呼びだしたのです…、いや、呼び出したのだ?」

セリフの途中で睨み付けられ、慌てて言い直すソウシ。

「ん?えーっとね、久しぶりに街に遊びに来ようと思ったんだけど、一人じゃ寂しいから」

「……」

「貴方なら護衛も頼めるし、丁度いいでしょう?」

ね?と同意を求めるような笑顔で微笑まれ、ソウシは反論を封じられた。

「…わかった。今日は幸い非番だし、付き合おう」

「ありがとう!これからもちょくちょく呼び出すから、その時はよろしくね!」

「…非番ならな」

「あら、その位簡単に調べはつくわよ」

それじゃあ、とプリシラは先に立って歩き出す。

「今日は劇場へ行きましょうか!確か良いのがやってるって侍女の娘達が言ってたから」

「自分が見るような物なのか…?」

「気にしない気にしない!美少女のお願いは素直に聞くものよ?」

苦笑しながらソウシはプリシラの後に続いた。

ソフィア達といるのとはまた違って、この少女と一緒にいるのも楽しいと感じながら。

 

その時、サウスドルファン駅から歩き去る二人を見つめる視線があった。

その視線の主の一人であるライズは、ソウシの隣にいる少女が誰なのか一目で見破っていた。

「プリシラ王女、ね…。よくお忍びで街にでているとは聞いていたけど。彼は街での護衛役、でしょうね。

 それだけ信頼が厚いということかしら…」

そして二人が去って行くと、ライズは彼らとは反対に向かって歩き始めた。

その方向は彼女が住むドルファン学園の学園寮である。

「彼に張り付く理由がまた増えたわね…」

 

そして、ライズとは別のソウシを見つめる視線の主達は、連れ立って歩いて行く二人の後をぴったりと付いて歩き始めた。

年の頃は三十前後のがっしりした体格の男達で、一見どこにでもいる働き盛りの男、という外見である。

しかしライズならその正体を一目で見抜いたであろうし、ソウシならば彼らの名前すら知っているだろう。

彼らはソウシと同じドルファンの外国人傭兵部隊の一員、正確に言えば、第二次徴募によって増員された傭兵部隊第二中隊の一員である。

その彼らが何故ソウシの後をつけるような真似をするのか、その理由は、一週間ほど前までさかのぼる。

 

 

彼らにソウシを探るように指示した男、傭兵部隊第二中隊の隊長ゴステロ・ダルジャン。彼は十六で戦場に立って以来、傭兵として欧州を転戦してきた歴戦の強者である。

軽く二メートルを越す筋肉質の巨体に、ぎらぎらとした、粗暴さしか感じさせない目つき、そして口元には常に他人を嘲るような笑いが浮かんでいる。

その腕はヴァルファの八騎将にも劣らないと言われながらも、彼はどこの傭兵団にも属さず、少数の仲間と共にフリーの傭兵稼業を続けていた。

その理由は一つ、彼の性癖のためだった。

人に命令されることに耐えられないこと、また、非戦闘員を喜々として虐殺し、暴行略奪を好むその性格のために、彼はどの傭兵団からもはじき出され、今に至っている。

 

その彼は今、ドルファンの貴族達の中でも最大級の勢力を誇るエリータス家に招かれていた。

傭兵の身分では滅多にお目にかかれない上等な作りの部屋の中、その中は住人の格式に相応しい上等な内装と家具で飾られている。

そしてその部屋に全く相応しくない客のゴステロとその部下三人は、間違っても普段は飲むことのない上等な紅茶を下品に音を立ててすすりつつ、それを運んできた侍女らしき少女を好色な目でなめ回すようにじろじろと眺めていた。

「よお、嬢ちゃん、俺に用があるってぇ坊ちゃんは、一体いつになったら来るんだい?」

癖のある赤毛をショートに整えたまだそばかすの残る十三、四にしか見えないその少女は、彼の獣のような視線にすくみ上がり、回れ右して逃げ出したい衝動を必死で押さえながら答えた。

「じょ、ジョアン様は、もうそろそろお越しになられると、思います…」

「その答えはもう三回くらい聞いた気がするんだがなぁ〜?」

少女に向かって凄みながらゴステロは言う。

その迫力に、少女は今にもつぶらな瞳をいっぱいに見開き、可愛らしい顔を歪めて泣き出さんばかりになってしまう。

そしていよいよ涙が目から溢れ出そうとしたとき、扉を開けて話題の主、このエリータス家の三男であるジョアン・エリータスが姿を現した。

「お待たせした、ゴステロ中隊長。僕が君を呼んだジョアン・エリータスだ!…アニス、お前は下がっていなさい。ここからは僕たちだけで話をする」

「は、はい!」

アニスと呼ばれた侍女は、ジョアンの言葉に救われたような表情を浮かべると、紺色のロングスカートを翻してまさしく脱兎のごとく部屋を出ていった。

「…?どうしたのだ、あいつは」

教育の行き届いているはずの侍女の不作法に怪訝な表情を浮かべつつも、ジョアンはさっさとそれを忘れてゴステロに向き直った。

「では改めて挨拶しよう。僕がジョアンだ」

「よろしくな、お坊ちゃん。傭兵隊のゴステロだ」

ゴステロの言葉にはジョアンに対するあざけりのニュアンスがあったのだが、ジョアンはそれに気づかない。

エリータス家の一員として甘やかされ、常に他人にかしづかれて育った彼には、他人に見下されると言う経験が無く、それ故に自分が見下されていることがわからないのだ。

その様子にまたゴステロはジョアンに対する評価を下げたのだが、当の本人はそんなことを気づきもせずに話し始めた。

「さて、今日呼び出しのは他でもない、君に頼みたい仕事があるのだ」

「仕事だぁ?」

「ああ、そうだ。君にしかできない仕事だ。もちろん報酬はたっぷりと払う」

「…聞かせてもらおうかい」

そうしてジョアンがゴステロに依頼したい事とは、『傭兵隊第一中隊の隊長であるサガラの身辺を探る』ということであった。

憎々しげな表情でサガラへの悪口雑言を口にするジョアンの意図はゴステロにはわからなかったが、内容に比べた報酬の高さから、二つ返事でそれを引き受けた。

「…それじゃあこれでいいな。俺は毎月、サガラについての報告をする。そしてその時、あんたから報酬を受け取る、と」

「その通りだ。…期待しているぞ」

「へえへえ、それじゃ今日の所は失礼するぜ。早速やつの身辺を洗わなきゃあな」

上機嫌で引き上げていくゴステロの背中を見送るジョアンの表情は、相変わらず苦い物を飲み込んでいるような表情だった。

「…やつが来たからソフィアはおかしくなったんだ。あんなやつ、さっさとこの国から追いだしてやる!」

物騒なことを呟くジョアンだったが、その内容は、去って行くゴステロの考えていることから比べれば、遙かに可愛い物だった。

ゴステロは考えていた。

「(お坊ちゃんに言われなくても、サガラの野郎を追い出すためならやってやるさ。ヤツさえいなくなりゃあ傭兵隊は俺の思うがままだ。サガラ以外には俺様とやり合えるようなヤツはいねぇしな…。

 さっさとネタを掴んで…いや、それとも手っ取り早く消しちまうか?)」と。

 

 

そんな自分を見つめる視線に気づいているのかいないのか、ソウシはその日一日を以前と同様にプリシラに引きずり回されて過ごしたのだった。

二人が戻ってきた夕暮れのサウスドルファン駅は、やはり同様に遊び疲れて家路をたどる人々で込み合っていた。

「あー、今日も楽しかったわぁ。やっぱり街は良いわねー!」

さんざん遊び倒し、これ以上ないというほど満足そうな顔でプリシラが伸びをする。

一方のソウシは、いつも以上に無愛想な、だが何か案じているようなむっつりとした表情をしていた。

「しかし、プリシラ、街を一人で出歩くのは危険ではないか?もう少し…」

「もう少し、何?」

「安全に気を遣った方がいいのではないか?一国の王女がお忍びでひょいひょい出歩くのはやはり危険だ」

その言葉に顔をしかめるプリシラ。

「い・や・よ!これは私の一番の楽しみなんだから!大体この位のストレス解消手段がなきゃ、王族なんてやってられないわよ!」

プリシラのあまりの物言いに、ソウシは呆気にとられてしまう。

再会したときから妙な姫君だとは思っていたが、とその顔が雄弁に語っている。

「だがな、やはり護衛くらいは必要だ」

「貴方ねえ、なんで私が一人で出歩いてると…」

何か言いかけたプリシラは、そこで突然笑った。

微笑みでも、からっと晴れた空のようないつもの笑いでもなく、“にやり”としか表現できない笑い方で。

「うーん、やっぱり護衛は必要かなぁ?」

「安全のためにも、やはり必要だと思うぞ」

「それじゃ!サガラ、貴方を私が街に出る際の護衛に任命します!これは王女としての命令だから、拒否は認めないわよ!良いわね!」

ソウシの鼻先に指を突きつけてプリシラが宣言する。

その高圧的だがどこか憎めないプリシラのセリフに、ソウシは苦笑しつつ頷くしかなかった。

「…非番の日ならば付き合おう。先約がなければな」

「そ、ならいいわね!それじゃ、これからは呼び出すときは前もって連絡するわ」

「了解した」

ソウシの答えに満足そうに微笑むと、プリシラは丁度やってきた王城方面行きの乗り合い馬車へと足を向けた。

「それじゃ、今日もありがとね。楽しかったわ、サガラ!」

「ああ、自分も楽しかった」

「ふふっ、じゃ、またね!次はクリスマスに会いましょ!」

手を振りながらプリシラは馬車へと駆けていく。

ソウシはそれを見送ると身を翻し、シーエアー地区の傭兵宿舎へと帰っていった。
 

 

ソウシがドルファンにやってきて初めての冬。

ソウシは故郷に比べて格段に暖かく過ごしやすい冬を、半ば流されるように過ごしていた。

十二月も末になると、ドルファンはお祭り気分に包まれる。

欧州で盛んな宗教の開祖が産まれたという日を祝うクリスマス、そして故郷の言い方で言えば大晦日の日を祝うシルベスター。

クリスマスで気分を盛り上げ、シルベスターで一気に騒ぐ為に、ドルファンの人々は年末をうずうずしながら過ごしているのである。

傭兵隊の親しい人間達も、そのほとんどが欧州出身であるためにドルファンの空気に早々と慣れてしまったようだが、ソウシは勝手の違う年末の空気に戸惑っていたのだ。

だがそのソウシでも、ドルファン城で行われたクリスマスパーティーが終わった後にはようやくこの空気に慣れ、それなりに楽しむようになっていた。

(ちなみに、ソウシはパーティーの招待状をプリシラから送られていたので入れたらしい。傭兵達はソウシのように何らかのつてがある者、例えば何故か城の侍女と面識があったアルベルトのような者でなければ入れなかったようだ)

そして今日、シルベスターの日、ソウシは祭りに出掛けるために身繕いの真っ最中だった。

『ほらぁ、そんないつもの地味な格好してどうするの!この間買った外套でも着て行きなさいよ!』

「今日は城のパーティーではないんだぞ?大時計台前でのカウントダウンなのだから、汚れても構わないこちらの方が…」

『キミねー!一応女の子達と一緒に行くんだから身だしなみに気をつけなよ!』

「逢い引きをするわけで無し、そこまで気にしなくても…」

『礼儀の問題だよ!女の子に恥をかかせるような格好しないの!…それに一つ聞くけど、キミ、ほんっとーに気づいてないの?』

「何をだ?」

『…もういいから、さっさと行ってきなさい!』

大騒ぎして見られる格好に着替えさせ、ようやくソウシを送り出したピコは、彼が出ていった扉に向かって一人深いため息を付いていた。

『全くもう、他人の好意にとことん鈍感なんだから…。ようやく他人に興味を示すようになったけど、まだまだだね。

 ほんと、苦労させてくれるお兄さんだよ。ねぇ?』

誰かに語りかけるように、しかし、彼女以外は誰もいない部屋でひとしきり独語すると、ようやく気が済んだのか、ピコは窓から夜のドルファンの空へひらひらと飛んでいった。
 

最近、何かと祭りがある度にこの娘達のお供をしている、ソウシはふとそう思った。

そしてふと隣を見ると、カウントダウンを心待ちにしている様子のソフィアと、涼しげな、だが何を考えているのか読めない表情を浮かべたライズがシルベスター会場の大時計台を見つめていた。

一緒に来たはずのレズリー、ロリィ、ハンナは今は側にいない。

ロリィとハンナが出店へ行ってしまい、必然的にレズリーもそれに付いていったのである。

「三人とも、遅いですね…。もうカウントダウンが始まっちゃうのに…」

「…あの娘達のことだから、何を買おうか迷っているんじゃないかしら」

「ふふっ、そうかもね」

二人が和やかに談笑しているその隣で、ソウシはこの一年を振り返っていた。

去年の暮れは、ドルファンへと向かう船の上で迎えた。

そしてドルファンへとやってきてからの生活、この一年はソウシにとって意外なことばかりの一年だった。

彼は少年の頃からずっと、傭兵稼業を続けている。

それが当たり前のようになって久しく、厳しい傭兵稼業を辛いと思ったことはない。

だが、それを楽しいと思ったこともなかった。

ところが、今のソウシは、傭兵として過ごすドルファンでの生活を楽しいと思っている。

ドルファンで得た年下の友人達、彼女たちが自分の生活に、今まで無かった物を与えてくれている。

故郷にいた頃は、一部を除いては煩わしいとさえ思っていた人付き合いがこれほど楽しい物だと、また自分の心にゆとりを与えてくれる物だと気づかせてくれた彼女たちに、素直な感謝の念が湧いてくるのを、ソウシは感じていた。

「…カウントダウンが始まるわね」

「ええ」

結局カウントダウンまでにロリィ達は戻ってこられなかったらしい。

一体どこまで行ったのやら、と思いつつも、ソウシは周りに唱和して、カウントダウンをはじめた。

『五、四、三、二、一…』

声が高まり、期待が高まる。

戦争の中でも、新しい一年への希望と、その先への期待が高まっていくのが感じられる。

『ゼローっ!』

街中の鐘が打ち鳴らされ、花火が打ち上げられる。

どこの国でも花火は同じなのだな、と妙なところに感心しつつ、ソウシは二人と挨拶を交わした。

「あけましておめでとうございます」

「…おめでとう」

「おめでとう」

「今年もお互い、良い年にしたいですね」

ソフィアの言葉にライズが軽く相づちを打つ。

そしてソウシもまた、感慨深げに語った。

「そうだな、去年は良い年だった。

 …必要に迫られ、自分には他に出来ることがないから始めた傭兵稼業だが、ドルファンの傭兵として働き始めてからの一年は本当に充実していた」

突然、誰にともなく語り始めたソウシの言葉に、ソフィアとライズは怪訝な顔つきで耳を傾けた。

耳を傾けさせるような響きが、そこにはあったのだ。

「…ただ戦っているだけだった自分に、この国は色々なことを教えてくれた。ただ戦っているだけでは決して得られなかった、大切なことを。

 …そして何より、俺は君たちに出会うことが出来た。君たちという友人を得られたことが、去年の俺にとって最も幸運なことだったと、そう思う」

二人を真っ直ぐ見つめながらソウシはそう語った。

その目の真摯な光に、そして何よりソウシがさらっと口にした、受け取りようによっては気障なセリフに、ソフィアは盛大に、そしてライズも微かに、言われればそうとわかる程度にだが赤面してしまったのだった。

尤も、ソウシは自分のセリフがどれだけ気障だったのか、二人の心にどれだけ働きかけたのか全く理解していなかったが。

「あの、その…」

「…気障なセリフは、似合わないわよ」

「だから、皆とは今年も変わらず良い友人でありたいと願う。今年もよろしく頼む、ソフィア、ライズ」

赤面した二人に気づいてはいても、その意味に気づいてはいないソウシは、そう締めくくった。

「は、はい!よろしくお願いします!」

「え、ええ。今年もよろしくね…」

 

「お兄ちゃ〜ん!」

そうして頬を真っ赤に染めたソフィアと、視線を泳がせたライズ達の所に、ようやくロリィ達が戻ってきた。

三人とも、両手に湯気の立つコップを持っている。

「あけましておめでとう!はい、お兄ちゃん、これ!」

真っ先に年始の挨拶を済ませたロリィがソウシに手に持ったコップの片方を渡す。

人混みの中とは言え閉め出すことが出来なかった寒さに少しかじかんだ手が、コップから伝わってくる暖かさに感覚を取り戻す。

その中身を覗き込んだソウシに、レズリーが言う。

「それ、ロリィが見付けたんだよ。桃のジュースを温めてレモンを浮かべたんだってさ。結構いけるよ」

お褒めの言葉に「えっへん!」とばかりに胸を張るロリィに苦笑しつつ、レズリーとハンナもそれぞれソフィアとライズにコップを渡す。

そして全員にコップが行き渡ったところで、申し合わせたように彼らはコップを捧げ持った。

今度はハンナが音頭をとり、コップを打ち合わせる。

「それじゃあ今年もいい一年であることを祈って…乾杯!」
 

ソウシ達が和やかに盛り上がっている頃、シルベスターの会場にやってきた一台の馬車があった。

その場者に掲げられた紋章は、エリータス家の紋章である。

そして馬車の中では、不機嫌そうな表所を隠そうともしないジョアンが、ぶつぶつと何やらこぼしていた。

「全くソフィアも…。僕がパーティーに招待しようというのに、その前に友達と出かけてしまうとは」

「あの、ですが、向こうが先約では仕方がないのでは…?」

「やかましい!これはママの意向でもあるんだ!」

同乗していた侍女の少女、アニスがおずおずと意見したが、ジョアンにそれを聞き入れようとする様子はない。

しかし、ジョアンがソフィアが一緒に出かけた『友達』の正体を知らなかったのはジョアンにとってもアニスにとっても幸いだったろう。

もし知っていたら、今頃ジョアンの狂乱ぶりはこんなものでは済まなかったに違いない。

そして二人を乗せた馬車は、会場の隅に乗り入れると二人を下ろした。

「アニス!僕はこっちを探すからお前は向こうを探せ!いいな!」

「で、でも、この人込みの中からソフィアさんを探すなんて…無理ですよぉ〜」

「いいから探すんだ!行くぞ!」

「そんなぁ、ジョアン様ぁ〜!」

言うなりジョアンは人混みの中へと勢い良く突進していく。

カウントダウンも終わって人混みも減りつつあるとは言え、まだその数は買い物時の商店街より遙かに多い。

アニスの泣き言ももっともである。

そして彼女は人混みに姿を消した主人を見送ると、諦めたようにため息を付いて自分も指示された方向へと歩いていった。

ちなみにその頃、当のソフィアは『友達』と連れ立って、既に家路を辿っていたという…。

 

 

次回:幕間其の三 面影は幻の彼方

目次


コメント

すこ〜ぅし話がゲームにはなかった方に進んでますねぇ。

オリジナルなエピソードを入れていこうと思うんですが、上手くまとまるかなぁ…?

本来のシナリオも順調に進んでいる…はずです。

さあ次回から二年目だ!

 

それでは今日のキャラ紹介。

アニス・クレブリー 14歳 女 A型

最近流行の美少女メイド(爆笑)。

すいません出来心です。エリータス家の侍女であるためあんまり出ないでしょう。

お城のメイドと違って(笑)素直で純真、癖のある赤毛をショートにした、目のぱっちりした小柄な可愛らしい女の子。

イメージは、『斎栞(いつきしおり)』か『アンナ・ストーン・ゴクレイエ』か。…我ながらなんてわかり難い例えを(苦笑)

素直にマルチと言ってしまえば早いんですが(爆笑)

ジョアン・エリータス 20歳 AB型

もしかしてまともに出すのはこれが初めてじゃあ…?

名前だけは既に出てるんですけどね。

さあ彼はどうなる事やら。

ゴステロ・ダルジャン 34歳 男 AB型

典型的な無頼漢タイプの傭兵。

殺し、壊し、犯し、奪うことが楽しくて仕方のない社会不適応者。

どこまで嫌われ者になれるかでこいつのキャラクター描写が成功かどうかが決まります。

こういうの書くのは初めてだし、上手く書けるかなぁ…?

例によって元ネタがあります(笑)。わかるかなぁ〜?

 

それではこの辺で。

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