第八幕 収穫祭に染まり(前編)


 まだまだ残暑の残る九月の初頭、ソウシは一人町中を彷徨っていた。正確には、捜し物をしているのだが、効率のいい捜し方を知らないために、無闇に手間をかける方法――要するに、足を使って探し回る――を採らざるを得ないのである。

 今もまた、とある一軒家の前に立ち、そこにある張り紙を覗き込んでいたが、無言で首を横に振ると、再び歩き始めた。立ち去っていくソウシのいつも気難しげに見えるへの字に引き締められた口元と、むっつりとした表情が、今日は更に気難しげに見える。

 彼が今覗き込んでいた張り紙には、こう書かれていた。

『空き部屋あり』

 ソウシは数日前から、新たに住む家を探しているのである。傭兵なのだから支給された兵舎に個人用の部屋があるのだが、彼が探しているのはつい先日、故郷から彼を頼ってやって来た――正確には、故郷の領主の縁者の妾になることを嫌がって逃げ出して来た――咲と共に暮らすための部屋である。

 咲がドルファンにやってきてからの十数日間、彼女には宿屋暮らしをさせているのだが、さすがにこのままという訳にもいかない。元来働き者の彼女は、既に宿屋で所在なくピコの相手をしているだけという生活に飽き、宿屋の手伝いをして宿賃の一部を稼いでいる。ソウシ本人も、『働かざる者喰うべからず』という考えが骨の髄まで身に付いているため、早い内に彼女を宿屋暮らしから解放してやらねば、と考えていた。それに、まだ彼女には伝えていないが、ソウシには考えていることがあった。

 しかし、それもまず身を落ち着ける場所を見付けてからの話である。ソウシは、次に目星をつけていた地区へと足を向けた。
 

『ごっくろーさん! どこかいい場所はあった?』

「ピコか……、今の俺の姿を見てわからないか?」

『あははは……、大変みたいだね?』

 今日も朝から休み無く歩き回り、少々疲れを覚えたソウシは国立公園のベンチで体を休めていた。時刻は既に三時過ぎ、学校も引ける時間なのか、ドルファン学園の制服を着た少年少女の姿もちらほらと見える。

 ピコには咲の相手をさせていたはずなのだが、今は散歩に出てきたのか、一人でふらふらしているらしい。

「ピコ……、咲はどうしている?」

『ああ、咲ちゃんなら、宿屋の女将さんと一緒に買い物に行ったよ。私は一緒にいてもしょうがないから散歩に出たんだけど、そしたらキミがここでへばってた、というわけ』

「……別にそこまで聞いていない」

 憮然としてソウシは顔を背けた。ピコの物言いが気に障ったのか、ぐったりとしていた自分の姿を見られたのが恥ずかしかったのか、そのままあらぬ方に視線を固定する。彼女はその様子を、含み笑いを漏らしながら見下ろしていたが、ふと何かに気付いたように顔を上げた。

『あれ……、あの子達?』

 ソウシもその動きに反応して視線をそちらに向ける。と、見慣れた少女達の姿が目に入った。ソフィア、ライズ、レズリー、ハンナ――ドルファン学園高等部在籍の四人――が、仲良く連れ立って歩いていたのである。もっとも、端から見て仲が良さそうに見えるのは、楽しげにお喋りに興じているレズリーとハンナの二人だけで、ライズはいつも通りの固い表情だ。付き合いが深いソウシ達には、それでもライズの表情が軟らかくなっていることがわかるのだが、他人にはとてもそうとはわからないだろう。

 しかし、その時のソウシはその四人の中の誰よりも、僅かに沈み込んだ表情のソフィアが気になっていた。時折寂しげな顔をすることはあっても、彼女は友人達と共にいるときは、無理矢理にでも明るい顔を作ろうとするところがある。それが今日は、沈み込んだ表情を隠そうともしない。

 レズリーとハンナも当然それに気付いているのだろう。四人をよく見れば、二人はソフィアに頻繁に話しかけていた。ソフィアはそれらにしっかりと答えているが、すぐにまた元に戻ってしまう。何かに思い悩んでいる、というところだろう。

 そんな彼女たちをソウシは疲れた目で眺めていたのだが、その視線に気付いたように、ライズがついと振り向いた。

「あら……、ソウシ?」

 彼女の呟きに隣にいた少女達は当然のように反応し、笑顔を浮かべがら近づいてきた。

「あれーっ? ほんとだ。久しぶりっ!」

「海へ行って以来だな」

 三人は足を早めてやってきた。ソウシは疲れ隠しながら、表情を緩めて手を軽く上げて挨拶を返す。三人の後ろで沈んでいるソフィアが気になったが、とりあえず真っ先に話しかけてきたレズリーとハンナに注意を向ける。

「ロリィが寂しがってたぜ。『全然会えなくてつまんない』ってな」

「そうだよ、最近、何してたのさ? 先週の勉強会も『忙しい』って欠席しちゃって」

 ハンナは怒ったように頬を膨らませる。それはロリィが良くやる仕草にそっくりで、ソウシは思わず苦笑を浮かべた。

「折れた剣を修理したり、家探しをしたり……。そんなところだ」

「……家探し?」

 一歩引いて話を聞いていたライズが、ソウシの言葉尻を捕らえた。固い表情に、これまた判別し難いくらいほんの僅かに、不審そうな表情を浮かべている。

「傭兵は、全てシーエアーに宿舎があるのではなかったかしら……?」

 彼は状況をかいつまんで説明した。

「確かにそうなのだが……、実は、故郷から妹がこっちにやってきてな。一緒に暮らすことになったのはいいのだが、独身者用の兵舎に置くわけにもいかない。だから、二人で入れるような貸部屋を探しているのだ」

「へえ、アンタ、妹がいたのか?」

 意外だ、というニュアンスも露わにレズリーは言った。

「ああ。確かロリィと同い年のはずだ」

「すっごいなぁ……、そんな年で、一人で東洋から船に乗ってきたの?」

「俺の知り合いの貿易商に手引きを頼んだという話だから、そう言うわけではないのだが」

「それにしても、たいしたものね……」

 自分より年下の少女がはるばると海を渡ってきた、という話に、ハンナは心底感心した表情を浮かべている。ライズも彼女と同意見のようだ。

「あの……、ソウシさん?」

 そのまま雑談になだれ込みそうなところで、今まで一歩引いて沈黙していたソフィアが進み出てきた。驚いたことに、今までその表情を覆っていた暗い影は欠片もなくなっている。

「妹さんと二人で入れる部屋を、探しているんですよね?」

「その通りだ」

「それなら、私の家からちょっと離れたところに、丁度良いところがあったと思うんですが……」

 彼女のその言葉に、ソウシは眉をぴくりと動かして反応した。

「それは、どこの話だ? 案内してもらえるか、ソフィア?」

 彼にしては珍しく、勢い込んだ口調だった。普段なら彼は絶対このようなしゃべり方はしないのだが。数日間探し続けたにもかかわらず、適当な物件がみつからなっかた反動が、ソウシをソフィアの言葉に過剰に反応させたのだろう。

「ええ、かまいせんよ。……こっちです」

 ソフィアは嬉しそうに微笑むと、早速ソウシの先に立って歩き出した。当然、彼はその後に続く。そして、更にその後をライズ達三人が、スイッチを切り替えたかのように雰囲気の変わったソフィアに首を傾げながら追っていった。
 

 ソウシを案内する道すがら、ソフィアは一つのことに気付いていた。先日、彼と黒髪の東洋人の少女――先程の話から、それが彼の妹なのだろうと想像がついた――が、寄り添って歩いているのを見た時から彼女の胸の奥にわだかまっていた感情の正体が、彼への慕情だということを。自分は、彼を単なる友人としてではなく、異性として、恋愛対象として意識しているのだということを。だから、あの時に胸が突かれるような感覚と、少女に対する黒い感情、嫉妬というものを覚えたのだ、と。

 高等部に入る以前からジョアンという親同士の決めた婚約者が存在し、異性との接触を意識的に避けてきたソフィアにとって、自ら認めたその感情は新鮮で、心地の良いものだった。

 ――恋など出来ない、してはいけないと思っていた自分がそれを経験することが出来るなんて!

 彼女にとって、それは今まで伝え聞くものでしかなかった。本の世界の中から、或いは芝居の世界の中から、そして、学園の友人達の噂から。それらに思いを馳せ、自分にも「王子様」が現れないかと夢想するばかりだったが、今は、多少無愛想すぎるところがあるが、その「王子様」が自分の隣を歩いているのである。心が浮き立たないわけがなかった。

 もちろん、それもまた夢想でしかないことは彼女には理解できていた。自分の想いに彼が気付いてくれる、などとは到底思えなかったし、彼の側には自分と同じように思いを寄せているであろう友人達がいる。そして何よりも、自分は高等部を卒業すると同時にジョアンと結婚しなければならない。

 自分の感情に気づいてしまった後では、先のことを考えれば考えるほど沈み込んでしまう。だからソフィアは、「その日」が来るまでは胸の中の想いを大事にしようと決意したのだった。いつかそれを、何よりも大切な思い出として思い出せるように、と。

 暑さの残る日差しを浴びて歩きながら、たわいのないお喋りに興じながら、ソフィアは一つの言葉を胸の一番奥にしまい込んだ。そして、暑さには動じた様子はないものの、歩き回ったためか微かに疲れの見えるソウシの顔を見ながら、本当に小さく、本当に哀しげに、微笑んだ。

 

 

「おおーい、ソウシ! この棚はここでいいのかぁ!?」

「うむ、そこに頼む」

「あのう、サキさん、重いものは僕達で運びますから、貴方はもっと軽いものを運んでください」

「いいえ、兄さまの大切な刀です。このくらい、私が運ばなければいけませんわ」

「サキ、この荷物は……」

 ソウシが久しぶりにソフィア達に会った数日後、首尾良く引っ越し先を見付けた彼は、アルベルトとカールを手伝いに呼び出し、早速引っ越し作業を始めていた。面倒くさい、と渋っていたアルベルトも働いている内に調子が出てきたのか、それともサキの手料理に懐柔されたのか──実際、幼い頃から家事をこなしていたので、彼女の腕は相当なものだった──、今では先頭に立って働いている。

 そしてカールも、その生真面目さを発揮して、サキの指示に従って喜々として働いている。彼女が何か重いものを持とうとすれば横からそれを奪い取り、汚れているところを発見すれば即座に磨きに行くという、コマネズミも顔負けなほどにせかせかと動き回っている。

「兄さま、そろそろ一休みしませんか? お二方のおかげでだいぶはかどっていますし……。お茶などいれますから」

「そうか? ……そうだな。アル、カール、一休みするとしよう」

「うっし、待ってました!」

「はい、隊長。サキさん、ごちそうになります」

 カールのおかげで負担が少なかったサキは、軽やかな足取りで綺麗にしたばかりの台所に入っていく。その後を追ってソウシとアルベルト、そして二人にも増して働いたために、表情に疲れを浮かべ始めたカールが入っていった。三人はこれまた拭いたばかりのテーブルにつき、ハミングを口ずさみながら茶の用意をしているサキの後ろ姿を眺めた。歌っているのは、いつ覚えたのかドルファンの流行歌である。

 テーブルに頬杖をついて、アルベルトはくるくると良く動くサキを横目に見ていた。ソウシとお揃いのように伸ばした後ろ髪が、体の動きに合わせて左右に揺れている。

「しっかし、お前にあんな可愛い妹がいたっていうのも驚きだが、こんな良い家、よくもまあお前の給料で借りられたなぁ」

 アルベルトは台所をぐるりと見渡した。確かに、彼のいうとおり、ソウシが借りたこの家は非常に贅沢な作りになっている。二階建てで寝室が二つ、居間、客間、台所に風呂場と必要なものが全て揃っているのである。ソウシは傭兵隊の中隊長ということでそこそこの給料はもらっているはずなのだが、妹も抱えてこのクラスの家を借りてしまっては、それなりの負担のはずである。

「ああ、それならば……。ちょっとした縁があってな」

「縁って、何があったんですか、隊長?」

「うむ、実はだな……」
 

 

「……よいのですか、ご主人。その金額で?」

「ええ、ええ。貴方様から儲けようなんてしたら、罰が当たりますから」

 ソフィアにつれられていった先の家には、年輩の夫婦が住んでいた。なんでも、そろそろ彼らもいい年なので、首都城塞での二人暮らしは止めて、嫁入りした娘の側に移って暮らそう、ということらしい。その際に、開いてしまう持ち家を誰かに貸そうとしていたのだ。

 まだドルファンでは珍しい東洋人のソウシが訪問したとき、彼らは戸惑うような表情を見せた。しかし、彼が名乗ると老夫婦はとたんに相好を崩し、二つ返事で了承したばかりか、提示された金額も驚くほどやすかったのである。

「自分にとっては有り難いことですが……」

「サガラ隊長さん。リッツという名前の村を覚えていらっしゃいますか?」

「リッツ……?」

 唐突な問いかけに、ソウシはしばし考え込んだ。笑みを浮かべる老人を前に考え込むこと数十秒、彼はようやく数ヶ月前のことを思い出した。

「ああ、確かこことダナンの間にある村でしたか……」

「はい。貴方様のおかげで略奪を免れた、あの村でございます」

「それが……?」

 ダナン攻防戦の前夜、リッツの村はゴステロ率いるドルファン傭兵隊第二中隊に狙われ、略奪を受ける寸前だった。だが、ピコの協力もあってそれを察したソウシは、いち早く村人達に急を伝え、間一髪で村人達を村の外に退避させた。この処置のために、リッツの村の被害は最小限――数件、破損した家屋があった程度――で済んだのである。

「実は私どもの娘といいますのが、その村に嫁に行っておりまして……。孫共々、貴方様に命を救われた、というわけです。娘と孫に変わってお礼を言わせてください、本当に、ありがとうございました。」

「ご主人、顔を上げていただきたい。自分は当然の処置をしたまでです」

 ソウシは深々と下げた老人の頭を慌てて上げさせた。感謝されることになれていないために、居心地が悪くなったのだ。――要するに、照れくさかったのである。

 頭を上げると、老人はまたにこやかな笑みを浮かべた。

「それでは、家賃は感謝の気持ちということで……。先程の額で結構です」

 慣れない状況に、ソウシはまだ戸惑いがあった。反射的に何か口にしようとしたが、あまり厚意を拒絶するのも失礼かと考え直し、とりあえず納得したことにする。

「それでは、ご厚意に甘えさせていただきます」

 今度は、ソウシが頭を下げた。
 

 

「なるほど……。やっぱり、良い行いは報われるんですね!」

 カールはソウシの話に感心した顔で頷いていた。傭兵をやっているとはとても思えない素直な反応である。

「そんなことがあるとは、ドルファンも狭いねぇ」

「うむ、だが、俺にとっては都合の良い偶然だった。おかげでずいぶん得をしたぞ」

 対して二人は実に現実的な会話をしている。どちらかといえば、こちらが一般的な傭兵の反応だろう。そのまま他愛のない話題でとりとめのない会話を始めた彼らだったが、やがてその場に紅茶の良い香りが漂い始めた。宿屋暮らしをしている間に宿の女将から教えてもらったというサキの紅茶の煎れ方は、今や店に出せるほどのものになっていた。

「さあ、どうぞ。兄さまもお二方も、お疲れさまでした」

 ショートボブの髪型からは活動的な印象を受ける彼女だったが、顔には非常におっとりとした笑みを浮かべている。動作もてきぱきとしているがどこかゆったりとした気配があり、こちらが彼女の本質なのだろうと思わせた。

「……? カール様、どうかなさいましたか?」

「あ、いえ! 失礼しました!」

「はあ……」

 やたらと熱心に自分を見つめるカールの視線に気付いたサキだったが、顔を赤らめて何事か弁解し始めた彼の様子に、きょとんとした表情で首を傾げてしまうのだった。そして、気を取りなしてカップを並べ、紅茶を注いでいく彼女とそれをこっそり見つめるカールを、アルベルトは人の悪い笑みを浮かべつつ眺めていた。

「(若いな……)」

 一通り茶と茶菓子を並べ終え、腰を下ろそうとした彼女だったが、そこで玄関の呼び鈴が涼やかな音を立てた。

「サキ、お前は座っていて構わない。今度は俺が出よう」

「そんな、兄さまは座っていてくださいな。これは、私の仕事ですよ?」

 ようやく腰を下ろした彼女を気遣ってだろう、自分から腰を浮かしかけたソウシだったが、それよりも早く立ち上がっていたサキに制された。そして反論する暇もなく、彼女はまた軽やかな足取りで台所を出て玄関へと向かう。

「……あまり構ってやれなかったというのに、真っ直ぐ育ってくれたようだ」

 サキを見送りつつ、ソウシは感慨深げに呟いた。

「……ほんと、お前にはもったいないくらいのいい娘だわ」

「はぁ……」

 アルベルトも感心したよう呟き、カールは妙に熱いため息をつく。そのまま三人は無言で紅茶を味わい始めた。と、サキの向かった玄関から、明るい――晴れた冬の空のような、どこか抜けてしまった明るさだが――笑い声が聞こえてきた。その声を聞いたアルベルトが、反射的に体を固くする。

「このスッ飛んだ笑い声は……、まさか……」

「兄さま、王宮からの使いと仰る方が……」

「どもー! 隊長さん、今日はー! ……って、なんだ、アルもいるんじゃない。偶然だねー。これも何かの縁ってやつかな? キャハハハハ!」

「やっぱりてめぇか、キャロル!」

 サキの後に続いてやってきた娘は、王宮に仕えるの侍女の一人、そしてアルベルトの遊び仲間の一人であるらしい、キャロル・パレッキーだった。ソウシは一度彼女に会ったことがあるので、侍女にしてはかなり破天荒なその行動を見てもたいして驚きはしなかったが、カールは目を白黒させている。王宮の侍女ともなれば、礼儀作法も含めてかなりの教養が必要とされるはずなのだが、目の前のキャロルからはそれを想像できずに困惑しているのだろう。

「なぁにしに来やがった、この極楽娘!」

「あー、今日は隊長さんに用があってきただけで、アンタに用があるんじゃないのよ。だから遊んであげらんないの。ごめんねー? 今度遊んであげるからね♪」

「……で、キャロル殿、王宮から自分に急用とは?」

「おー、そうだっけそうだっけ。んーと……」

 放っておけば果てしなく漫才を続けそうな気配を察したソウシは、素早く二人の会話に割って入った。それでようやく本来の仕事を思い出したのか、制服の懐を探り始める。やがて、

「あ、あれ? ……とれた! はい、隊長さん。確かに渡したからね!」

「ご苦労でした、キャロル殿」

 しばし制服と格闘したあと、キャロルが差し出した手紙は、王宮からの、正確には、プリシラ直々の呼び出し状であった。

 

 留守をサキに任せ、アルベルトとカール、更に仕事に戻るキャロルと共に王宮に出向いたソウシは、到着するなりプリシラの前に通された。ちなみに、通されたのはソウシのみで、アルベルト達は別室である。

 久しぶり(とは言っても、二週間と空けずに会っているのだが)に会うプリシラは、珍しく曖昧な表情を浮かべていた。町で友人として会うときのような天真爛漫な表情でもなく、王女と傭兵として会うときのような毅然とした表情でもなく、申し訳なさそうな、困ったような、何か言い出しにくいことを抱えているような、そんな表情だった。脇にはいつもの通り、しかめっ面のメッセニ中佐が鉄の棒でも飲んでいるような姿勢で控えている。

 いつも顔を合わせるなり口を開くような彼女なのだが、今日はその曖昧な表情を浮かべたまま口を開こうとしない。そのまま数分が経ち、さすがに忍耐強いソウシも不審に思い始めた頃、

「ぅおっほん! プリシラ様……?」

「あ、えーと……。ごめんなさい、サガラ! お願い! 何も言わずに、今年の収穫祭のエキシビジョンマッチに出てちょうだい!」

「……は?」

 メッセニ中佐の咳払いに促されるように、プリシラは勢い良く頭を下げると、一息にそれだけ言った。

 

「……なるほど」

「ごめんねぇ? 売り言葉に買い言葉で、ついつい、ね……」

 プリシラの『お願い』は、つい数日前の園遊会で、貴族界の有力者、エリータス夫人とのちょっとした会話が原因だったらしい。曰く、

『プリシラお気に入りの第一中隊隊長だが、本当に彼は強いのか?』

『東洋から来た得体の知れない若造が、ドルファンの騎士より強いはずがない』

『ヴァルファの八騎将を倒した件も、傷ついたところを狙ったか、不意を突いたのか、とにかく正々堂々とした勝負ではなかったのだろう』

 言いがかり以外の何者でもないのだが、よそ者の傭兵が活躍したことが気に入らない貴族達には、このエリータス夫人の見解は大層好評を博したらしい。ところがそこで治まらなかったのがプリシラで、放っておけば園遊会の席上での笑話で済んだものを、エリータス夫人に正面からくってかかったらしい。

 

「……では、自分が収穫祭の模擬戦で、第二中隊のゴステロ隊長に勝てばいいわけだな?」

「そう! あの熊みたいな大男よりも貴方の方が強いって事を見せてやれば、伝統にあぐらをかいて頭が埃で凝り固まったみたいな貴族達も、少しは現実を見つめるようになると思うのよね!」

 話している内に調子づいたのか、当初の申し訳なさそうな表情はどこへやら、プリシラはここが王宮だということを忘れたかのように勢い良く喋りまくる。だが、さすがに聞きかねたらしいメッセニ中佐にそれは遮られた。

「ぅおっほん! ……プリシラ様」

「あら、失礼……。では、サガラ。エキシビジョンマッチへの参加を快く承諾してくれて感謝します。ドルファンの国民達が国の守りに不安など抱かぬよう、またドルファンの騎士達の励みになるよう、第二中隊と共に常日頃鍛えた傭兵達の業を見せて上げてください」

「承知いたしました、王女様」

 取り繕うように、取り澄ました表情で王女らしく言い渡すプリシラに対して、ソウシもかしこまって礼を返す。

「それから、エキシビジョンマッチは三人対三人の団体戦で行われます。詳細は追って伝えますから、参加者の選考を済ませておいて下さいね」

「……承知しました」

 すっと立ち上がり、完璧な作法で一礼してソウシは退出して行く。それを見送るプリシラは、ひらひらと手を振りながらメッセニ中佐に睨まれていたが。

 ソウシの表情はいつも通りのむっつりとした顔だったが、内心ではこのいきなり降りかかった面倒事に対応することを考えていた。それでも、原因のプリシラには不思議と悪い感情は持てなかったのだが。

「(……とりあえず、面子はアルとカールにするか。そうなると、カールは少し鍛えねばならないな……)」

 本人は軽く考えていたが、その年の収穫祭は、この後数年に渡ってドルファンの国民達に記憶されるものになるのであった。
 

 

次回第八幕 収穫祭は血に染まり(後編)

目次


あとがき

 ……オリキャラ達が目立ち過ぎかな?

 前後編になったことに関しては、何を言っても言い訳になるので、何も言いません(苦笑)

 とにかく、後編をお楽しみに〜。
 

それではこの辺で。

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