二千年前 |
めんどいので以下略 |
その夜は月さえも普段の美しさを隠し、禍々しい光を放っていた。
通りには誰もいない。
――「誰も」という表現はあまり正確ではない。通りには「何も」いなかった。
月が照らす薄闇の中には犬も猫も、およそ命のある者の姿はどこにも見当たらない。その月明かりを、影が一瞬だけ遮った。
音も無く地上に降り立った女は、ゆっくりと立ち上がる。黄金の髪が幽かにゆれた、その音さえも聞こえそうな静寂。
女の見つめる先には、そんな静寂に支配された街には似つかわしくない、ネオンに彩られた看板があった。Devil May Cry
歩きながら考える。
……このまま入るのもつまらないわね。
何か、何か。
扉の影からじっと中を覗き込もうか。それともいきなり裏口から進入するか。
「はーいっ トリッシュちゃんでーっす! よろしくねッ」
一人呟いてみて、あまりに自分のキャラにそぐわないので悲しくなった。重力に逆らわずにまっすぐに落ちていた髪を左右に振りながら、インパクトある出会いを模索する。
内容さえ問わなければ、苦悩する女、トリッシュの姿は美しかった。
「あーでもない、こーでもない。……あ」
ふと、目の端にとまったものがある。あれだ。
喧しく騒ぐ電話を乱暴に沈黙させる。
「デビル・メイ・クライ。……今日は閉店だ」
男は、舌打ちしながら受話器を本体に叩きつけた。
「合言葉なしか。ロクな仕事が来ねえな」
背もたれに身体を預ける。古ぼけた椅子が、情けない悲鳴をあげた。その部屋は、異常だった。
壁という壁に大小の剣で磔にされているその異形の頭蓋骨を、誰が本物だと思うだろう。
だが、今にも怨嗟の声をあげそうなそれらは、その全てが本物なのだ。たった一人の男の手によって始末された、闇の住人達のなれの果て。突然、扉が轟音と共に破壊された。
不意に扉としての役目を中断させられた木片を撒き散らしながら、オートバイが部屋の中に飛び込んでくる。
部屋の主は驚きもせずに「慌てた客だ」とだけ言って、笑った。この程度で平静を乱されるような者が、悪魔狩りなどという馬鹿らしいほどに危険な仕事ができる訳もない。
「深夜の美女か」
オートバイから降りる女を見ながら、からかうような笑みを崩さずに後ろのドアを親指で指し示す。
「トイレだったら裏だぜ。急ぎな」
その言葉をまるっきり無視して、周囲の不気味なオブジェを大して面白くもなさそうに眺めた後、トリッシュはサングラスの向こう側から男を見た。
「どんな仕事でも請け負う便利屋って、あんたね?」
「まあな」
立ち上がった男は、壁に飾ってあった己の背丈ほどもある大剣をまるで玩具のように弄びながら、トリッシュの目を見返した。
「ヤバい仕事は大歓迎だ。分かるだろ」
「……20年前に母親と兄弟を魔族に殺された」
その言葉に、男はわずかに反応する。
その事実を知るものは少ないはずだった。少なくとも、これまでに数人しかあっていない。初対面のこの女が世間話のように話す内容ではない。「スーパーウルトラセクシィヒーロー、ミスター・斬ね」
「誰だそれは」
素人とは思えないタイミングのツッコミだった。これも悪魔狩りのなせる業 か。
ちがうちがう。「……違うの?」
「ああ、俺はダンテだ。知ってて来たんじゃないのか?」
途端に興味を失ったようにくるりと背を向けると、トリッシュはすたすたと歩いていく。
その歩みが、自分で壊した出入り口のところで止まった。
「止めないの?」
「頭の弱い女と雑魚は相手にしない事にしている」
が、また身を翻した。ダンテの前に戻ってくる。
「覚悟はいいようね」
ダンテの剣に手をかざした瞬間、好意的ではない魔力の本流がダンテの身体を灼いた。
「てめっ!? いきなり元に……ぐぁっ!!」
思わず剣を落としたダンテの顔面に、トリッシュの流れるような回し蹴りがきまる。体勢を立て直す前に今度は顎を打ち砕かんばかりのハイキック。
鼻で笑うトリッシュの手には、先ほどまでダンテが握っていた大剣があった。
渾身の力を持って投げられたそれはダンテの胸を貫き、身体を吹き飛ばし、壁の飾りをひとつ増やす。
間髪をいれずに、今度はオートバイを軽々と持ち上げた。もはや人間技ではない。ダンテに向けてオートバイを投げつけながら、叫ぶ。
「真刃斬 はどうしたの?怒雷武斬 は? マスター・スズキからちゃんと剣技は習ったの!?」
「そんな奴は知らん!」
ダンテの両手に、魔法のように2丁の銃が現れる。エボニーとアイボリーと名づけられたその銃から放たれた無数の弾丸が、オートバイに吸い込まれていく。
オートバイが空中で下手クソなダンスを踊った。自分の方に押し戻されたオートバイを寸前でかわすトリッシュ。周囲が爆炎でライトアップされる。
「なんて力なの。さすがは生涯無敵流……」
「まだ言うかこいつは」
ダンテは自分の胸から剣を引き抜き、トリッシュに突きつけた。
「仇の話を知ってるって事は、『大当たり』は近いようだな」
「……そのようね。でも、私は敵じゃないわ」
ここまでやっておいて、とんでもない事を言う女である。
「力を貸して欲しいの。虐殺武闘団・邪火龍 を滅ぼすために」
「あ?」
「20年前、邪火龍のボス、邪火龍帝が復活したわ」
「おいコラ」
「まぁ途中経過は端折るけど、とりあえず奴等はこの町のGOLDを狙ってやがるのよ」
「話が見えないんだが」
「奴等のせいで、多くの仲間が死んだわ」
「死んだのか?」
「あ、これは嘘」
「…………」そろそろぶった斬っちゃおうかな?
そう思ったダンテだったが、サングラスを外したトリッシュの顔を見て凍りつく。
似ていたからだ。そこに転がっている写真の女性に。
その人は――
ダンテの大剣が、門の錠前をガラクタに変えた。
誘われるまま、ダンテはこの島にやってきた。邪火龍だか何だかの本拠地であるという、この島に。
「この上に城があるわ」
そう告げると、トリッシュは先に行ってしまった。崖をひとっとびである。ダンテも常識はずれには自信があったが、あそこまではとてもとても。
しかたなしに徒歩で階段をあがり、城壁の崩れた場所を探し当てる。外観からは長いこと誰も住んでいないように見えたが、中は晧々と明かりが灯されていた。独特の気配もある。
ダンテの口元に笑みが生まれた。適度の緊張感が、彼の五感を研ぎ澄ましていく。無造作とも見える動きで歩を進める。
昔は人間が使っていたのだろう。棚にはびっしりと書物が収められている。年ごとの作物の取れ高や、裁判、事件の記録など。斜め読みをしただけだが、どうやら昔から怪異には事欠かなかったらしい。
なんとも運の悪い城だ。気になることがもうひとつあった。
城のあちこちに飾られている人形である。誰が、なんの為に作ったのかはわからない。昔、どこかの本でみた姿をした人形が転がっている。「しかし、なんでニンジャ?」
この城の雰囲気にまったく似合わない人形だった。しかも服が緑やら赤やら、隠密にはかなり不向きそうな色である。
狩人は部屋の探索を終えると、次の部屋へと向かった。「へっぶしっ こんちくしょう」
否、向かおうとした。
振り返ればそこには、緑の服のニンジャ人形。「……」
「……」発砲。
「ヒ、ヒー!(な、なんてコトするんだ!? まだフラグたってないぞ!)」
「あ? 日本語か? 意味わかんねえよ」
日本人に対して非常に失礼な事を言いながら、さらに緑の忍者に弾丸をプレゼントしていく。
「ヒーッ」
わりとあっけなく沈黙するミドニンジャー。だが、ミドニンジャーは1体だけではなかった。
「ヒーッ」
「ヒーッ」
「ヒーッ」
さりげなく赤いのも混じっている。
飛び掛ってくる忍者の山を、エボニーとアイボリーが片っ端から迎撃していく。たちまち巻き上がる血風。弾丸で致命傷を負わなかった忍者には剣の洗礼が待っていた。両断される者、串刺しにされる者。横薙ぎに振るわれた刃が、幾人かの忍者をまとめて倍の数の肉片に変えた。
どれだけの数の敵を倒したかなど、ダンテは気にしない。無意味だからだ。魔族どもが全滅するか、自分が死ぬか。それだけである。
ダンテの歩みは止まらない。銃と剣で敷かれている絨毯よりも紅い道を作りながら、奥へと進んでいく。
吹き飛ばしたニンジャの一体が、扉をぶち抜いて横の部屋に飛び込んでいく。直感的にその後を追ってその部屋に飛び込むダンテ。「……スモウレスラー?」
「ゴワゴワ、ゴワスデゴワス(よくこの部屋まで来たものだな。だが、ここまでだ)」
「だから、わかんねーよ」
「ゴワゴワ、ゴワスデゴワス!(問答無用!)」棍棒を振りかざして襲い掛かってくる相撲取り(と言ったら、相撲取りが気を悪くするような格好の敵)。接近戦は不利と見て距離を離すダンテ。
2丁の銃がマシンガンのような発射音を放ちながら弾丸の雨を降らせる。「ゴワーッ!?」
生身の部分にあたったらしい。あっけなく沈黙する相撲取り(と言ったら以下略)。
成敗! 「成敗ってなんだ!?」
地の文に突っ込みを入れるダンテ。だが、彼の冒険はまだ始まったばかりだ。
「続くのか!?」
続きません。