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MASQUERADE

―あるいはいかにして少女は笑顔を閉ざしたか―


 

pipipi……
時計のアラームが23:00を告げる。予定通り、課題及び予復習は終った。
「さて、出かけますか…ね」少女は皮肉げな笑みを浮かべつつパソコンの電源を入れた。
待つこと10数秒、パステルカラーに彩られたホームページにたどり着く。
『はろろ〜、CHAKOのページへよぉこそ♪』取り込んだ音声が彼女を迎える。
「……前日のアクセス数、368名…『バカ』が368匹、か(嘲)」
いつも通り日記を書いて、ギャラリーの更新、
その後ちょっとだけチャットに顔を出してからメールチェックでもしようか。
頭の中で予定を組みつつすばやくキーを叩く。
ハンドルネームCHAKO。一部のマニアの間で人気をはせるコスプレイヤー。
これが少女…片桐久子のもう一つの顔である。(もっとも彼女はコスプレという言葉を嫌い、『マスカレード』と呼んでいるのだが)
『今日は久しぶりにイベントのない日曜日。今度の衣装の生地を買いにいってきました。
…のはずなんだけど、どうしてガトーショコラなんて買ってしまったのかなぁ(爆)
ま、いっか。CHA−は育ち盛りだし、ケーキの方から『食べてー』ってお願いしてきたんだし(マテ)
あ、でもちゃんと生地は買ってきたよっ。今度のイベントはフレンチメイドでキメちゃいます。
さーて、これから気合いれて作ろっと♪』…『CHAKO』の日記、一丁あがり。

――ガトーショコラ、か…誰が食べるもんですか、あんな脂肪にしかならない砂糖の塊。
――栄養なんか、ビタミン剤で十分補えるんだから、その方がムダなカロリーとることもないし…
 

わたし、うれしかったの。
みんなわたしのこと、『ぶただ』って、『きもちわるい』ってゆうの。
でも、あのこだけはちがったの。けしごむをかしてくれたの。うれしかった。
だから、おてがみをかいた。ありがとうって、うれしかったって、おともだちになってって。
それなのに……なのに!

――アリガトウブー、・・・クンダイスキデス、ツキアッテクダサイブー
――ミナサンミテクダサーイ、コレガブタガヒヅメデカイタヨニモメズラシイオテガミデース
――ヨカッタナーヒサブタ、ドウブツエンデユウメイニナレルゼー

・・・・・・ヤメテクレヨ、メイワクナンダ、ソウイウノ。

おなかいたい・・・もっとべつのところが・・・いたい。

――コンジョウガタリナイカラソンナアマイコトヲイウンダ
――ヤセレバ、ベンキョウデミカエセバイイジャナイカ
――ビョウニンデモナイノニ・・・オマエハニンゲンノクズダ・・・・・・ハジサラシ。

ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
わたしがわるいこだから・・・がっこうにいけないわるいこだから・・・
ままもおびょうきになっちゃったんだよね・・・
いいこになるから、だいえっともおべんきょうもするから・・・
だからおねがい・・・わたしを・・・わたしを・・・・・・!!

………………少しうとうとしたらしい。何か悪い夢をみていた…気がする。
まだギャラリーの更新が残ってるんだ。こういうのは早いほうがいい。
久子はにじんだ脂汗と頬に伝う雫を手の甲でぬぐい、作業を再開する。
デジカメからCDーROMに取り込んだ多くの画像を厳選して、トリミング後、アップロード。
今回は…このゲームキャラのにしよう、我ながら衣装もいいできだったと思うし、写りもいい。

――それにしても…かなり露出が高いな、これ(苦笑)
――まぁいいわ、その方がアクセス数は増える。バカな連中が何も知らずに来るってものよ…

中学最後の春休み。小学校時代のクラス会。
あのメンツとは二度と顔を合わせたくないと思っていた…この体を手に入れるまで。
この体型ならどんな服でも着こなせる自信がある。普通のブティックでどれにしようか選ぶことができる。
『デブ菌』と言われ続けた私はもういない。
さて、あいつらがどんな顔で見るでしょうかね……

――で…じゃなかった、かたぎりさん?おどろいたなあ、みちがえたよ。(当然。このためにどれだけ努力したか…。)
――おれさあ、かたぎりさんにもらったてがみ、だいじにとってあるんだ。(おおかたこの場で読み返して笑ってやろうって魂胆だったんでしょ。)
――かれしできたのかな?おれりっこうほしていい?(あなたに『ご馳走』になった金魚のエサの味、おぼえてますよ)
媚びるような目、甘ったるい声、やにさがった表情。みんなおんなじだ。
県内有数の進学校に入学が決定した時の『あの男』の態度に………ヘドガデル。
私はゆっくりとヤツがもっていた手紙を受け取ると、おもむろに手にしていた『色つきの砂糖水』を中身だけお見舞いした。
「そんな外見いいのがよければ、マネキンでも連れたらどうです?では、失礼」
あっけにとられているやつらを尻目に会場を後にした。

……64枚になった紙切れ…すべての過ちの元凶が、名残雪とともに風に舞い散った。

『じゃ、そろそろCHA−は寝ますね。おやすみ〜〜(≧▽≦)ノシ>おおる』
……速やかにチャットを退室。中身のない会話に付き合うのも疲れる。メールをチェックして、今日は休もう。
メールボックスの中の膨大なファンメール(彼女的にはバカの萌え萌えメール)を即行でゴミ箱に放り込む。
大量のメールの中に久子は『TOKUMEI』の文字を見つけた。早速プレビューする。
『某月某日、いつもの場所へ来られたし』………

あの日、一枚残らず処分したはずの『昔の写真』をネタに脅されこの世界に入ったときには、
いかにして早くネガを取り返し、『特務生徒』なるものから解放されるか、そればかり考えていた。でも……

――よ、久っち、元気にしてたか?(wink)    ーこんなあだ名で呼ぶ人なんてフツーいない。
――包み紙なんかなくても綺麗なものがあるぜ…久子、君の笑顔とかな。   ー誰だって綺麗な包み紙は魅力だと思うけど。
――お主、よほど狭い世界にいたのだな、片桐。   −どこにいったって男の本質は変わらないと思う。

まぁ、特務生徒なんてやってる人たちだもの、変わり者の集団よね…私も人のことは言えないか。

日時も確認した、いつもの手順に従ってメールも削除した、後はゆっくり休んで体調を整えないと。
『イレギュラーな皆様』にあう日のために…。
久子は珍しく穏やかな笑みを一瞬見せ、眠りの淵へと落ちていった。
 


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