………まったく、優雅じゃないな…
豪奢な病室のベッドに横たわりつつメルセリオンのエリート、暁光寺明人は思った。
事の起こりは数日前。千葉某所の私立鳳凰学園にて。
校内が一人の少女をめぐって決闘が繰り広げられる世界になる、というTPASが発生した。
解決する際、思いのほか大きくなってしまった卵に捕われ身動きが取れなくなってしまった。
その時はともに転攻していたエキストラにより最悪の事態は免れたものの、(演技ではあったが)彼らとの戦いのダメージもあり、現在に至るのであった。
それにしても……あといつまでここにいなければいけないのだろうか。
今いる場所はメルセリオン学園の入院施設ゆえ、そろっていないものはないに等しい。
あったとしても頼めば持ってきてくれる。とはいえ、病室のベッドで寝てばかりというのもいささか退屈なものである。
そんな暁光寺のけだるい時間を破ったのは、ドアをノックする音と一人の少女の声であった。
「ぎょーーーこーーーじさーーーーーん、お見舞いに来たよん♪」
茶色い髪を赤いリボンで頭の高い位置で二つに分けた、俗にツインテールと呼ばれる髪型。
そして紺のワンピースと白いケープが印象的なマリーア女子高の制服。
先だっての事件で一緒になったエキストラ、南 きみよである。
「ああ、見舞いに来てくれたのかい? ありがとうリトルミス」
いささか疲れが残っているものの、明人は穏やかに、そして優雅に微笑んだ。
きみよは近くの店で買ってきたであろう花と茶色の紙袋を手に中に入ってきた。「お花いっぱいだねー、持ってこなくってもよかったかなー」
などといいながら空いているスペースにむりやり花を詰め込んだあと、ベッド脇の椅子にちょこんと座る。
一般病棟のスチールの椅子と違って柔らかなすわり心地に少し驚いた。
「何回か来たんだけど、『面会謝絶』の札かかってたから心配したんだよー」
「あぁ、少しゆっくりしていたかったからかけてもらっていたんだ。心配をかけてしまったようだね」
……嘘だった。戦いで受けたダメージは思ったよりも大きく、最初の数日は起き上がることもままならない状態だった。
しかし、このことを目の前の少女に知られるのは、あまりにも優雅ではない。
もっとも、ゆっくりしていたくて札をかけてもらっていたことに関しては、多少本当ではあったが。
「でも元気みたいで安心しちゃった。お見舞い持ってきたから食べてねー」
そういって少女が茶色い紙袋から『それ』を出したとき・・・暁光寺の頭の中に疑問符が乱舞した。
ラップにくるまれた、薄茶色の物体。丁度手のひらに乗るくらいのそれは、大きさに見合わず軽かった。
『食べてね』というくらいなのだから食べ物なのだろうが、この、優雅さとはかけ離れたものはいったい……???
「カルメ焼きだよん。駄菓子屋のおじちゃんおまけしてくれたのー♪」
どうやらこの物体は『カルメ焼き』というらしい。
「でねー、これちょっと面白い食べ方があるんだー。あ、ティーセット借りるねー」
そういうと、きみよは二人分の紅茶を入れ始めた。・・・よかった、ちゃんとティーカップは温めてくれたようだ。
これをするしないでは味がまるで違うものになる。
やがてかぐわしい香りが病室をつつみ、二つのカップに紅茶が注がれる。
「まずねー、カルメ焼きを一口かじって」
きみよはそういって暁光寺の目の前でそれを一口かじってみせた。
「で、このままストレートの紅茶を一口飲むの」
一口紅茶を飲み、心底ほっとした表情でさらにきみよは続ける。
「そしたらねー、『お月様の舌触り』と『お月様の味』がするんだってー、こないだ見た本に書いてあったの。お月様をいっぱい食べたら早く良くなると思うんだー(えっへん)」
……あぁ、そういうことか。暁光寺は納得した。
きみよの通っているマリーア女子高は、西洋魔術の流れを汲む高校である。
そんな彼女なりの精一杯の心遣いが、暁光寺には嬉しかった。
「ありがとう……リトルミス」
暁光寺は傍らで少し胸をそらし満面の笑みを浮かべている少女の右手を取ると、その甲に己の唇をつけた。
あくまでも優雅さを崩さぬ笑顔と、感謝の念をこめて……ほどなくして『営業先の電車に間に合わないから』と、小さき貴婦人は病室から去っていった。
後に残されたのは、さりげない香りで己を主張する紅茶と、紙袋のカルメ焼き。
暁光寺は先ほどの彼女に倣って、カルメ焼きを口にし、紅茶を飲む。
口の中に、優しい『月』が満ちる。
……思いのほか、早く現場復帰が叶うかもしれない。
紅茶と同じ色の夕日の光の満ちる中、暁光寺はそんなことを思っていた……。
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