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実録 或るいるだけアイズの日常



 いい加減慣れてきた訓練という名のシゴキ(一般名称:午前の授業)も終わり、国際専守防衛学校にも普通の学校と同じくお昼休みがやってきました。
 担当教官に対する怨嗟の声や、襲撃計画を練る姿は、きっとどこの高校でも見れる事でしょう。

「……で、ウチの制式拳銃は工具無しで解体が可能なんだ。ほら、ここを抜く時にスプリングが飛び出さないように気をつけて」
「はい。……はい、了解です」

 銃の解体整備で仲が深まるカップルというのは、他の所では珍しいかもしれません。
 あ、申し遅れました。わたし、園生奈々緒といいます。現在は2時間走りっぱなしから無事帰還し、芝生の上に寝っころがり中です。死ぬほど走って火照った体には、1月の寒空も心地よいかぎりです。
 昨日の夜は非情召集もなく、今日も比較的平和に時間が過ぎています。いつもこんな……いえ、もう少し穏やかに日々をこなせると幸せなのですが。
『1年C組の園生奈々緒さん、1年C組の園生奈々緒さん、お電話がかかっています。至急事務室までくるように』
 はて? アナウンスを聞きながら私は首を傾げました。母はたまに電話をかけてきてくれますが、昨日の夜にかかってきたばかりです。祖父でも亡くなったのでしょうか。
 とりあえず事務室へ走り、受話器を受け取りました。ここに来る電話はすべて逆探知されるので、不審な所からではないと思うのですが。
「はい、もしもし?」
「麻生です……もしもし、園生さん?」
 ……はっ 一瞬意識がトンでいました。麻生さんというのは正式名称を麻生真依さんと言って、マリーアに通っているアイドルの卵さんです。妙な縁で懇意にさせていただいているのですが、ちょっと苦手。
「苦手とはなんですか」
「地の文を読まないでください!?」
「冗談です」
 何が冗談なのか、恐くて聞けません。つまりは、こんな人なのです。
「あなたも携帯電話ぐらい持ったらどうですか」
「……貧乏なんです。パンのかわりにケーキなんて食べれません」
 受話器の向こうで、しばらく考える気配がありました。
「なんでしたら、わりのいいアルバイトを紹介しましょうか?」
「あ、わたし男の人とか苦手ですから水商売関係は無理ですよ?」
「じゃあ、本題に入りましょうか」
 水商売だったんですか!? という突っ込みは必死に心の中にしまいこみました。口では勝てないのです。他の何かで勝てるかというと、ちょっと思い浮かばないのが悲しい所ですが。
 ……胸の大きさとか?
「そういう不埒な事を考えている人は、到着時間を5分から3分に短縮します。間に合わなければあなたの家の借金が2.75倍に……」
「また地の文をっていうか本題に入ってないし、その微妙な数字は一体って突っ込みどころが多すぎて的を絞れません! ……切れてる!?」
 いつもの事です。これがいつもの事だというあたりが戦慄ですが。
 麻生さんは、わたしの実家の商店の借金の借入先の会社の筆頭株主なんだそうで、いつもこんなステキな脅しをかけてくれます。多分冗談なんでしょうが、ひょっとすると本気なのかもしれないので、かなり逆らえません。
「あっ 加藤さんちょうどいい所に! ちょっと手伝ってください。 or Die!」
 
 

「いつも思うんですけど」
 麻生さんは優雅に紅茶の香りを楽しみながら、微笑みました。
「国防からマリーアまで、どうやったら3分でたどりつくのかしら?」
「国家防衛、じょう、の、しゅ守秘義務、を、行使させて、いた、だきます」
 翻って、わたしは無様に死にそうです。
「それで、そのマリーアの制服はどこから?」
「国家防衛上の以下略です。それで、今日はどんなご用件なんでしょうか?」
 ようやく息が整いました。ところで、マリーアの制服ってどうも国防のものに比べて足元がひらひらしてて落ち着きません。
「ああ、そうね。実は学校の授業でクッキーを焼いたんですけど、一緒にどうかなと思って。……園生さん? なんで倒れるんですか?」
「い、いえ。なんでもないでしゅ」
 ……毎度の事毎度の事。なんというか今、耐え忍ぶわたしは国防の鑑のような気がしてきました。
 あきらめて、勧められるままに席につきました。見ればおいしそうなクッキーが。そういえば、お昼ごはん食べてません。
「ひどい。私のせいだなんて」
「地の文にも書いてません!?」
 そんなにわたしを翻弄して楽しいんでしょうか?
 ……楽しいんでしょうね。ええ、楽しいんでしょうとも。
「さぁ、遠慮なくどうぞ」
 おなかがすいているのは確かです。わたしは「いただきます」言ってクッキーを一つ口に頬張りました。

 苦っ!?

「どうしました?」
「な、なんでもないです。おいしいですおいしいおいしい」
 ちょっと笑顔が引きつったかもしれません。このクッキー、見た目はまともなくせに焦げたとか消し炭になったとか、そんな範疇を超えた苦さです。
「ところで園生さん、コーヒーはブラック?」
「いえ? ミルクと砂糖をこれでもかと言わんばかりにたっぷりと」
「そのクッキー、これみよがしに苦くありません?」
「確信犯ですかーっ!?」
 にこにこと微笑む麻生さんには何を言っても無駄なのでしょうか? なんだか、心なしか頭がくらくらしてきました。

 くらくら、くらくら。

 あれ?

「あ、あの、麻生さん? なんだか体の具合が」
「どうです? 意識がはっきりしてきたりしません?」
「そ、それはどういう……」
「いえ、魔法薬の授業で作ったんですが。アッパー系のはずなんですけどね。調合間違えたかしら?」

 薄れ行く意識の中で放った、わたしゃモルモットですかというツッコミは、果たして麻生さんに届いたのでしょうか?

 午後の授業にしっかり遅れた私は、腕立てふせ1000回でした。


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