春は近く
ある、冬の晴れた日のことだった。
風もなく雲もない、なにかの冗談みたいにびっくりするほど暖かい、そんな日の放課後。
深陽学園の校舎の影に、二人は立っていた。
遠くでクラブ活動をしている生徒達の声が聞こえる。だが、そんなものは藤花の耳には入っていなかった。
同じクラスの倉田俊輝にここに呼ばれた時、ケンカになるだろうと思うほど殺伐とした生活はしていない。
これからここで何が起こるか、容易に想像できた。だが、想像できたからといって、胸の鼓動が治まる訳でもない。
こんなシーンを夢に描いて、いいなぁと思ったことはある。だが実際に出くわしてしまうと、いいなぁでは済まないのであった。
「宮下さん」
「は、はひっ」
俊輝の声に上擦った声で応える。自分の声があまりにかっこ悪くて赤面した。
緊張で固まっている藤花に対して、俊輝の方は平然としていた。まるでこれから起こることを知っているように。
彼は知っているのだった。それでも、言わなければ前へ進めないのだ。苦しかったが、驚くほどさっぱりとした気分だった。
「あなたの事が、ずっと好きでした」
流れる無言の時間。
変化といえば、藤花の顔色ぐらいだった。
どちらの方がよりその時間を長く感じたのだろうか。
やがて、意を決したように頭を下げる。
「あの……、ごめんなさいっ 私好きな人がいるんです」
「知ってるよ。3年の竹田先輩でしょ?」
「へ?」
俊輝は笑っていた。
藤花の顔が怒りで真っ赤になる。
「ひどい……からかったの!?」
「いや、本気だよ。僕は宮下さんのことがずっと好きだったんだ」
藤花はどう言っていいかわからず、目を白黒させるばかり。
そんな藤花を見て、やっぱりかわいいなぁと思う。だが、自分には高嶺の花だったとか、そういう自分を卑下するような言葉は不思議と浮かんでこなかった。
「宮下さんには迷惑だったかもしれないけれど、どうしても自分の気持ちを伝えたかったんだ。困らせちゃってごめん。話を聞いてくれてありがとう」
嫌味なしに、本当に感謝していたのだ。自分の想いが叶わないのは確かに残念だが、一人で生きているのではないのだから、それは仕方のないことなのだ。それを気づかせてくれたことに、俊輝は心の底から感謝していた。
「あの、なんて言ったらいいのかわからないけど、好きになってくれてありがとう。ありきたりだけど、これからも友達でいてくれる?」
「もちろん」
笑いながら差し出された俊輝の手を握り返す頃には、藤花の顔にも笑顔が戻っていた。
「それじゃ、また明日。ちょっと気まずいだろうけどね」
藤花に背を向けて、俊輝は歩いていく。振り返るつもりはなかった。
笑顔で別れたかったからだ。今の顔を藤花に見られたくなかった。
「倉田君」
だが、その声で振り向いてしまったのは、その声の調子が普段の藤花の声ではなかったからだった。
藤花は俊輝が一度だけ見たことのある、笑っているようなからかっているような、不思議な左右非対照の表情をしていた。
「そう気を落とすことはないよ。冬来たりなば春遠からじ、さ」
俊輝は一瞬きょとんとした顔になったが、すぐに笑顔になって『彼』に向かって頭を下げた。
「ありがとう」あなたのことが好きでした。でも嫌いになったわけではありません。
ある、冬の晴れた日のことだった。