秘密兵器
「霧間さん……」
「凪でいいよ」
「……凪、本当にこれ大丈夫なのか?」
お世辞にも広いとは言えないコクピットの中で、竹田啓司は隣の霧間凪にそう訪ねた。
「多分」
凪の答はたった3文字。絶句する啓司を横目に凪は前に座る健次郎と正樹に発進命令を下した。
「さて、ひと暴れするか」ムーンテンプルの試射を終えた会場は、本物のパーティ会場となっていた。
食事や酒がふるまわれ、あちこちで談笑が聞こえる。皆、これからの未来に思いをはせていた。
二人の少女以外は。
「おや、楽しんでいらっしゃらないようだ」
「当たり前でしょっ!」
恭一郎にかみついたのは藤花の方。綺はじっと彼を睨んでいた。
「どうしてあんなひどいことするんですかっ!?」
「ひどいこと?」
恭一郎は心外そうな顔をした。
「人間が我々にしたことはひどくないというのかね?」
ちらりと綺を見た恭一郎の瞳は複雑だった。
哀れみと羨望。
「どういうこと?」
「失礼。君達には関係の無いことだ」
にやりと笑い、恭一郎は談笑している人々に向き直った。
「諸君!」
人々が恭一郎に注目する。
「我々の、統和機構の輝かしい未来に乾杯!」
グラスが高々と掲げられる。皆がそれに倣おうとした瞬間。
グラスを重ねる音の数千倍の音が会場に響いた。天窓を割って、大質量の物体が落下してくる。遅れて鳴り響く警報。
会場は一瞬にしてパニックに陥った。
「警備は何をしていた!?」
怒鳴りながら恭一郎は落ちてきた物体に目を凝らす。
それは、奇妙な物体だった。
全体の印象は戦闘ヘリの後ろのローターを切り落としたもののようだが、3対の車輪がついているあたり、軽装甲車のようにも見える。だが、それだけでは言い表せないようなごちゃごちゃしたものが、子供の悪戯のように装甲に張り付いている。
外部スピーカーが吠えた。
『見たかっ!これが『霧間タンク』略して『キリタンポ』だ!!……ごふぅっ!?』
『健太郎……、その名前はやめろって言わなかったか?『ぽ』はどこから出てきたんだ『ぽ』は』
『い、今はそれどころじゃないだろ。あー、羽原さん白目むいてるし』
その声を聞いて藤花の顔がぱっと輝く。
「先輩っ!」
「なるほど、あのかぼちゃの馬車は君を迎えに来たのか。だが、十二時を過ぎてもシンデレラを帰すわけにはいかないな」
冷静さを取り戻した恭一郎は兵士に攻撃を命じる。だが、その命令も会場を揺るがす爆発音に遮られた。
「今度は何だ!?」
「パ、パンドラです!!」
兵士の報告に恭一郎は舌打ちした。「目標補足。誘導弾セレクト」
香純の報告と同時に慎平が吠える。
「全弾発射ぁっ!」
パンドラの甲板から無数のミサイルがムーンテンプルに向けて放たれる。
周囲を揺るがす大爆発の後、だがムーンテンプルには傷一つ付いていなかった。
「バリアか!?」「その通りだ」
誰とも無くつぶやくと、恭一郎は近くにいた兵士を呼び寄せた。
「ムーンテンプルをパンドラに向けて発射しろ」
「し、しかし、それではこの施設にも影響が……」
「構わん!」「船長!ムーンテンプルに高エネルギー反応!」
「寺月恭一郎……正気か!?」
一瞬耳を疑う慎平。
「歪曲場展開しつつ全力で攻撃っ!撃たれたらおしまいだ!」「遅いっ」
勝ち誇った恭一郎はムーンテンプルの発射を命じる。
だが、その声に応える者は無かった。
「させないよ」
その声に背筋が凍る。恭一郎が振り返ると、そこには両手が自由になった藤花と綺、そして倒れた兵士がいた。
「どうやって……っ!まさかっ!?」
「『あれ』は本来こういう使い方をするものじゃない。こんな使い方しか出来ない粗悪な模造品なら、遮断する」
藤花の右腕がすっと前に前に差し出される。その指先から放たれた銀光は恭一郎をかすめ、先ほどの爆発にも耐えた強化ガラスを易々と貫き、数百メートル先のムーンテンプルに吸い込まれる。
ムーンテンプルの輝きが消えた。
銀光は、正確にムーンテンプル内部の人造オリハルコンを貫いていた。
「それは……感応結晶、ミスリルか?」
「その通り。オリハルコン、アダマンタイトと並ぶ三大遺失結晶の一つだ。あの模造品とは違って本物のね」
藤花はそう言うと、笑っているようなからかっているような、いわく言いがたい左右非対照の表情をした。
「今日はこれで失礼するよ。これ以上ここにいると無関係な人間まで巻き込んでしまう」
「そうだな。だが、ガラスの靴は置いていってくれよ?」
「ぼくはシンデレラじゃない」
「失礼した」
恭一郎は心底可笑しそうに笑った。
「また会おう。ブギーポップ」
彼の背後でムーンテンプルが盛大な爆発音をあげた。