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Boogiepop easter/Cross over

在りし日の肖像/成瀬看祢・1


「君は、僕の授業をサボれるほど頭が良かったのかな?」
 1限の数学教師のねちっこい口調をまねて、私、成瀬看祢(なるせみね)は窓の外をぼけーっと眺めているそいつに声をかけた。
「あんた、雨の日は嫌いじゃなかったの?」
「うるさいぞ成瀬」
 引き剥すようにしてこちらを見たそいつの顔は、かなり険悪だった。
 よっぽどあの先生の言葉が腹に据えかねていたのだろう。声の方も刺々しい。
 こいつの名前は坂崎敬一(さかざきけいいち)。私とは中学時代からの腐れ縁だ。
 そして、私の中学時代からの片思いの相手でもある。
 ずるずると告白も出来ないままもう4年になる。どうも私は好きな相手にちょっかいをかけたがるという、子供みたいな癖があるようで、性別を超えた友情みたいな今の状態がいつの間にか出来上がってしまった。
 自業自得といってしまえば、それまでなのだけれども。
「遅刻なんて、あんたらしくないじゃない」
 敬一は今、親元を離れて一人暮らしをしている。中学の頃から、はやく自立したいとか言ってた奴だったから、高校に入ってすぐに一人暮らしをはじめた時もたいして驚かなかった。
 確か、その一人暮らしの条件の一つに『無遅刻無欠席』があったはずだが。
「ちょっと、な」
 私から目をつい、と逸らす。言葉を選んでいるようだった。
「ほらほら、話してみなさい。おねーさんが相談に乗るわよ?」
「誰がおねーさんだ。お前まだ人生相談のまね事やってんのか?」
 少しむっとした。人生相談の『まね事』と言われたことではない。まね事なのは事実だからだ。
「私だって好きでやってるわけじゃないわよ。みんなが勝手に相談に来るんだから。なんだかみんな必死だから断りきれないのよ」
 どういう訳か、私は人の相談を受けることが多い。お陰で私は、図らずもこの青翔高校の有名人の一人になっていた。
 いや、理由はわかっているのだが。
「って、今は私のことはどうでもいいの。あんた、本当に今日はどうしたのよ?」
「てん……小鳥を、拾ったんだ」
 ぼそぼそと、ばつの悪そうな顔をして敬一はそう言った。
「はぁ?」
 思わず聞き返す私に敬一は少し頬を赤くして、また目を逸らす。
 何を焦っているのか、少し早口になった。
「朝、ごみ出しに行ったらさ、ごみ捨て場に小鳥が捨てられてたんだ。そいつ、なんだか今にも死んじまいそうでさ、部屋に連れて帰ったら、いつの間にか遅刻確定だった。……笑いたきゃ笑えよ」
 よほど恥ずかしいと思っているらしく、最後の方はほとんど聞き取れないほど小声だった。
 私は笑わなかった。大げさに言えば、惚れ直した。
 普段はぶっきらぼうなのだが、ふとした所でこんなやさしさを見せる。私は敬一のそんな所が好きだった。
 もちろん、面と向かってそんな事が言える度胸は私にはないが。
「で、それが嫌いな雨をぼーっと見てた理由?」
 敬一は「まぁな」と言って、再び窓の外の雨に目を向けた。
「そいつな、……どうも珍しい種類らしくて、訳ありみたいなんだ。助けたはいいけど、厄介なことに首つっこんだんじゃないかって、今ごろになって少し後悔しててさ、我ながら情けないなぁってな」
 ため息を一つ。
 そして、私の顔を見ていぶかし気な表情をした。
「お前、何ニヤついてんだ?」
「え?」
 そんなつもりはなかったのだが。
 でも、思い当たる事はある。私が相談事を頼まれる理由だ。
「私、今どんな顔してる?」
 逆に敬一に聞き返した。
「どんなって、笑ってる」
「もっと詳しく。私そんなににやにやしてた?」
 敬一はすこし考え込んで、
「……なんていうのかな、楽しそうっていうか、そんな感じだと思うけど、それがなんなんだ?」
 私は今度こそ『自分で』笑った。
「私の顔がそう見えるんだったらさ、きっと大丈夫だよ。敬一はきっとその小鳥が好きになれるって。たとえどんなことになっても後悔しないと思う」
 敬一はぽかん、とした顔になった。
「お前が人生相談やってる理由、わかったような気がする」
「少しは見直した?」

 私には人にはない力がある。
 相手の強い思いが私の表情に現れるのだ。
 私はこの力で敬一のことを助けられたのだと思った。
 でも私はこの時、敬一が助けた小鳥がなんなのか、これから敬一にどんな事が起こるのか、まるで知らなかったのだ。


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