「とにかく、その服なんとかしなさいよ」「わかれ」と……
私はそう言って、宮下(自称ブギーポップ)が着ていた帽子とマントをはぎ取った。その下にはちゃんと女の子らしい格好をしている。
「ちょっと来なさい」
「いや、ぼくは」
うろたえる(ような気がする)宮下を近くの公衆トイレまで連れていく。
「何をするんだい?」
「あんた、そのメイクかっこいいと思ってんの?失敗したビジュアル系のバンドみたいよ」
白い顔に黒いルージュの宮下の顔は、お世辞にもかわいいとはいえなかった。元はそれなりにいいのだから、何もこんな変なメイクをすることもないだろうに。
「ほら、顔洗って」
しぶしぶ、といった感じで宮下は顔を洗いはじめた。私がさしだしたハンカチで顔をふくと、いつもの宮下に戻る。
「ほら、すっぴんの方がまだマシじゃない」
「身を飾るために化粧をしていた訳ではないからね」
メイクを落としても、宮下の変に時代がかった言い方は直らなかった。
「君は人の心を自分の表情に投射できるようだが、それが特別なことだということはわかっているね?」
「え?えぇ……」
どきりとした。自分でも変わっているな、とは思っていたが、こんな風に面と向かって言われたことはなかった。
「それでは、自分以外にも特別な力を持った人間がいると考えたことはないかい?」
「そりゃぁ、そう考えるのが普通だけど……、じゃ、やっぱり、宮下もそうなの?」
「ぼくは宮下藤花の体を借りているだけさ。名前は……、君はもう知っているはずだ」
「……ブギーポップ」
自称ブギーポップはゆっくりとうなずいた。
「今は世界の危機を遮断するために浮かび上がって来ているが、もうすぐ消える。宮下藤花はその間のことは何も覚えてはいない」
「ちょっと待って……、さっきも聞いたけど、遮断て何? 世界の危機って……」
「悪意を吸い取る人形は知っているだろう? あれのことさ。放っておけばやがてあの人形は世界に広まり、悪意を食いつくすだろう」
「……いいことじゃない」
「だが、善悪なんてものは相対的な物の価値観にすぎない。それを判断するのは自分自身でなければならない」
「それで、どうしたのよ。まさか……」
「彼女を殺した」
私は思わず彼女の頬を思いっきりひっぱたいた。乾いた音がトイレに響く。
「……それがぼくの仕事だからね」
ブギーポップは無表情にそれだけ言った。
私はもうどうしていいかわからなくなって、ブギーポップの胸倉を掴んで、そして気がついた。
自分が泣いていることに。いや、私ではなくて……
「泣いて、いるの?」
「さぁね。ぼくには主体がないんだ。僕がどう思おうとそれは意味がない」
そう言って顔を背けたブギーポップは、なんだかひどく小さく見えた。
「……ちょっとした知り合いでね。昔会った時に、世界の敵になると言っていたが、まさか本当にそうなるとは思わなかった」
「……どうしても殺さなくちゃいけなかったの?」
私の目からは涙が流れ続けていた。もう、どちらの涙なのか、区別がつかない。
「僕は自動的なんだよ。選択肢は限られていてね」
「……来なさい」
私は涙を拭うと、ブギーポップの手を引っ張った。トイレから出ると、外はもう夕暮れ時だった。
「どこに行くんだい?」
「あなた、お酒はいけるほう?」
「……アルコールを摂取したことはないね」
「宮下は結構いける方だから、あなたもきっと大丈夫よね」
嘘だった。宮下がお酒を飲んでいるとこなんて見たことがない。
「……飲みに行くわよ」……それから先のことはよく覚えていない。私が一人で馬鹿騒ぎをしながら、横で真っ赤になっているブギーポップをからかって。あいつも馬鹿騒ぎするようになったと思ったら、いつの間にか宮下に戻っていた。
結局女二人の馬鹿騒ぎは日付が変わるまで続き、ぐてんぐてんに酔っ払った宮下を家まで送り届けて家の人に思いっきり怒られたりした。
一つだけはっきり覚えているのは、宮下を担いで鼻歌を歌っていた時に聞いた一言。
「ありがとう」
あれっきり、ブギーポップには会っていない。