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Boogiepop and seedmaker 〜ごみ箱の中の天使〜

CALL ME call me
「……あなた、だれ?」
 つばさのその言葉で俺は我に帰った。
 俺の想いが嘘だって!?どういうことだかさっぱりわからない。だが、今はそんなことを考えている場合ではなかった。
 空気が凍る。
「ぼくの名はブギーポップ」
 男とも女ともつかぬ、中性的な声。
「世界の敵を遮断しに出てきたんだ」
 世界の敵?遮断?
「ぼくのことを死神と呼ぶ人もいる」
 ブギーポップと名乗ったそいつの言葉に、つばさの体がびくり、と震えた。
「……わたしを殺しにきたの?」
「なんでそう思うんだい?」
「だって、わたしはっ、わたしは……」
 それ以上は言葉にならなかった。つばさは、肩を震わせて泣いている。
 胸が痛い。すぐにでもつばさを抱き締めてやりたい。この想いが作り物だというのか?
「わたしを殺して……」
「つばさっ!」
「こないでっ!」
 駆け寄ろうとした俺を、つばさが背中で拒絶した。
「そうしたら、もしかしたらけーいちはわるい夢からさめるかもしれない」
「彼が悪夢を見ていると言うのかい?」
「だって、本当は好きでも何でもない、……悪魔のことを好きだって思い込まされてるのよ……」
 俺は声を出すことが出来なかった。
 俺はどうすればいい?俺は……
「断る」
 静かに、だがきっぱりとブギーポップは言った。
「君の相手はぼくじゃない。それに、君には殺すほどの価値も無い」
「だったら……わたしがあなたを殺すわ。死にたくなかったら、わたしを殺して……」
 言うが早いか、つばさはブギーポップに駆け寄った。翼が大きくうねり、一瞬の内に加速する。
 だが、目にも止まらないほどのつばさの攻撃をブギーポップは易々とかわした。さらにつばさは攻撃を加えていく。
 白い天使と黒い死神の命をかけたダンスは、しかし唐突に終わった。
 突然、つばさの体ががくりと揺らぐ。そしてそのまま雪の中に倒れ伏した。
「君はそんなに死にたいのかい?」
 つばさは顔を雪に埋めたまま、こくりと頷いた。
 ブギーポップが音もなくつばさに歩み寄る。
 ……気がついたらブギーポップの顔がすぐ近くにあった。真っ白な顔に黒いルージュ。あいつの手は俺の拳を静かに握っている。
 俺がブギーポップに殴りかかって行ったのだと、その時頭が理解した。
 心には嘘がつけない。たとえ、それがどんなものであっても……。
「君は」
 ブギーポップが俺の手を放した。俺はそのままつばさとブギーポップの間に立つ。
「その心が偽りだと知っても、彼女を庇うのか?」
「そんなことは関係無い」
「彼女が人間でなくても?」
「そんなことは関係無いんだっ」
 叫んでいた。そうしないと、心が負けてしまいそうだった。情けないことに、俺はまだどこかで自分の心を疑っていた。
「……彼女の命がもうすぐ尽きても?」
「そんなことは……何?」
 俺は慌ててつばさを抱きおこす。息は荒く、顔は真っ青だ。
「つばさっ、おいっ」
 うっすらと目を開けたつばさは俺の顔を確認すると、いやいやをするように首を横に降った。
「けーいち……、だめ。わたしのことなんか……」
 最後まで言わせず、俺はつばさを力一杯抱き締めた。つばさの体温が下がっていくのがわかる。
 そんなこと、わからなくてもいいのに。
「質問の答がまだだ」
 ブギーポップは俺達を見下ろして、そう言った。
「彼女の命がもうすぐ尽きるとしても、君は彼女を守るのかい?」
「あたりまえだ」
 おれはそれだけ言うのがせいいっぱいだった。少しでもつばさから注意をそらすと、つばさが消えてしまうような気がしたから。
 俺のその言葉を聞いて、ブギーポップは笑っているような、からかっているような、なんとも言いがたい表情をした。
「だったら、やはりぼくがすることは何も無い。失礼するよ、なにしろ今日は未来から呼ばれていてね」
 訳のわからないことを言って、ブギーポップは現れた時と同じように唐突に姿を消した。
 後には俺とつばさの二人だけが残される。
 静かだった。日はもうとっくに暮れて、雪と闇に閉ざされたこの世界にはもう俺達二人しか存在していないような、そんな気分になる。
「けーいち……」
「ん?」
「ごめんね……」
「……。あのさ、つばさが俺に魔法をかけたのって、やっぱりあれか、お前が屋上で知らない奴とキスしてた日か?」
 つばさの目が軽い驚きに見開かれる。
「うん。……でもあれはわたしを殺しにきたひとだよ。見逃してくれたけど。あれだって、わたしのこと調べるためで、べつに……」
 なんだか慌てているつばさに俺は笑いかける。
「だったらさ、俺その前からおまえのことけっこう気に入ってたんだぜ。あれは、ただのきっかけだよ」
「でも、でもたぶんわたし、知らないうちにけーいちに好きになってもらおうと思ってたんだよ。だから……」
「じゃあさ、おまえ俺のこと好きか?」
「……うん」
「本当に好きか?」
「うんっ」
「俺のこと好きになって幸せだったか?」
「うん。とっても幸せだったよ……」
「だったらさ、それでいいじゃないか」
「え?」
「おまえ、俺のこと好きになって幸せだったんだろ。俺も、お前のこと好きだって思えて幸せだった。俺達は二人とも幸せだったんだよ。な?」
 つばさの顔が涙でぐしゃぐしゃになった。俺は笑顔のまま。
 絶対に泣かないって決めたから。
 それが、自分に出来る最後のことだと思ったから。
「けーいち」
「ん?」
「好きだよ……」
「ああ……」
 俺達は、そっと唇を重ねた。
 静かな、本当に静かな夜。ごみ箱に捨てられていた天使は、空へ還った。
 

    Boogiepop and seedmaker "Angel in the gardage dump" closed.


end