ぽいぽいっと、ホウキとチリトリを投げつけられた。
サーヴァント中随一を誇る彼の目はそれを難なく捕らえ、両手で受け止める。
受けとめる、のだが。
「──む?」
「下の掃除、お願い。アンタが散らかしたんだから、責任もってキレイにしといてね」
赤の外套に身を包んだサーヴァント、アーチャーがマスターである遠坂凛から最初に受けた命令は、居間の掃除であった。
責任とは言うが、元はと言えば不完全な召喚をした凛の責任なのである。その事を彼のマスターは潔いまでにすっぱりと無視した。
異議異論反論はてんこ盛りであったが、凛が使った令呪により、彼女の意に逆らう事はアーチャーにとって大きなリスクとなる。超をつけても遜色の無い一流の魔術師をマスターに持った幸運と、傍若無人が高笑いをあげているようなこの少女をマスターに持った不運は、天秤にかけるとどちらが傾くのか。アーチャーには判断が付かない。
わかる事は唯一つ。この命令に逆らえない、という事だけだった。
「……了解した。地獄に落ちろマスター」
とぼとぼと、背中も寂しく凛の部屋を後にする。
気丈に振舞ってはいるが、彼女も疲労がたまっているはずである。サーヴァントの召喚などというものは、普通の魔術師ならば召喚したその瞬間に意識を失う程の魔力を使うのだ。今日はゆっくり休んで貰うのは、お互いにとって有益だった。「だからと言って、これを私一人でどうしろというのだ」
早々にホウキとチリトリを放り投げる。
濛々と埃のたちこめる居間は瓦礫の山だった。天井の梁からして折れているのである。こんなものでどうにかできる惨状ではない。
「──ならば」
す、と両目を閉じ、意識を右手に集中させる。
クラスこそアーチャーであったが、英霊となる以前、つまり生前の彼は魔術師であった。キャスターのクラスを名乗れる程ではないが、サーヴァントたる身、普通の魔術師に比べれば、遥かのその力は勝る。
彼の得意とするは投影魔術。自らの固有結界たる『無限の剣製』より、ありとあらゆる武器を汲み上げる事が出来た。
「投影、開始」
空の右手に質感が宿る。失敗する事など無い。もとよりその身は、ただそれだけに特化した魔術回路。息をするが如く得物を創造する。右手に握るは、鈍く黒光りするノコギリ。
武器かそれ。
「さて」
ぎーこぎーこと梁を適当なところで切断し、今度はノミを投影して削って組み合わせ、他のもうどうしようも無さそうな残骸を同様にして加工、魔術で強化し補強して梁を元の場所に固定する。
「何故、サーヴァントになってまで大工の真似事をしているのか」
ぶつくさ文句を言いながらも、その顔は物を作る喜びに輝いていたりするアーチャー。元々こういうの大好きなのである。
続いて、破けて中身の綿が飛び出してしまっているクッションに目をやる。
針を投影。ちくちくと丁寧に縫い合わせた。
家事全般において万能の能力を誇るアーチャーに隙はない。壊れた時計だって直してしまうその腕前。サーヴァントとして全然自慢にならないが。
そんなこんなで、わずか数時間で廃墟と化していた居間はすっかり元通りになった。
「完璧だ」
出てもいない額の汗を拭いつつ、いい笑顔のアーチャー。
そこで彼の役目はとりあえず終了であったのだが、ふと思い立ち台所に向う。
「一人暮らしにしては片付いているが、まだまだ甘いな」
不敵な笑みを浮かべ、食器を洗い始めた。テーブルを布巾がけし、ゴミを分別する。ついでに床を雑巾がけし終わった頃には、外が明るくなっていた。
彼のマスターが目覚めてくる気配はない。どうやら、意外と朝に弱いようだ。
「ふむ」
とりえず風呂掃除に向う。それが終わったらトイレも綺麗にしておこう。
洗濯もやりたかったが、さすがに女性の一人暮らしの洗物をすると烈火の如く怒られそうなのでやめた。
ちょっと残念。
「……うわ。見直したかも、これ」
「日はとっくに昇っているぞ。また、随分とだらしがないんだな、君は」