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fateのネタバレSSです。エンディングフルコンプしてからご覧ください。

夜想曲


 深く、静かな夜。
 周囲には、弔う者もいない外人墓地。風の音以外には、彼の主の安らかな寝息しか聞こえない。
 自分に寄り添うようにして眠る凛が2月の冷たい夜風に当たらぬよう、アーチャーは無言で赤い外套をかざす。
 時折聴こえてくる「気にくわない」だの「頭にくる」だの、物騒な寝言から考えるに、彼女がどんな夢を見ているのかは想像できる。
 大方、裏切られても裏切られても信じ続け、ついには死んだ後も信じ続けた愚か者の過去でも垣間見ているのであろう。マスターとサーヴァントは繋がっているのだ。
 目じりに溜まった滴を、起こさないようにそっと拭う。人前で涙を見せるなど、彼女の沽券に関わるというものだ。
 まったく、と。アーチャーは自分の不運に苦笑する。マスターがこの少女でなければ、とっくの昔に自らの果たすべき事を終える事ができただろうに。
 だが、それも今夜まで。今夜この身は遠坂凛という少女を切り捨て、ただの復讐者と成り果てる。
 この時代に召喚された時点で、アーチャーの勝ちは揺るがなかった。獲物はあまりに脆弱で、無知で、軽率だった。それは、自分自身がよく知っている。今までは主に付き合っていただけで、仕留めるのが早いか遅いかの違いでしかなかった。弓は引き絞られている。後は射るのみ。
 ──だが、一つだけ心を惑わすのは。それが、無限に続く地獄で得た唯一の目的だというのに、一つだけその心を惑わすのは。

 自分が、この少女を泣かせてしまうかもしれない、という事だった。

 そう、マスターとサーヴァントは繋がっているのだ。
 夕焼けに染まるグラウンドから連なる風景。凛自信も気付いていないかもしれないその想いを、アーチャーは知っている。
 だからどうしたと。
 それがどうしたと。
 そう自らを叱咤した所でどうにもならない。それは、令呪などという後天的な物ではない、アーチャーを縛る呪縛のようなものであった。
 見上げればそこには、遂に届く事のなかった星空。
 知らずアーチャーは問うた。
「──俺よ、私を止められるか」と。
 全てはこの少女の所為だ。可愛さが判りづらいなどと冷やかした事があったが、本当は、全てが磨耗する程の時を経てなお、彼女の姿こそアーチャーの中に眩しく輝く星であった。
「う──、ん……」
 目覚めが近い。アーチャーは凛の艶やかな黒髪を指で梳くと、普段は名前で呼んでいるくせにこんな時だけ「遠坂」と、昔のように一度だけ呟いて、主が起きるのを待った。


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