夜の庭に、セイバーは一人立つ。部屋に士郎の姿が見えなかった。土蔵に篭って日課の訓練をしているのだろう。それを確認して、戻るつもりだった。
──と、気配を感じ虚空に目をやる。そこには、屋敷の屋根に佇む赤い騎士の姿があった。
「……アーチャー」
淡い月明かりで、アーチャーの表情はわからない。ただ、自分をじっと見つめていた事だけは、なんとなく解った。
──それを、何故懐かしいと、そう感じたのだろう。
「セイバー、か」
その声は、士郎や凛が周囲にいる時よりも幾分穏やかな響きを持っていた。どうしてか胸がざわめく。自分は彼の事を知っている。だが、知らない。
知らず息を殺して、アーチャーの次の言葉を待っていた。「どんぶり3杯は食いすぎだ」
「何を監視していたのですか貴方はー!?」があーっ と怒るセイバーに、アーチャーはいつもの皮肉げな笑みで応えた。
「それに私は仕方なく! 仕方なく食事を摂っているのです! それを共闘関係とはいえ敵である貴方にとやかく言われる筋合いはない!」
「ほほう、仕方なく、か。それにしては朝食がトーストだけだった時の落胆ぶりは見物だったが」
ストーカーか。
その場の勢いで宝具を使用しかねない形相のセイバーを見おろすアーチャーの顔はだが、いつの間にか穏やかなものになっていた。遠く、遥か遠くを見つめるようなその瞳。
「懐かしい」
そう、洩らした。
「──アーチャー、今、何と」
「何も。おおかた風の音だろうよ。……空耳ついでに聞き流せ」
言って、アーチャーはセイバーに背を向けた。無防備な、だが、それでいて広く逞しい、幾つもの想いを背負ったその姿。風の戯言なれば、面と向って話す事でもないのだろう。アーチャーは、星空を見上げた。
「万が一、私が消えるような事があれば、凛を頼む。あれは、お前の役にも立とう。……フン、ともすればお前の主よりもな」
「何を……!」
セイバーの反論の一切を、アーチャーは無視した。元よりこれは風のいたずら。耳に届いたところで、心には届かぬ戯言だとても言うように。
「──お前を救う事が、オレにはできなかった」
アーチャーの言っている事は、セイバーにはこれっぽっちも理解できない。理解できないというのに、何故。何故、こんなにも心が震えるのだろう。
「あと、どんぶりは普通一杯で終わりだろう」
「まだ言うかー!?」完全武装状態のセイバーが風王結界を解除する前に、アーチャーは退散した。