薄暗い森を、黒い影が疾 る。
セイバー。だが、その顔は死者のそれであり、纏う鎧は暗黒。黄金色に燻る瞳にはもはや、一片の温もりも感じさせず、ただ敵を殺す為に疾る。記憶はある。だが、感慨はない。今の彼女には、己を縛っていた良心も騎士道もない。
その身は、その名の如く一振りの剣。主の敵を屠る最強の刃。
目標には、バーサーカーとアサシンが先行している。相手はサーヴァントも持たぬマスター3人。万に一つの勝ち目もない。だがセイバーは、その万に一つの可能性の為に森を駆けた。そして、セイバーは見る。万に一つの可能性を。
「────セイバー」
「……………………」
敵は満身創痍。疲れ果て、満足に立つ事もできない。
だが、その目は生きていた。生きて、自分を見据える。
──この男は、衛宮士郎というこの男は、ただの人の身でバーサーカーを屠ってみせた。以前の自分ならば、どう思っただろうか。よくやったと喜ぶのか、それとも無茶をするなと怒っただろうか。
……哀しむのだろうか。この男は、既に終わっている。死んでいないだけ。それでもなお、前を見ようとするこの男を。「───無駄な事を。貴方では桜を救えないと忠告した結果がそれですか」
「────!」
感情のない呟き。そう、過去がどうあれ、今のこの身は──くきゅるるー。
空腹だけは感じるらしい。
そう言えばもうお昼だ。さっきまで影の中にいたので朝食は摂っていない。つまり、朝から何も食べていない。
これは、まずい。
しっかりした物が食べたい。ああ、肉類がいい。鎧が脱げないので、手間のかかる魚介類はちょっと遠慮したいところだ。
イリヤを庇う士郎と対峙しながら、そんな事を考える。
『セイバー、セイバー』
セイバーの脳裏に、桜の声が響いた。バーサーカーを失ったショック状態からは一応立ち直ったらしい。
『なんでしょう、桜』
『戻ってきなさい。お昼にしましょう』
ぐ、とちょっと拳を握った。士郎に緊張が走る。
『何を作るのですか』
『お城の冷蔵庫にお野菜とかお肉とかたくさんあったので、クリームシチューにしましょう。くすくす……他人の家の冷蔵庫を、全部使い切ってあげる……!』
小市民的かつ小悪党チックな愉悦に浸る桜。
『では、すぐに戻ります。シロウとイリヤスフィールはバーサーカーを倒してさっさと逃げてしまいました。全然見当たりません』
『そうですか……残念です』
そんな心の会話を終え、士郎を見る。「──ですが幸運ですね。自滅する者に関わっている場合ではなくなった。───桜が、私を呼んでいる」
「え────」
士郎に背を向ける。ご飯を作ってくれない元主にはもう関心がない。
「……いえ。運ではなく、自らの手で勝ち取った生還でした。貴方はバーサーカーを倒した。その決意が、この結果を引き寄せたのですから」
たとえ死ぬ寸前の手負いが相手でも、セイバーは油断はしない。士郎の気配が消えるまではそのまま歩いて行き、消えた途端に行きを倍する速度で城に帰った。