ゆるやかに、ゆるやかに、季節はすぎて。
あれから、二度目の春が巡り来ようとしている。
助けられた時の事は、正直よく覚えていない。遠坂や桜の話だと、もう人間として終わっているような有様だったそうだ。まぁ、記憶からなにからごっそり抜け落ちているので、その通りの惨状だったのだろう。
事実、俺の今の体は以前のものとは違う物で、詳しい事はわからないが遠坂が用意してくれたものらしい。
不自由は無い。失くしたものは多かったが、必要な物は残っていると思いたい。桜の事も遠坂の事も、イリヤの事や藤ねぇの事も。
──ああ、そして。胸を穿つ、この苦しみも。
胸を押さえる。そんな事をしても楽になんてならない。俺から零れ落ちたものはあまりにも多い。後悔なんてしてない、と言ったら嘘になる。むしろ、後悔だらけだ。
それでも、生きていかないと。失ったものは帰らないけれど、得る事をやめるわけにはいかない。そうでもしないと、失った全てのモノに申し訳がなかった。
「まだ、具合が良くないようですね」
そっと、後ろから声をかけられた。
「──ライダー」
そう、彼女の事もおぼえていた。あの戦いを共に最後まで生き残り、今もこうして桜のサーヴァントとしてここにいる。桜とは仲のいい姉妹のようだった。そんな事を言ったら、きっと遠坂がめちゃめちゃ拗ねるだろうが。
「いや、大丈夫。ちょっと色々思い出してただけだから」
「記憶の方は、もうだいぶ?」
「ああ。ごっそり抜けてる所もあるけど、なんとか。支障が出る程じゃない」
半分は強がりだったが、実際にそれ程困っている訳でもない。陳腐な言葉だけれど、今は過去の事よりも、これからの方がずっと大事だと思えた。
「それならば安心しました。貴方とは、以前に話てそれきりという話題もある」
彼女との関係は、戦いの中で敵だったり味方だったりした、そういう物騒なものばかりだった。だから、ライダーの方からこういう思い出話を切り出されるのは、嬉しい。
「へぇ、そんな事もあったっけ。例えば、どんな?」
「例えば──そうですね、私とサクラ、どちらが貴方の好みだったのか、とか」
「オボエテマセン」
ああ、俺の馬鹿。なんで無難に「それよりライダー、ごはんは?」なんて聞かなかったのか。ていうか、まだ気にしてたのかライダー。
「士郎、私の眼を見て話してください」
「いや、眼を見るのはまずいと思うんだが」
ライダーは美人だ。これはもう、覆しようのない事実で、本当、心の中で正直に言うと桜より美人だ。でもほら、俺は桜の恋人な訳であるし、好み=美人であるという訳でもないし。なにより、なによりだな。
「……ライダー?」
桜がものすっごい恐い目でこっちを見てたりするのだ。
「おや、サクラ」
「何をしてるんですか、ライダー」
「いえ、士郎の調子が良いようですので、思い出話でも」
しれっと答えるライダー。あまり主従という感じはしない。妹をからかって楽しんでいるような。微笑ましいが、肴にされている身としては生きている心地がしないのですが。
ふぅっとため息をつく桜。ちょっと胸を張っているのは、現役恋人としての余裕か。
「まったく、今さらそんな質問をしてもしょうがないでしょう。先輩はもう、わたしと、その、恋人同士なわけですし、毎晩……だし」
がー!? そういうこっちも赤面するような事を真昼間から!
「ふむ、それはそうですね。まぁ、私もたまに士郎にはお世話になっていますが」
ひぃ! 空間が凍った!? 桜の顔恐い! 恐いって!?
「…………先輩?」
「いや、いやいやいやいや待て桜。きっと誤解してる桜が思っているような事は一切ない本当本当本気だってばいや信じてくれ桜」
「そうすると士郎。私とのあれは遊び気分で?」
そういう火に油っつーか火薬をそそぐような発言はやめてー!?
「先輩、正直に話してください。私とライダーと先輩の仲ですもの。大丈夫、怒ったりしてませんから」
にっこりと。
それはもうにっこりと笑みを浮かべる桜。
「いや、あのな……桜もまだ自分の体に慣れてないだろ。だから、その、たまに供給過多になる時があるんだ、俺の魔力」
もう必死。しどろもどろになりながら説明する。ここでしくじると、想像したくない未来が俺に待っている。
「で、だな。俺もまだこの体に慣れてないから、そういう時にちょっと、ライダーに魔力を抜きとってもらってるんだ。いや、本当にそれだけだぞ?」
な? とライダーに目配せする。頷くライダー。説明を聞いた桜は赤くなったりむーっと怒ったり。ちょっと拗ねたようだが、自分の責任もあるので強くは出れないのだろう。まぁ、言わなかった俺も悪いのだが、とにかくうまくまとめられてよかった──「でも、魔力を抜き取るって、どうやって?」
「淫夢で」こんにちは、俺の想像したくない未来。