道は暗く、人通りも少ない。
後ろからついてくる気配には、美綴綾子はとっくに気付いていた。
先ほどから一定の距離を保って付いてくるのだから、気のせいではあるまい。ただの痴漢かとも思ったが、それにしては気配がわざとらしい。いつでも狙える獲物をいたぶっているような。しゃらくさい相手である。
並の相手なら組み伏せる自信も逃げる自信もあったが、武道をたしなむ者の勘が、相手が只者でないと告げている。
知らず緊張していた体を、意識的に弛緩させた。その瞬間、背後の気配が消失した。
「!?」
身構える。今は弓道部の主将に納まっているが、格闘技も一通りこなせる。そう、相手が普通の痴漢程度なら──
「ふっ──は!」
腹に放たれた一撃をギリギリで捌く。捌いた右腕が痺れた。疾くて……重い!
戦慄で鼓動が早くなる。呼吸は荒い。間合いをとり、無理矢理一息で整えた。そこで、街灯に照らされた初めて目の当たりにする。それは、女だった。肩を露出させた、黒い装束。同じ色の手袋とブーツは腕と脚の大部分を隠しているが、それはかえって露出している部分を強調していた。足元まで届く、長く流麗な髪に隠されたその顔は整っているようだが、両目を覆うマスクにより表情は読めない。
ライダー、というその女の呼び名を、綾子は知らない。
初撃がかわされた事を意外に思いながら、なお感情の篭らない声でライダーが告げる。
「貴女に罪はありませんが、マ──」
「痴女!?」
「…………」ライダーの膝から、がくっと力が抜けた。綾子の言葉がぐさっと刺さったらしい。なんだか獲物そっちのけで壁に向けてぶつぶつ言っている。
その間に逃げちゃっても良かったのだが、なんだか気になって近寄ってみる。どうにも他人という気がしなかったり。
「……私もこの恰好で一般人の前に現れるのはどうかな、と思ったのですが……」
痴女呼ばわりされたのがよほど堪えたのか、ライダーには先ほどまでの迫力がまるで無い。
「そんなに嫌なら着なきゃいいじゃない」
「これしか服を持ってないもので」
なんだそれ、と呆れた。瞳が見えていなくてもわかるくらいの美人だってのに。
「こんな所でそんな恰好してる暇あったら、まっとうな職探した方がいいんじゃないの?」
「いえ、私はこの地をすぐにでも去る身ですので」
「観光?」
「そういう訳では……」
いつの間にやら街灯の下で話し込んでいる。
「で? 今は何してんの?」
「今は……そうですね、強いてあげればマスターの身の回りの雑用をこなす身ですが」
そう、ライダーはいまだ他のサーヴァントと戦っていない。学校に結界を張りはしたが、後は偵察と警護、そしてマスターの私憤を満足させている。
「メイドさんかぁ……どこの金持ちだ」
「メイド!?」
ものすごい恰好の自分の姿を想像してあわわわわ。
「何空中払ってるの?」
「……いえ、別に」
外見は冷静。
「で、どうなのよ」
「どう、とは」
綾子はライダーをびっ、と指差し。
「今の職場、辞めた方がいいんじゃない?」
「う」
ライダーだって好きでやってる訳ではないのだが。
「絶対アンタにあってないって」
「はぁ、私もそうかなーとは思っているのですが」
「だったら辞めちゃいなって。アンタまだ若いんだから。キレイなんだしさー、人生諦めないでがんばれよ」
ばしばし背中を叩かれる。なんというか、これほど親身になってくれた人は初めてなので、ちょっとほろりときたり。無表情だが。
「あの、出来ましたら明日、痴漢に襲われて足でも挫いた事にしていただけるとありがたいのですが」
「うん? いいけど。じゃあ、アンタもがんばんなよ。そんな恰好してないでさ、脚長いんだし、ジーンズでも似合うんじゃない?」
「ジーンズ……ですか。はい、色々とご迷惑をおかけしました」
ぺこぺこと頭を下げながら綾子を見送るライダーであった。
「あ、そうそう士郎。弓道部の事なんだけどね、美綴さんが怪我したっていう話、知ってる?」
「美綴が?」