to top / to contennts
fateのネタバレSSです。エンディングフルコンプしてからご覧ください。

神話の時代の人だもの


「自転車ですか、見た事はありますが、乗るのは初めてですね」
 そう言って、ライダーはサドルに跨った。
「似合ってますよ、ライダー。かっこいい」
 桜のサーヴァントとして、いつも買い物などに行ってくれるライダーに感謝の気持ちを込めて、家にあった3台の内1台を進呈したのだ。一番高いやつ。
「少し腰掛ける部分が低いようですが、これはどう調整すれば……シロウ?」
 ちょっと傷ついた。身長はあんまりかわらなくなったのに。くっ 日本人体型とモデル体型の違いかこんちくしょう。
 くさりながらもサドルを調整する。
「──これくらいなら丁度いい。では」
 ライダーがハンドルを握る手に力をこめる。

 しーん。

「…………」
「…………」
「…………」
「…………動きません」
 うん、ペダルこがなきゃ動かないだろうなぁ。
「サクラ。それにシロウも何故後ろを向くのですか。ひょっとして笑っていませんか?」
 俺も桜もひきつった顔で否定した。考えてみれば当然なのだが、天馬を乗りこなすライダーが、自転車の乗り方を知らないのはかなり意表をつかれた。微笑ましいやら可愛らしいやら。
「不愉快です」
「あっ 待ってライダー。ちゃんと教えますから、ね?」
 拗ねて自転車から降りようとしたライダーを慌てて桜がなだめる。で、自転車の乗り方を教える事にした。まぁ、教えると言ってもペダルをこいでバランスを取るだけだ。流石ライダー、5分くらいでコツをつかんでしまう。乗り物に乗っているのに自分がこがなければならない不条理は、とりあえず移動する効率が上昇するという事で納得してもらった。
「では、練習ついでに買い物に行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい。車に気をつけてね」
 ぶっちゃけ車に撥ねられても通常物理攻撃無効のサーヴァントには効果がないが、まぁ大問題にはなる。
 突然大きな娘を持ったような気分になって、桜と顔を見合わせて笑った。

 ぐったりとなったライダーが戻ってきたのは、約1時間後の事である。

「坂道が……」
 どうやら、商店街への買出し程度で魔力やら怪力のスキルを使うのは、ライダーのプライドが許さなかったようで。しかも律儀に上り坂まで必死でこいできたらしい。……そういやギヤチェンジは教えてなかった。
「乗り物に乗っているのに歩いて行くより疲労するとは……」
 何か恐ろしい物を見る目で自転車を見つめるライダー。ううむ、変なトラウマを植え付けてしまった。
「やっぱりバイクの方かなぁ」
 ライダーにバイクはかなり似合うと思う。ただ、日本人どころか現世の人間ですらないライダーは免許を取れない。無免許で捕まったりしたら大事だし。
 でも、ちょっと見てみたい。
「そうだ、藤村の爺さんの少しだけ借りてみるか」
「藤村先生のおじいさん、ですか?」
「ああ。あそこなら俺がチューンした奴があるし、庭も広いから、ちょっと乗り回すくらいならなんとかなる」
 実用性はともかくとして、ライダーに現代の乗り物の便利さを教えてやりたいと思った。何よりかっこよさそうだし。
 そういう訳で、ライダーが落ち着いてから藤村組に乗り込む。若い衆のみなさんは桜やライダーが来たんで大歓迎だ。爺さんも快くバイクを貸してくれた。
 交渉の際になんかライダーがちょっと眼鏡をずらした気がするのはきっと気のせいだ。
「……こっちがアクセル。で、これがブレーキ。動かす時はアクセル回しながらこっちのクラッチレバーを少しずつ離して……」
 一通り乗り方をライダーに教えた。熱心に講義を受けるライダーに密着しちゃったりして後ろの桜の笑顔がかなり恐いが、見なかった事にした。
「……だいたいこんなもんかな。ちょっと一人で動かしてみるか?」
「では」
 言うが早いか、ライダーはいきなりアクセルを思いっきり回した。暴れ馬のように地面から跳ね上がる前輪。誰もがこけたと思った。

「これは、思ったよりじゃじゃ馬ですね」

 ライダー以外は。見物していた若い衆からどよめきが起こる。なにしろ、バイクは前輪をあげたその状態で静止しているのだ。低いエンジンの音が、まるで馬の嘶きに聞こえる。
 音もなく前輪を着地させ、一瞬で最大加速。壁の直前で前輪をロック、宙に浮いた後輪が180°回転して着地する。見た事もないはずのジャックナイフターンまで決めた。もう、やんやの喝采である。
 ……あー、芝生が大変な事に。
「自転車よりは乗り心地がいい」
 一瞬で俺がチューンしたバイクを手なずけてしまったライダーが微笑みをみせる。う。ちょっとどきっとした。まぁ、ライダーが喜んでくれたんなら、連れて来た甲斐があった。
「では、少し乗ってきます」
「って、ちょっと待ったー!?」
 俺の静止も聞かず、芝生に壊滅的な打撃を与えてライダーがバイクを駆る。免許どころかヘルメットもしてねぇ!?
「ライダー、楽しそう……」
 ライダーと意思の繋がっている桜が苦笑する。まぁ、もうこうなっては苦笑するしかないが。後は、無事に帰ってくる事を願おう。
「──あ」
「どうした?」
「……白と黒に塗り分けられた車が、赤い光と騒音を出しながら追跡してくるそうです」
「いきなりか!?」
「う、問題なかった……って……」
 既に過去形!?
 い、胃が痛ーい。
 それからずっと、桜のトンデモ実況を聞きながら青くなっていたが、遂に極めつけが来た。
「……バイク、動かなくなっちゃったそうです」
「やっとガス欠か。で、今どこだ? 迎えに行ってやらないと」
「それが、その……」
 桜が心底情けない顔をした。
 
 

「迷子になっちゃった、みたいで……」
 
 

 藤村組の若い衆総動員。
 夕暮れの浜辺で、一人ぽつーんと体育座りで砂にのの字を描いていたライダーを発見したのは、それからしばらく経ってからだった。


to top / to contennts