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fateのネタバレSSです。エンディングフルコンプしてからご覧ください。

マキリ様がみてる


 黒い。暗い。昏い。CRY。食らい。
 ──食らわれている。ナニかがナニかに食らわれている。

 此処は宇宙か。もしくは点か。
 セイバーの意識は、自分が現在いる位置を『場所』として知覚できない。時間感覚はデタラメに狂っていて、ここに居たのが永劫の過去からなのか、それとも一瞬前の出来事だったのか判断がつかない。体はあるのかないのかわからない。ある、という感じはするのだが、だからと言って指一本動かす事もできない。視覚聴覚嗅覚触覚味覚全てに反応がない。こんな所に居たら狂うというのに、狂うほどの理性が残っていないのかもしれない。
「私……は」
 口にしてみたが、声にはならなかった。だが、そうする事で僅かなりとも意識を保つ事ができる。
 記憶を辿る。意識が途切れる寸前までの事を思い出すのに、ひどく時間がかかった、ような気がする。とにかくここには自分以外の何もない。時間すらなかった。
 そう、この身は柳洞寺において敗北した。アサシンの腕を切り落としたものの、得体の知れない影に呑まれ、そして消滅したはずだ。
 ならば、この魂はあの瞬間に戻り、また聖杯をこの手に掴む為に何処へと召喚されるのではないか。
「──では……ここ、は」

「ここは、産道です」

 黒い、暗い、昏い声がした。ああ、今まで聞いた事のない位底冷えのする声なのに、私はその声の主を知っている。
「……サクラ……?」
 視覚が何かを捉える。おぼろげに浮かぶ女の裸体。その体を黒よりも黒い影が覆っている。真っ白な指が、セイバーの頬を撫でた。撫でられた部分から黒が染み込んで来る。そのあまりのおぞましさに、セイバーは呻き声をあげた。
 だが、その悪寒を足がかりに意識を固める。間桐桜を見るその目は、戦いの最中と同じものとなっていた。
「サクラ、あなた、だったのか──!」
「ええそうです違うんです」
 相反する答えが同時に返って来た。桜の顔は愉悦に蕩け、苦悶に歪んだ。白い指は喉を伝ってセイバーの胸元を黒く塗り換えて行く。悪寒は予感だ。このままでは、この身は死体より汚らわしいモノに成り下がる。
「ここは、産道。セイバーさん……いえ、セイバー。あなたは死んだの産まれるんです逃げてもう逃げられない」
 言動は支離滅裂で、だがその指だけはセイバーを黒くするのを決して止めない。右腕はもう真っ黒だ。皮膚の下で百万の蟲が蠢くイメージ。
「あなたは、何を……」
「身を守るのに敵からお爺さまからカードを集める記憶を集める聖杯に魂を渡す訳には私が崩れる」
 歌うように耳元で囁いて、す、と頬を舐められた。唾液が酸となって皮膚を溶かす。再生したのは黒。
「────あなたを、先輩から引き剥がす為に」
 嫉妬憎悪謝罪憤懣絶望悔恨そしてわずかな希望。
 セイバーは理解する。ここにいるコレは、桜であって桜ではない。桜の中に、奥に、底に、桜でない何かが居る。
 心臓に黒が染み込んだ。気がつけば鼓動を止めていたそれは、本来の機能を再開し、血管に黒を注ぎ込む。
「ずるい──簡単に先輩の横に居て。ずっと居て。ここままじゃわたしなんかじゃ絶対に届かないトコロまでゴー」
「そんな事はない……! シロウは、あなたを──」
「でも、もう終わり。あなたがどんなに輝いても、この世の全ての悪は照らせない」
 黒い。暗い。昏い。CRY。この身を食らい。
 セイバーの体は、黒く染められていた。そして、その黒は急速に心に浸透し、セイバーという者を黒い物にする。
「私……は──」
「さようならようこそごきげんようセイバー。今からあなたは──」
 うっとりと笑いながら悔悟の涙にその頬を濡らし、桜はその両手でセイバーを頬をはさんだ。

「──わたしの事を、お姉様と呼ぶんです」
「断る」
 即答。
 あ、いじけた。
「じゃ、じゃあ、わたしがお姉様って呼びますから」
 根が気弱な桜であった。
「それも嫌だ」
「えー」
 桜、泣きそう。
 そんなコトしてる間に意識が黒くなった。
 
 
 
 

 イリヤを抱え、士郎はアルツベルンの森を走った。同行して来た言峰綺礼は、追撃してきたアサシンを迎撃し、一人戦っている。
 だが、敵はアサシンだけではない。黒い巨人が、2人の前に立ちはだかった。
 セイバーに受けた傷はそのままに、狂った瞳はなお狂い。
「うそ……やだ、うそでしょバーサーカー……?」
 ただ壊すしか用途の無い怪物に成り果てたバーサーカーは──

 何故だかその胸にロザリオをぶらさげていた。


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