「──また、失敗か……」
目の前に転がった、何の変哲も無い鉄パイプを眺めてため息をつく。体は極度の集中により汗だくだった。失敗は今に始まった事ではない。今に始まった事ではない所が問題だった。何度やっても成功しない。
そう、目の前にある鉄パイプは、何の変哲も無いではいけないのだ。それは、俺の魔術により強化されるべきだった物。切嗣 に教えられた魔術を、あれから8年経った今でも使いこなせない俺。
──雑念はいけない。気が逸れれば失敗だけでは済まなくなる。大きく深呼吸を繰り返し、鼓動を落ち着けた。
元々形がある物に魔力を通すのは、きつい。それならば、元々何も無い所に魔力を集めた方が楽だった。もっとも、そうして作られた物は外見だけで、中身がまるで伴わないガラクタだったが。この土蔵にはそんなガラクタがいくつも転がっている。
神経を研ぎ澄まし、両手の間に意識を集中する。構造を把握し、それを結晶化させる。
そうすれば、外見だけは思い描いた通りの物が──
「……あれ?」
そこには、人形があった。誰とも知れない少女を象った人形。おかしい。俺はこんな物を作ろうとしてたんじゃない。
疑問符を頭に浮かべながら、その人形を傍らに置き、再度魔力を込める。服が脱げた人形が出来た。
「!?」
いや。ちょっとまて。おかしいってば。なんだこれ。
今魔術を行使したら確実に失敗して廃人確定っぽいが、試さずにはいられない。おかしい。ありえない。「ポーズが!?」
え、M字開脚というやつだろうか。
うわあ、細部までばっちりって違う違う。何でこんなんばっかり出来るのか。というか、段々エスカレートしてきてないか。
じっと自分の手を見る。異常なし。
姿勢を正し、瞼を閉じる。心を落ちつけ、ゆっくりと体に魔力を流す。問題ない。今までより調子がいいくらいだ。
そうして、物体の構成を思い描く。大人のおもちゃ付。
「なんでさ!?」
自分の才能が別な意味で恐い。もう恐くて恐くて思い描いた物が出来るまでとことんやってやると叫び、何体かエロフィギュアを作ってしまった時点で意識が途切れた。
「先、輩……」
白い光が差し込む土蔵。聞きなれた声で目が覚めた。重い瞼を無理矢理こじ開けて見れば、入り口の所に桜が固まっている。
……固まっている?
「おはよう、桜。何だ、俺、またここで眠っちまった……の、か……」
段々とはっきりとしてきた頭が、ようやく事態を把握しはじめる。
桜の視線の先には、俺の周囲に転がるエロフィギュア。あ、泣いた。
「先輩……わ、わたしの事女の子として見てくれてないとか、思ってたら、に、人形フェチだったなんて!」
「違う!?」
普通に聞いてたらドキリとする発言があったが今はそれどころじゃない! ちゃんと弁明しなければ最悪の事態になる。きっと藤ねぇとかにも告げ口されて殺される。しかも殺された後にも変態としてみんなの記憶に残り続けるおまけ付き。
ここは正直に話して──
……で、できない。魔術を一般人に教えるのは禁忌だ。魔術使いである事がばれるのは人形フェチより性質が悪い。いや、どっちかというと人形フェチよりはマシな気がするが、それでもまずい。
「いいか、落ち着け桜。これは、この人形は、だな……」
俺が落ち着け。冷静になれ。今この局面を打開する、最適な言い訳を思いつけ。今すぐに。
「──この人形は、だな。お、切嗣 の形見なんだ」
うわー、やっちゃったよ俺。
「……お父さん、の?」
わーい、桜の顔まともに見れない。見たら泣いて謝ってしまいそうだ。
「ああ、切嗣 はこういう人形集めるのが趣味でさ、まぁ、子供心にあんまりいい趣味じゃないとは思ってたけど、いざ居なくなってみるとこういう物でも思い出は思い出なんだ。たまに「ああ、切嗣 も馬鹿だったなぁ」なんて眺めてるんだけど、昨日はそのまま眠っちまって、その、誤解させて悪い」
罪悪感からか、口がよく回る。平静を装っているが、背中は魔術の鍛練の時なんか目じゃないほど汗まみれ。魔術の精神集中って、意外な所で役に立つ。まぁ、魔術なんてやってなかったら、こんな事にはならなかったが。
「そんな……わたしの方こそ、ごめんなさい……そんな大切なものだなんて知らなくて……」
桜が頭を下げた瞬間に小さくガッツポーズ。
……あー、何やってんだ俺は。
「かっ(声が裏返った) 片付けから行くから、桜は先に行っててくれ」
「はい。朝食の準備はしておきますね」
照れくさそうに土蔵を後にする桜を見送った後、俺は泣きながらエロフィギュアを破壊しまくったのだった。
「……そう言えば、切嗣は人形を集めるのが趣味だと言っていましたが、その記憶が私の鞘を通じてシロウに」
「本当だったのかよ!?」